
抑圧のなかで、時代を超えた「香港人の物語」を撮る:映画『Blue Island 憂鬱之島』チャン・ジーウン監督インタビュー
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テーマはアイデンティティ
香港とは何か。香港人とは何か。
想像を絶する運命の変転に見舞われた香港の創作者たちは、誰もが根源的な問いを突きつけられている。1987年生まれのチャン・ジーウン監督は、香港人のアイデンティティをテーマにした映画『Blue Island 憂鬱之島』を撮った。16日から日本公開を迎える。
三つの世代の物語が、ドキュメンタリーとドラマを交錯させながら展開される。1967年の香港暴動とその前後に起きた中国の文化大革命。1989年の天安門事件。そして2014年の雨傘運動と2019年の逃亡犯条例反対運動。およそ20年ごとに香港が見舞われた大事件の際に、人生を賭けて戦った人々の思いを伝える。作品を通し、国家安全維持法による抑圧に揺れる香港の人々にとって最も大切な価値を描き出すことがチャン監督の狙いだ。
文化大革命期の農村での集会風景 ©2022Blue Island project
鍵は歴史にある
16日の日本公開を前に来日したチャン監督は筆者とのインタビューで語った。
「異なる世代の人々にも共通する香港の価値を探し求めました。はっきりした答えは出なかったかもしれない。でも多少は答えに近づけたと思います。鍵は、私たち香港人が歩んできた歴史にあります」
『Blue Island 憂鬱之島』公開を前に来日したチャン・ジーウン監督(撮影=筆者)
チャン監督は香港島に暮らす公務員の家庭に生まれ、政治に興味を持つことなく育った。10歳で返還を迎え、小学校では中国の国歌を暗記した。転機は大学時代。書店で天安門事件の本を手に取った。北京で抗議行動を行なった学生の回顧録だった。天安門事件の追悼式を毎年6月4日に開催していたビクトリア公園に足が向かった。
「追悼式でステージから語られる言葉を懸命に聞きました。回顧録に描かれていた民主化運動の『抵抗の精神』が、いまの香港にも引き継がれていると感じたのです」
天安門事件から30年の追悼集会 ©2022Blue Island project
カメラを回して雨傘運動に参加
2008年の「反高鉄運動(中国と香港を結ぶ高速鉄道計画への反対)」や、2012年の「反国民教育運動(愛国教育の導入)」にも参加した。次第に自分のなかで「政治」や「香港の将来」に対する関心が高まっていった。
大学を卒業後、映画を学ぶための大学院に入る。2014年の雨傘運動では夢中でカメラを回した。「それが自分にとって運動に参加する方法だった」。その記録をもとに制作した映画『乱世備忘』を発表。世界各地の映画祭にも招かれ、この仕事を一生のものにしようと決めた。
学生の自由の要求を支持し活動する若き日のケネス・ラム ©2022Blue Island project
2017年に『憂鬱之島』を撮り始めた当初、タイトルは『14/67』にしようと考えていた。1967年から2014年までを意味するもので、香港人の人気ミステリー作家、陳浩基の傑作『13/67』にヒントを得たものだった。ところが、撮影が進む中で2019年のデモにぶつかった。
映画に込められるテーマはより重いものになり、タイトルも『憂鬱之島』に変更した。浮き沈みの激しい香港を、運命共同体の「島」に例えたものだ。
2014年とは違った2019年のデモ
大学院時代にも、アイデンティティに関する短編映画を撮ったことがあった。
「香港人は、一国二制度の下で独自の身分を持ち、同時に、中華人民共和国の国民でもあります。2014年の雨傘運動の前後から、香港の価値観と中国の価値観が衝突するようになり、香港人のアイデンティティに問題が生じました。(香港を自らの帰属先とする)本土思想が生まれ、私自身にも大きなインパクトをもたらしました」
『乱世備忘』との違いは、2014年の雨傘運動ではカメラに向かって堂々と理想を語った若者たちが、2019年の運動では、カメラを避けるようになったことだ。そのため、ノンフィクションとドラマのハイブリッド方式が必要になった。
「2014年は市民運動として民主について自分の考えを堂々とシェアしてくれた。これに比べて2019年はまるで戦争。議論などする余裕はなく、顔をマスクで隠し、取材も拒否された。そのため、『乱世備忘』とは異なる手法にすることにしたのです」
”自由な国”香港へとたどり着くチャン・ハックジー(アンソン・シェム、右)とその妻(ティン・シウイェン)©2022Blue Island project
作品は世代ごとの描写が折り重なる複雑な構成になり、深みを増したが、香港を詳しく知らない人には難しい、という見方もある。それでもチャン監督はこう語る。
「撮ったフィルムのすべてを放り込めば複雑になりすぎる。でも複雑さが香港の特徴とも言える。バランスを取るために苦心しました。外国での上映会で思った以上に反応はいい。運動による心の傷や苦しみ、世代間の対立、挫折の苦痛などは普遍的な問題なので、日本でも共感を得られると期待しています」
映画には、雨の日も風に日もビクトリアハーバーで泳ぐ老人が登場する。1960年代に大陸から海を泳いで香港に密航で渡ってきた人物だ。
「彼は、雨の日でも体調がよくない日でも朝8時に泳いでいた。それは彼にとって泳ぐことが自由の象徴だったからです。映画を通して実感したのは、香港の価値は自由であるということ。私が創作を選んだものも自由な人生を歩みたいと思ったから。映画を撮ることが、私にとって自由の象徴であり、未来への挑戦でもあるのです」
「反送中(中国への移送反対)!」を叫んで立法会を包囲するデモ隊 ©2022Blue Island project
一緒に苦しみ、成長した創作者たち
近年、香港からは運動をテーマにした優れた映画が次々と発表されている。カリスマ的な若手政治家を取り上げた『地厚天高』の監督ピーター・ヤム氏や、香港の暗い未来を予言して話題となった『十年』のプロデューサー、アンドリュー・チョイ氏も本作の制作スタッフに加わっている。
「常々考えていることですが、ある土地で、その状況が悪いほど、いいドキュメンタリーが生まれるのです(笑)。2014年から2019年にかけて、香港の創作者の一人一人が、どうやって撮影し、どうやって作品にするかを現場で苦しみながら学んできた。香港には記録しないといけない題材がたくさんありました。創作者としては幸運ですが、題材は重い。でも私たちには、撮り続ける以外の選択肢はなかったのです」
香港で撮り続ける覚悟
だが、香港での上映はチャン監督の作品も不可能な状態にある。
「確かに5年間をかけて完成させた作品を香港の観客に観てもらえないのは残念です。ですが、海外で上映することに加えて、いま映画は多くのプラットフォームがある。もちろんリスクがありますが、香港人にも届くはずです」
いつか国家安全維持法のもとでカメラを握れなくなる日もくるのではないか?
「“BE WATER”(柔軟に生きろというブルース・リーの言葉。2019年の運動のシンボルとなった)の精神が大切です。作品を撮る方法はいくらでもあり、多くの国では香港よりも厳しい環境にある。例えばイランの監督ができるのに、香港の監督にできないはずはない。お金がなくても、上映ができなくても、あるいは監獄にいても文字を書くことで作品は作れます」
投獄されたレイモンド・ヤン(ケルヴィン・タム)©2022Blue Island project
世界に散った香港人に届けたい
自分の知人や仲間の何割かは、すでに海外に移民してしまったという。香港をテーマに映画を撮ることの意味も新たな意味が付与されつつある。
「この映画のテーマは香港人の集団的アイデンティティを考えることでもあります。私の答えは、香港人はどこにいても香港人。どの場所にいても『ここは香港』だと言うことができる。香港人とは、時間的連続性をもって、自由や民主を誓う人々を意味するようになったのです」
逃亡犯条例に反対する“国殤の日”デモ ©2022Blue Island project
映画は世界の人々に届けると同時に、世界に散り散りになった香港人たちにも届けたい。チャン監督は「父母の老いを子供が見守るように、香港を記録する」ことを目標に、香港にとどまって映画を撮り続けるという。
そしてこの作品に込める思いをこう述べた。
「映画には作品ごとに運命がある。この作品は時代を超越して見続けてもらう映画になってほしい。現在、香港で上映される普通の映画では現実の問題を扱うことはできない。でも私の作品によって30年後に香港の人々はあの時代に何が起きたのかを知ることができる。そんな映画になってほしいと考えています」
作品情報
- 監督:チャン・ジーウン
- 出演:チャン・ハックジー、アンソン・シェム、ティン・シウイェン、キース・フォン、レイモンド・ヤン、ケルヴィン・タムほか
- プロデューサー:(香港)ピーター・ヤム、アンドリュー・チョイ/(日本)小林 三四郎、馬奈木 厳太郎
- 製作:香港・日本
- 製作年:2022年
- 上映時間:97分
- 配給:太秦
- 公式サイト:blueisland-movie.com/
- 7月16日(土)より、ユーロスペースほか全国順次公開
予告編
(バナー写真:映画『Blue Island 憂鬱之島』。海で泳ごうとする元亡命者 ©2022Blue Island project)