映画『神田川のふたり』:ピンク映画の鬼才いまおかしんじが撮る高校生の純愛
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1995年、『獣たちの性宴 イクときいっしょ』(現在は『彗星まち』に改題されて流通)でデビューして以来、長年にわたってピンク映画を撮ってきた、いまおかしんじ(今岡信治)監督。この「ピンク七福神」の1人に数えられる鬼才が、近年は『れいこいるか』など一般作で高い評価を受けている。
今年も8月以来、すでに3本の監督作品が公開されており、日本映画界における陰の「時の人」と言っていい。22年夏の公開ラッシュのフィナーレを飾るのが、『神田川のふたり』。先立つ3本はいずれも「R15+」指定だが、本作は濡れ場一切なしの青春映画だ。
中学でクラスメートだったが、別々の高校に進学して以来、あまり会わなくなった17歳の男女。久しぶりの再会となったのは、同級生の葬儀の日だった。物語に描かれるのは、葬式帰りの二人が一緒に過ごす24時間の出来事だ。
いまおかしんじ 高校生の恋愛なんて1ミリも興味ないのに(笑)、この企画のオファーをいただいて。お互いに好きなんだけど言い出せない二人が神田川沿いを移動し、最後は井の頭公園に行くというストーリーは決まっていたんですよ。あの池でカップルがボートに乗ると別れるみたいな都市伝説がありますよね。高校生のそういうのってホント興味ないな、その二人がどうなろうと俺関係ねえしって思ったんですけど(笑)。
ここで監督が思いついたのは、「友人の死」という設定だ。
いまおか それなら自分にもよく分かる。死んだ人の気持ちを誰かに伝える、死んだ人の代わりに何かをする、そういう話にしようと。若い人の感覚は、30代の脚本家(川﨑龍太)ならつかめると思って。川﨑くんは、19年に31歳の若さで突然亡くなった俳優(櫻井拓也)をイメージして書いたと思うんです。
久々に会った主人公の二人、舞と智樹は互いの近況や他愛のないことを話題にしながら、時おり「神田」と呼ぶ亡き友の思い出をポツリポツリと話す。その姿なき友人の存在が、物語を動かしていく。
カメラを止めない40分
最大の特色は冒頭からの前半およそ40分間がワンシーンワンカットで撮られていることだ。舞と智樹がおしゃべりをしながら神田川沿いを自転車で進む途中、いくつかハプニングに遭い、いったん公園で別れ、八幡神社で再び落ち合い、次の行動に移るまでが、カットなしの長回しで収められている。
智樹を演じた平井亜門が振り返る。
平井亜門 初めは、ワンカット撮りが決まっていない状態で台本をいただいたので、そのときはシンプルなストーリーだなという印象を受けたんです。
いまおか 最初から決まっていたわけではなくて、シナリオを作っていく中で、ワンシーンワンカットにしたら面白いのかなと。途中でコンビニや団子屋に寄る設定があるんですけど、そうしたら普通はシーンが飛ぶじゃないですか。フレームアウトして、次にコンビニ、そこを出て神田川、それから団子屋と…。それがシナリオを練っていくうちに、意地になって「神田川から絶対離れないぞ」と、そんな気持ちになっていったんですよ。
このアイディアに、舞を演じた上大迫祐希もとまどった。
上大迫祐希 長回しになるというのは聞いていたんですけど、台本を読んだ限りでは、コンビニに入ったりしていたので、どこを長回しにするのか全然つかめないまま現場に行きました。
神田川を離れることなく、都合よくコンビニでおにぎりを買って食べたり、団子屋に寄ったりできるのか。ワンシーンワンカットを押し通すために、いまおか監督は映画史の常識を覆す驚きの手を講じる。これは見てのお楽しみだ。
いまおか リモートでシナリオの打ち合わせをしていて、こっちが冗談のつもりで言ったことを脚本家がそのまま書いてきて、それが採用されちゃった。そういうファンタジーの要素が二人の間に入ってきて、小さな世界の中にも広がりが生まれるかなとは思いましたね。
― 演じるお二人はこの設定にちょっと驚いたんじゃないですか?
平井 いや、「かなり」ですよ。ちょっとじゃない(笑)。
上大迫 びっくりしましたね。
通るコースの要所要所で部分的にリハーサルを行った後、この長いシーンを通しで2回撮り、その2回目が使われている。二人の会話には、台本に書かれたセリフとアドリブが混ざる。
上大迫 出だしは決まっていて、コンビニに行くまではしっかりセリフがあったんですけど、コンビニを出てから次の場所に着くまで、台本上はシーンが移り変わるように書かれていて、その間はセリフが指定されていなかったんです。場面の切り替わりは基本、アドリブの方が多かったですね。
平井 そうそう。二人の間でも綿密に決めた感じじゃなかったよね。状況に合わせて、その場で起きたことについてしゃべるみたいな。川を見て「カモがいる!」とか、そのあたりは台本に書かれていないですね。
長回しのシーンの間、セリフ以外に、台本にないやりとり、つぶやき、掛け声、口笛、鼻歌などが絶妙なテンポで挟み込まれ、途切れることなく場面が推移していく。言葉にならない声を拾う録音技術にも工夫が感じられる。
平井 ワンカット撮りのときは、ガンマイクは使っていましたっけ?
いまおか 二人はピンマイクをつけて、ガンマイクで一応、状況音も拾ってはいたけど、何しろずっと走ってたからね。自転車のスピードに追い付かれないようにするので精一杯。自転車の荷台を改造して、カメラマンが後ろ向きに座って二人を撮ったんです。その前を俺と録音部がハァハァ言いながら走る。芝居はほぼ見てなかったですね(笑)。
― お二人は自転車をゆっくり乗るのがかなり大変そうでしたね。
平井 それはかなり気を遣いました! 徒歩ぐらいの速度でしたからね。
上大迫 そう! カメラを追い越せないから。バランスを取るのが大変で、ゆらゆらしちゃって。
平井 大体あそこでカメラ車が止まるから、そこまででこのセリフを言い終えたい、みたいなのがあって。でも逆に早くセリフが終わっちゃうと、その間を埋めなきゃいけなくなるし…。
上大迫 そうなんです。事前のリハーサルで、ある程度タイミングをつかみつつ、このくらいのペースだったらちょうど着くかなという感じで。
いまおか 完成版を観たら、頑張っているのが見えて面白かったね。舞がおにぎりを食べる場面とか、芝居しながら別のこともやらなきゃという感じが、大きい画面で見ると分かるんだよね。
上大迫 なかなか食べ終わらなくて、必死でした(笑)。
平井 自転車はゆっくりこがなきゃいけないのに、メシは急がされる(笑)。
唯一無二の「ラブシーン」
タイミングの難しさや小さな言い間違いも、自然に見えるアドリブで互いにカバーし合い、前半のワンシーンを通しで演じ切る。シーンが変わって後半に入り、ここから二人のもどかしい恋物語と、亡き友の願いを叶えようとする小さな冒険が始まる。
― いまどきの高校生らしさがリアルに感じられましたか? なかなか思いを相手に告白できないところとか。
平井 その感じは分かりますね。何でなんですかね。その後の関係を考えちゃうのか、プライドが邪魔しているのか…。意外と何事でもないのは大人になると分かりますけど、高校生ぐらいだと、経験がなくて不安なんじゃないですか。噂が広まるのもいやだしね。学生のコミュニティって狭いし。
上大迫 確かに。それに舞と智樹は幼なじみみたいなものですし。
平井 でも舞は夜道でバンドマンに声を掛けられてついていっちゃうみたいな。若い子ってああいうところあるよなあと思って。現場でも話してたよね。話が進んでいくうちに、舞の方があやういなって。
上大迫 そうですね、カラオケでオール(夜明かし)しようとしたり。4年前は自分も高校生だったので、恋愛の駆け引きとか、気持ちが分かりやすくて、演じていて楽しかったんですけど、舞はなんか無防備で、危なっかしいですよね。
いまおか だけどその日は友達のお葬式の日だから、普通の精神状態ではないんだよね。そういう高校生にとって特別な、ちょっと変な1日を描いてみようというのがあったから。
上大迫 舞の気持ちは理解できるんですけど、ちょっと共感できないなっていうところも正直いくつかあって。楽しそうと思ったら、そっちに思い切り針を振り切っちゃうような子なんですよね。
二人がカラオケルームで過ごす一夜は、普通の恋愛映画ならラブシーンに当たるところかもしれない。ここで、男女の愛を数々描いてきたいまおか監督が、清純さの中に初々しいエロスがほんのり香るような見せ場を作る。
上大迫 王道のキュンキュンというより、舞と智樹ならではのリアルなシーンになっているんじゃないかなと思います。見ていて照れくさくなりますね。
平井 あそこは作品の中でも特にディレクションしてもらったシーンでした。いまおか監督なりのキュンキュンが出ているんじゃないかと思います。
いまおか 本当はキスしようとしてやめるみたいな台本だったんですけど、なんかそれもなあと。俺がもし高校生だったら悶々として大変な状況だったはずで…。企画会議でも言ったのは、性的な部分を絶対なしでいくのもちょっとねと。ある程度の接触はあったほうがいいと思っていたんだけど、撮っていくうちに、なんかそうじゃないのかなあと思うようになって。
舞と智樹と神田川
二人のほかに登場する人物たちも個性豊かで、独特な世界を作り出すのに不可欠な存在だ。そんな人たちが、セリフの後に脈絡もなく「パオ~ン」とか「ヒヒ~ン」といった意味不明な声を発することがある。ノリのいい舞は、それを自然に返すのだ。
上大迫 いまおか監督が踊ってみようかとか、「パオ~ン」って言ってみようかとか、アイディアを出してくださって。そういうことすらも楽しんでできちゃう子なんだなって、無邪気な舞を演じることができたと思います。
― 監督はほかの作品でも、出演者にわざと変な動きをさせていますね? 役者さんを困らせて反応を見るとか?
いまおか いやいや、むしろ助けたいと思って…。ふと思いついちゃうんですよ。
平井 確かにその感じは人によってはあるかもしれないですね。どう動いていいか分からないときには助かるかも。
いまおか 演技はもっと自由でいい、「映画は自由なんだよ!」って言いたい。悲しいときに悲しい顔をしなくてもいいですよと。役者におまかせしつつ、いろんなパターンがあるよと提示したいんです。平井くんは絶対にやらなかったけどね。いろいろ言っても抵抗してたよね。
監督がやらせようとした「パオ~ン」を軽々としないところに、舞とは対照的にクールで照れ屋な智樹の性格がうまく表れている。平井がどう切り抜けたか注目してほしい。
平井 それを回避するために、こうしたら成立するんじゃないですかって、監督に提案したんです。
いまおか そうそう。だからすごいなと思って。あれは彼が出してきた折衷案ですよね。
平井 折衷案! その言い方、素晴らしいです。まさにそうです(笑)。
― その短いやりとり一つで、二人が役をいかに自分のものにしていたかが分かりますね。
いまおか 本当にそうだと思いますよ。キャストもスタッフも、たまたまいろんな条件が合って集まったと思うんです。それで何かが生まれる。ハナから決まっていたものじゃなくて、だんだんいろんな要素が合わさって一つの作品ができていくのが面白い。出来上がりを見ると、実は何かの必然があってこの映画ができたんじゃないかとさえ思えます。
平井 初めに言ったように筋はすごくシンプルなので、いまおか監督の撮り方や演出がなかったら、ごく普通の話で終わっていたかもしれませんね。
いまおか 試写を観て、正直もっとうまく撮れたなあと思うところはあるけど、客観的にいとおしく感じられたので、作ってよかったと思っています。
― 公開を迎えて、お二人はどんな反応を期待していますか?
平井 ワンカット撮りの間に起こる小さなハプニングとか、粗く見える部分もあるんでしょうけど、逆にその面白さを楽しんでもらえたらいいですね。いろんな見方があると思うので、SNSとかで盛り上がってほしい。たくさん意見を聞かせてもらえたらうれしいです。
上大迫 亡き人を思って何かをしようと、あの年齢だからこそ起こした行動が描かれた作品ですけど、高校生より上の世代にも、その時期を思い出してもらいながら届けばいいなあって。伝えたいことは、できるうちに伝えようって感じられると思います。
『神田川のふたり』は、この最小限のタイトルが示す通りの作品だ。ファンタジーの要素を含みつつも、神田川の景色の中でこの二人が過ごした、かけがえのないリアルな青春の時間が詰まっている。
いまおか 神田川じゃないと撮れなかったというのはあるよね。
平井 井の頭公園はプライベートでも時々行きますけど、神田川沿いは初めてでした。
上大迫 私もこれまでなじみがなくて。井の頭公園に神田川の源流があるというのも知らなかった。
いまおか ほんと?俺は知ってたよ。見に行ったことあるよ。
平井 源流といっても意外とこじんまりしている。
いまおか ショボいよね。
上大迫 ショボいって言わないでください(笑)。
インタビュー撮影=五十嵐 一晴
取材・文=松本 卓也(ニッポンドットコム)
作品情報
- 出演:上大迫 祐希 平井 亜門
- 監督:いまおか しんじ
- 脚本:川﨑 龍太 上野 絵美
- 製作年:2021年
- 製作国:日本
- 上映時間:83分
- 配給・宣伝 アイエス・フィールド
- 公式サイト:is-field.com/kandagawanofutari/
- 9月2日(金)より池袋シネマ・ロサ、アップリンク吉祥寺ほか全国順次公開中