映画『宮松と山下』:海外からも注目、新感覚の3人組監督集団「5月」とは?
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『宮松と山下』は、サンセバスチャン国際映画祭(スペイン)から正式招待を受け、今年9月にワールドプレミア上映された作品。エキストラ専門の俳優が主人公というユニークな設定から展開する巧みなプロットで観客を魅了した。
監督は関友太郎、平瀬謙太朗、佐藤雅彦の3人から成る監督集団「5月」。2人組の監督ならいくつか思いつくが、3人組というのは聞いたことがない。それぞれに得意な分野があり、うまく役割を分担しているのだろうと安易に想像してしまうが、答えは違った。
佐藤 雅彦 役割分担はまったくないです。そこが理解し難いらしくて、よく質問されるところですけど。3人が一緒にアイデアを出して、一緒にプロットを立てて、一緒に脚本を書き、一緒に撮影に臨み、演者に説明し、一緒に編集して、音を付ける。海外の新聞に「3人で1つの個性」だと書かれたんですけど、まさにそうなんですね。
平瀬 謙太朗 もちろん、それぞれが個性をもっていますし、センスも違いますが、同時に、確かに「3人で1つの個性」というものもあるんです。私たちはそれを「5月」と名付け、この3人でしかできない映画を作っています。もう10年以上も一緒に活動し、たくさんの時間を共有してきているので、何かと相対したときに、これは「5月」だったらこうだな、という判断が自然とできるんです。
研究室からカンヌへ
3人で監督をすることになった発端は、2010年にさかのぼる。東京藝術大学大学院の映像研究科教授であった佐藤雅彦(現在は同大学名誉教授)が、自身の研究室で4人の学生と共同で取り組む研究プロジェクトとして短編映画の制作を選んだのだ。
佐藤 ここにいる平瀬と関が「佐藤研」の5期生。ほかにも2人いて、非常に優秀な年代だったんです。藝大は作家養成が目的で、それぞれ映像、音楽、デザインなど関心が違うんですが、この4人だったら1つにまとまって研究室で何かプロジェクトができるんじゃないかと思ったんですね。短編映画ならみんなが共通してできるものがあるんじゃないかと。
その活動はカンヌ(Cannes)の頭文字から取って「c-project」と名付けられた。どうせやるなら目標があったほうがいいとの考えだったが、1作目の『八芳園』(14)でいきなりカンヌ国際映画祭への出品を果たしてしまう。東京・白金台にある結婚式場の日本庭園で、集合写真に整列する正装の参加者をひたすら映す異色作だった。
佐藤 われわれが一番びっくりして、ホントかよって感じでカンヌに行ったんですよ。上映後には拍手もなく、どよめきしか出なかった。これが映画かっていう風に。あきれられているのかなって思ったら、実は、逆だった。面白いとか、売れるとかとはまったく別のところで、新しいものを作っているな、という注目のされ方をしたんです。
c-projectは、その4年後にも黒木華主演の『どちらを』(18)で2度目のカンヌ正式招待を果たし、もはや研究活動には収まらない広がりを持ち始めた。2020年にはプロジェクトのメンバー3人で「5月」を立ち上げ、ついに本格的な映像制作へと一歩踏み出す。その長編デビュー作が『宮松と山下』だ。
主人公・宮松は端役専門の俳優。次から次へと名もなき人物を生真面目に演じて日々を送る。撮影のない日は、生計を補うためにロープウェイの仕事をこなす寡黙な男だ。宮松はなぜそんな生活を選んだのか。どうやら過去に何かがあったらしい。その謎が少しずつ明らかになっていく。
宮松役には、5月が「この人しかいない!」とキャスティングした香川照之。その脇を津田寛治、尾美としのり、中越典子ら演技巧者が固める。彼らの微細な表情や抑えた声音とともに、細部までこだわり抜いた画面が、シンプルなプロットに深みと豊かさをもたらし、想像力を掻き立てる。ストーリーにまつわる事前情報を最小限にとどめて映像に没入し、先の読めない展開を楽しみたい映画だ。
お蔵入りの危機もあった
アイデアの種は、数年前にNHKのドラマ制作部に勤めていた関が拾い出した。撮影現場でエキストラの仕事と接し、端役の俳優が同じ作品で衣装を変えて、いくつも役を掛け持ちすることがあるのを知り、これを企画会議で話したところ、佐藤と平瀬のテンションが一気に上がった。
佐藤 3人でやる理由はまず「アイデア」なんです。誰でもいろんなアイデアが浮かびますが、実は、自分1人ではそれが良いか悪いか、なかなか判断できない。それが3人だと、1人が面白いアイデアを出した瞬間に、残りの2人がクラッとして「それ面白い!」となるんですよ。反対に、言った瞬間、2人の反応を見るまでもなくダメだと分かることもある。つまり面白いかどうかは、アイデアを口から出したとき、つまり「外在化」した瞬間に分かるんです。(口の先に指で円を描いて)ここに「社会」ができているんですよ。
こうして独特のアイデア交換を重ねた末に、当初は短編として出された企画が、長編として成立し得るストーリーへと具体化していく。ところがその後、実現に向かって動き出すまでには数年を要したという。
―行き詰まった原因は何ですか?
平瀬 役柄としてはエキストラなので存在感を消さなければいけないですが、主人公としては物語を引っ張っていく存在感の強さが必要です。そういう矛盾した二面性を併せ持っている役者さんが見つからなかった。というか、私たちからアイデアが出なかったんですね。
ようやく浮かんだのが香川照之だった。確かに、抜群の存在感がありながら、それを巧みに消すことすらやってのける希代の役者に違いない。
平瀬 香川さんの名前が出たときに、3人とも瞬時に「あ、映画ができる」と感じました。だからもし香川さんに断られたら、この企画の実現はなかった。では2番手の候補に当たりましょう、という企画ではなかったんです。
―実際に撮影に入って、その選択が正しかったのをどのあたりに感じましたか?
関 友太郎 香川さんの顔全体が可動域で。表情をどこまででも操れるんだなと驚きました。元々、脚本ではセリフが少なかったので、表情で芝居してもらえると想像はしていたんですけど、その想像をはるかに超えるくらい香川さんの演技が繊細でした。細かいんですが、芝居が小さいという意味じゃなくて、目盛りがたくさんあるんです。
佐藤 われわれは企画と手法を重視して映画を作ってきたんですけど、『どちらを』で黒木華さんのアップを撮ったときに、「うわ、すごいな」と思ったんです。俳優の顔というのは、すごい情報量なんだなと痛いほど知りました。今回の香川さんもすごかった。すべて技術的にやるんです。例えば回想シーンで香川さんが笑顔で煙草を吸うショット。一発OKです。終わった後に「何かを想像してあのくったくのない自然な笑いができるんですか」と訊いたら、「そういうんじゃないんですよ、やり方があるんです」って教えてくれない(笑)。
―役割分担がないとおっしゃいましたが、それは撮影現場でもそうなんですか? 3人も監督がいるというのは、スタッフやキャストも経験がないと思いますが。
関 自分たちの中では、ほかの現場とそんなに違わないと思っていて。大体は自分が集約してカメラマンにカットやアングルの指示を出したり、役者さんとのコミュニケーションを取ったりしてはいますが、伝える役が自分になっているだけで。
佐藤 最近は役者さんとのやりとりを関に一本化していますけど、以前は特に決めていなかったんです。『どちらを』では、演技の指示を出しに行く人が毎回違うので、黒木さんは「今回はこの人が来たな」と楽しんでいたらしいですね。
関 今回の撮影最終日に香川さんから「3人監督って初めてだったけど、自分にとってはいいことずくめだった」と声を掛けていただいて。あるテイクに「OK」が出るとき、3人がそろってOKだったところにすごく信頼度があったと。なるほどと納得しましたね。
―OKがばらつくことはないんですか?
関 そういうときは、さらに新しいアイデアが出ているんだと思うんです。「こういうのも撮ったほうがいいんじゃないか」と。それが出たら、やはり時間の許す限りは撮っています。最終的にOKが出るのは、3人みんなが大丈夫だと確信して次に行くときですね。
佐藤 撮影現場は大事だし、そこに注目されるのは分かるんですけど、3人でやる理由はそこじゃなくて、やっぱりアイデア、企画なんですよ。一番大事なのは面白いアイデアを見つけられるかどうかなんです。
アイデアはいきなりジャンプする
―社会の問題や事象もアイデアに影響しますか?
佐藤 そういうところにリンクするアイデアというのは普通でしかない。アイデアというのは橋がないところからジャンプするしかないんです。「5月」という名前に理由なんてありません。カンヌ映画祭が5月だからとか、理由を付ければみんな安心する。「えー、そんなことで安心するんだ」って思いますね。そうじゃないんですよ。「5月」という名前が持つすごい力、これは説明できないんですね。「それどこから出た?」とかじゃないんですよ。「いきなり」なんです。
―このあたりが佐藤先生の教えなんですね?
平瀬 自分の体験としては、言葉として「アイデアってそういうものだよ」と教えられたわけではなくて、先生の出すアイデアがジャンプしていて、「すごい」って思うんですよ。なんで自分にそれが思いつかなかったんだろうと悔しい。その積み重ねですね。今は先生が言葉で説明していましたけど、これが体験的に分かってくる。自分もそういうものを考え出さなきゃと思いますし、常にそれを目指しています。
―映像的な手法や表現が先で、後からテーマを見出すというのが5月のスタイルだそうですね。
佐藤 最初は感覚的に「これ面白い」というものを見つけますよね。僕はその中に、まだ言語化されていないけど、テーマが入っていると信じているんですよ。それを追求するとテーマが見えてくることが多い。追求は易しいことではないですけれども、それを見出すのが制作過程だと僕は思っている。最初からまことしやかに「このテーマで」というのもあるとは思いますけど、そういう頭でっかちな作り方は、私たちにはできない。理屈がないところで作って、後で新しい理論を立てる。理論が先にあるんじゃないんですよね。
平瀬 準備中も撮影中も編集中も必死に考え続ける。考え抜いて、後から「ああ、こうだったんだ」って見えてくるんです。
インタビュー撮影:五十嵐 一晴
取材・文:松本 卓也(ニッポンドットコム)
作品情報
- 出演:香川 照之 津田 寛治 尾美 としのり
野波 麻帆 大鶴 義丹 諏訪 太朗 尾上 寛之 黒田 大輔 中越 典子 - 監督・脚本・編集:関 友太郎 平瀬 謙太朗 佐藤 雅彦
- 企画:5月
- 制作プロダクション:ギークサイト
- 配給:ビターズ・エンド
- 製作幹事:電通
- 製作:『宮松と山下』製作委員会(電通/TBSテレビ/ギークピクチュアズ/ビターズ・エンド/TOPICS)
- 製作年:2022年
- 製作国:日本
- 上映時間:87分
- 公式サイト:https://bitters.co.jp/miyamatsu_yamashita/
- 新宿武蔵野館、渋谷シネクイント、シネスイッチ銀座ほか全国公開中