コムアイ、アマゾンで出産へ パートナー太田光海が胎児の旅を映画化
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『カナルタ』で生まれた一つの出会い
世の中がコロナ禍にあえいでいた2021年10月、東京・渋谷のシアター・イメージフォーラムで公開された『カナルタ 螺旋(らせん)状の夢』(以下、『カナルタ』)。ミニシアターの中心的な客層である中高年が外出を控える中、ドキュメンタリーにはめずらしく若い観客が集まり、8週間のロングランという異例のヒットを記録する。このほか全国およそ30のミニシアターで上映された。
かつて「首狩り族」と恐れられたシュアール族が暮らすアマゾン熱帯雨林の村に、日本人の人類学者が単身乗り込み、彼らと生活を共にしながら、日常の細部を映像に収めた異色の記録映画だ。
監督は1989年生まれの太田光海。徹底して考え抜かれ、オリジナリティあふれる視点で切り取られた映像と被写体そのものの魅力もさることながら、それをほとんど独力で実現に導いた探求心、行動力に新しい世代の可能性を感じ取った人も少なくなかったはずだ。
『カナルタ』公開初日、太田は友人を介してある人物と出会う。それがコムアイだった。2012年の結成時からボーカルを務めた音楽ユニット「水曜日のカンパネラ」からの脱退を正式発表してまだ1カ月も経っていなかった。
太田は、SNS等で『カナルタ』を積極的に広めてくれたコムアイと、メッセージのやりとりや対談を重ねるようになり、互いの理解を深めていく。
インドやアイヌの文化に学ぶコムアイにとって、共通の関心領域について人類学のアカデミックな視点から語る太田は新鮮に映ったに違いない。ヨーロッパでの暮らしが長かった太田は、ジェンダーやエコロジーなどの価値観を共有でき、打てば響くように会話が広がる日本人に、帰国して初めて出会えたような感覚を抱いた。
何より、境界を越えてさまざまな分野を横断し、関心事には軽々と飛び込んでいく柔軟さが互いに似ていると感じていた。とはいえ、しばらくの間、二人の仲は友人というよりは、会えばシリアスな議論を交わす知人といった感じだったという。
22年6月に唄のレッスンを受けるため、コムアイはインドへ旅立つ。先に乗り込んで友人たちを呼び寄せ、少数民族の集落を訪ねるなど、文化人類学のフィールドワークのような旅を共にした。太田も一行に加わって各地を巡るうち、それまでの硬いコミュニケーションがほぐれ、二人の仲が親密になっていく。
コムアイ 8月には二人で子どもを育てるイメージができていたと思います。基本的に人生をどうやって生きていきたいか、その時点で共有できていました。早いようだけど、それなりに時間をかけて理解し合った気がします。
胎児の視点で世界を見る
ほどなくしてコムアイの妊娠が判明し、太田は出産までを映像に記録する計画を抱き始める。やがて単なるドキュメンタリーにとどめることなく、これまでの二人の思考と行動を投影した、メッセージ性とアーティスティックな創造性を交差させた作品にするところまで構想を練り上げていった。「コムアイと胎児の旅を通して、この世界の希望と問いに向き合うアートドキュメンタリー」と銘打ち、クラウドファンディングの形でプロジェクトを発表する。
太田光海 現時点では、コムアイさんの日常生活や活動を記録しています。具体的には、豪雪の中、山形に伝統芸能の黒川能を観に行ったり、東京ファッションウィークでモデルとしてランウェイを歩いたり、アーティストとして芸術祭に参加したり、市民としてデモ行進したり。そもそも彼女の活動の中にいろんな世界が共存しているんです。そうやって、いろんな場所へ移動し、人と関わっていく彼女のおなかには、常に胎児がいると。
コムアイ 最初は私が出産まで苦労するさまを撮られるのかな、私を撮って面白いものになるんだろうかって思っていたんですけど(笑)、実際は私が映っていないシーンも含めてもっといろんなものを撮っていますね。
太田 いまはこの瞬間にしか撮れないものを撮っています。出産が終わって、編集の段階になったら、さまざまな映像を挿入していくつもりです。計画としてあるのはドローンで上空から撮ったり、水中で撮ったり。日常じゃない視点も入れていきたい。あとはコムアイさんに日記の一部を朗読してもらうとか、演出して日常とは違う動きをしてもらうとか。いろんな表現手法を入れようと考えています。
「胎児の視点から、この世界はどう映るか」をキーコンセプトに、詩的なメタファーをちりばめて映像を紡いでいく計画だ。前作『カナルタ』では、シュアール族のセバスティアンが幻覚作用をもたらすアワヤスカを飲み、脱自の体験の中で見た「夢」を語った。その決して触れることのできない「無に帰る儀礼」に注目した太田が、今度は自分のパートナーの身体を通して、人類の進化の過程を再現しながら育っていく胎児の夢を見つめようとする。
太田 二人とも三木成夫(発生学者。1925‐1987)の『胎児の世界』(中公新書、1983)を読んで、いろいろ感じたんです。羊水は人類が元は魚類だったときに海から陸にもってきた太古の海水なんだと書いてあって。いや、面白いな、そのレベルで生命を考えてみたいなと。種の分化が起こる以前の世界のものを、僕らはいまも受け継いで生きているのかと。そういう根源的な視点があって初めて、いま問題が山積して軋(きし)み合っている世界を、本質から捉え直せる気がしたんです。それで、胎児の視点に立ち帰ることが非常に大事なんじゃないかと考えました。
コムアイ 胎児には普遍性があるじゃないですか。その視点に立ってみると、社会のあり方とか、育った環境、住んでいる場所、時代とかに影響されて考えている物事が、いったんゼロに戻されるというか。自分のおなかを見ると、おへそがあって、私も胎児だったんだなと感じるんです。みんなにおへそがあるってキュートですよね。元は胎児だったいろんな人がこの世界を作っているんだなって。
アマゾン先住民の村で産みたい
胎児の親として、太田とコムアイは日々新しい体験をしている。産婦人科で医師らと話すことを「フィールドワークみたい」と感じて楽しみながらも、現代の日本において妊娠・出産を取り巻くさまざまな状況や制度には疑問を感じることもある。
コムアイ 産婦人科によっては父親がないがしろにされてきているような感じを受けて。最初に検診を受ける病院をいくつか回ったんですけど、空気感が気になって、ここじゃないなと思うところがけっこうあったんです。男性をちゃんと同等の親として扱ってくれない。無言で「別にお父さんは来なくていいんですよ」みたいな空気を放つ病院はちょっとイヤだなって。
太田 この社会は父が育児に無関心であることに対して批判的なんですけど、他方で出産・育児の物語を母と子のものに回収してしまう二面性があると思っていて。そこは僕が挑戦しているところでもありますね。
コムアイ 私は元々、自然分娩に興味があって。妊娠・出産に関しては、何が良くて、何が悪いというのは、時代や場所、人によってもさまざまですよね。自分でいろいろ調べていって、いくつか大事にしたいことがあるんです。例えば、無菌ではない状態で産むこと、分娩台に固定されるのではなく、自由に体勢を変えながら産めること、へその緒をすぐに切らないこと、親族じゃなくても立ち会いができる、おっぱいをすぐ吸わせること…。そういうことを考えると、現代の病院で産むよりも、昔ながらの方法のほうが、私が理想としている出産に近い気がしたんです。
太田 助産院で産む可能性も探ったんですけど、自然の近くで産みたい、いまだ存在する先住民の伝統的知恵を知りたい、日本の出産体制ではないところで産みたいという考えが彼女にあり、僕らのコネクションや知識を総動員して検討してみました。そうすると、ある意味「一番安全」なのが、アマゾンなんじゃないかという結論になりまして。
実は前回『カナルタ』の取材で、文字にはしなかったことがある。記事の中で、太田が撮影地であったエクアドル南部のシュアール族の村で「1年以上にわたって生活した」と書いたが、厳密にはその間に空白期があった。インタビューの本筋から外れてしまうので書かなかったが、太田は資源採掘業者のスパイではないかと疑われ、殺害予告をされて、数カ月の間、国境を越えてペルーへと避難したのだった。
その時に世話になったワンピス族の村が、今回の二人と胎児の旅の最終目的地となる。
太田 ワンピス族のリーダーの一人が友人で、彼が産婆さんを紹介してくれることになりました。薬草や食べ物の知識にも精通している専門家です。よく知っている人たちだし、彼らはいまだに全員が自宅出産なので、何世紀にもわたって受け継がれたノウハウをもっている。事故もほとんど起きないと聞いています。
コムアイ そういう知恵に頼って、本能的に産める力を育てて、信じてみたい。しっかり体力作りをしておきます。現地で身体がなじまなかったり、そこで産むのが不安だと感じたりしたら、柔軟に予定を変更するつもりです。そこは意固地になりたくないと思っていて。
太田 僕自身、彼らについてはまだまだ知らないことがたくさんあります。今回はその意味で、自分のプライベートな状況とも相まって、新たな知識を得るチャンスだと思っています。前回の滞在とは違う側面の彼らを見ることができる。
コムアイ 妊娠する前からワンピス族のことを光海くんから聞いていて、いつか行ってみたいと思っていたんですよね。
太田によると、ワンピス族はシュアール族から国境をまたいでペルー側へと枝分かれした先住民族。ユニークなのは、ペルー政府非公認だが、同国史上初となる先住民の自治政府を2015年に発足させ、「ワンピス国」を名乗っていることだ。独立を目指すのではなく、自分たちの土地を、森林伐採、石油掘削、鉱物の違法採掘などから守るのが主な目的だ。
太田 僕が行ったのは、建国して間もない2017年。彼ら独自の憲法が書かれ、議会があって、大統領がいる。COP(気候変動枠組条約締約国会議)にも代表者を派遣している。現代における新しい先住民像を作り上げている注目の人々です。前作ではテーマが違ったので取り上げられませんでしたが、世界史的な文脈の中でも重要なことをやっている民族だと理解しています。今回の映画にも何らかの形で入れたいです。コムアイさんの社会運動との関わり方とシンクロする面もあるので。
コムアイ 私は中学3年生の時に反原発デモに行ったのが最初で。その頃が一番、世の中に憤っていて、さかんに社会運動に参加していました。芸能活動より先なんです。いろんなことに憤っていたけど、もう少し自分の軸をもたないとなと思って芸能活動を始めたところがあって。ここ2年くらいは両方をクロスさせた活動ができています。賛同する運動に署名が集まるように手助けするとか、選挙の投票を呼びかけるとか、環境問題への取り組みとか。難民の人とパフォーマンスをしたり、水問題についてヴィジュアルアートを通して考えたり。社会問題には常に関心があります。自分が何か壁にぶつかったとき、これは世の中と一緒に変化していくべきことなのかもしれない、自分だけの問題ではないって考える癖がついているんです。
今回、妊娠を発表した理由にも、クラウドファンディングの呼びかけだけでなく、メッセージを発信したいとの思いがあった。
コムアイ パートナーと籍を入れないまま子どもをもつ選択を知ってもらうこともその一つ。今の婚姻制度だと、私たちの希望するあり方には当てはまらなくて、ほかにもそういう人がいるんじゃないかなということを考えてもらいたくて。SNSには夫婦別姓や同性婚が認められていないことについても考えを書きました。自分にとってはアクティビズムの一環であり、世の中にこう変わっていってほしいという、価値観の表明でもあります。
太田 次の映画は出産がテーマなのでタイムリミットがあり、すぐ動く必要があったので、クラウドファンディングという手段に頼らせていただきました。単純にコムアイさんのファンという方々にも観ていただきたいですし、コムアイさんのアーティストとしての側面や、社会に向けて発信している立場、彼女がいま考えていることを知りたいという方々の期待にも応えられるようにしつつ、伝統芸能、現代アート、先住民族、生命の神秘…、いろんな関心をもつ層に突き刺さるような作品にしたいと思っています。あとは日本国内だけでなく、世界にひらいていくこと、これも大きな目標の一つです。
撮影=花井 智子
取材・文=松本 卓也(ニッポンドットコム)