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希望と絶望の狭間で、彼らはあの夏、香港の街をひたすら歩いた:香港で上映禁止の映画『少年たちの時代革命』

Cinema 国際・海外

2019年に大規模デモに揺れた香港をテーマにしたドキュメンタリー作品はいくつも制作され、日本や世界で大きな話題を呼んだが、フィクションの作品はこれまでほとんどなかった。若者たちは、あの夏、あの時、何を思って、香港の街を歩いていたのか。ノンフィクション以上にリアリティを持った傑作が、香港から日本に届けられた。

感覚的には、作品の半分ぐらいが歩いている(あるいは走っている)シーンではなかっただろうか。思い起こせば、あの夏、香港の少年少女たちは、とにかく、歩きに歩き続けた。

香港で上映禁止となった映画『少年たちの時代革命』の緊急特別上映会が東京・渋谷のユーロライブで6月4日と5日に開催 ©映画「少年たちの時代革命」上映企画会
香港で上映禁止となった映画『少年たちの時代革命』の緊急特別上映会が東京・渋谷のユーロライブで6月4日と5日に開催 ©映画「少年たちの時代革命」上映企画会

香港は、住民だろうが、観光客だろうが、そこに生きる人は足が鍛えられる土地だ。地下鉄でもショッピングセンターでもとにかく歩かされる。階段もよく登る。

香港は狭い土地に、高層ビルや地下街を果てしなく作り続けた。ビルからビルへホッピングするように移動する。タクシーやバスもそこまで便利ではない。だから歩いたり、登ったり、降りたりで、香港で1日観光すると、たいていふくらはぎがパンパンに腫れてしまう。

香港人のカモシカのような足は、広東人のシャープな体型という面もあるが、生活者に限りなく下半身を酷使させる香港という都市の特徴も関係しているように思える。

2019年5月から本格化した逃亡犯条例改正反対運動とそれに続く民主化要求デモのなかで、100万人、200万人という、人口750万人都市の規模からすればちょっと想像がつかないギネス的な人口動員のデモが相次いで出現した。

そのうちに何回か取材で香港を訪れていたが、午後3時ぐらいに始まるデモはいつも夕方の7時8時まで続いた。たくさんの人が参加しているだけあって、動いたり止まったりしながらノロノロとコーズウェイベイ(銅鑼灣)からアドミラリティ(金鐘)までの道のりを歩いた。

想像を絶する蒸し暑さに、私など、1時間デモに付き合ったら茶餐廳(カフェレストラン)に逃げ込んでしまうのだが、彼らは警官から「ゴキブリ」と呼ばれた黒いシャツを着て、個人特定を避けるためにマスクやゴーグルをつけるという暑苦しい格好で、声を枯らしながら長時間にわたってデモに参加。夜も路上で警察と対峙するハードな1日を送っていた。

相次いだ若者たちの自殺

映画では、「YY」と呼ばれる一人の普通の少女が、デモに参加し、運悪く逮捕され、友人を失い、孤独に苦しみ、死を選ぶ決断をするところから始まる。その知らせを受け取った一人の少年が動き出し、全香港を舞台にした大捜索のオペレーションが始まる。

実際に、香港では、抗議運動の期間中、複数の少年少女を含めた人々が、自ら死を選んだと言われる。それぞれ、異なる理由と状況があるだろうが、「絶望」という終着点は一緒だ。

たかだかデモぐらいで、と日本では思われてしまうかもしれない。しかし、彼らは本気で「香港の滅び」を意識していた。それは物理的な「滅び」ではなく、自らが帰属する「本土」としての香港である。絶望と希望の間で、彼らは香港を歩き続けたのだ。

その危機感のリアリティは「香港もYYも救えない」「いずれ香港は滅ぶ」という言葉で映画の端々に込められている。

絶望に傾きがちな少年たちに対して、二人の若手監督が撮ったこの作品は、それは違う、絶望してはならない、と呼びかける。そのために作られた映画だと言ってもいいだろう。

緊急特別上映会は即完売。レックス・レン、ラム・サム両監督のオンライントークイベントに会場が盛り上がった
緊急特別上映会は即完売。レックス・レン、ラム・サム両監督のオンライントークイベントに会場が盛り上がった

「手足」と呼び合う仲間たちの義侠心

香港では、デモが起きている当時、自殺志願者を救い出す「民間捜索隊」というチームが実際に活動していたという。逮捕された若者をサポートする弁護士、医療班、ソーシャルワーカーもおり、「市民」の力が高い自律性と柔軟なチームワークをもって機能していたのだ。

抗議運動の参加者はお互いを「手足」と呼び合った。デモの最前線で警察の催涙弾に耐える者、後方支援で物資を届ける者、SNSで各地の情報をつなぐ者など、役割は違っていても切り離せない体の一部であるという意味がそこには込められていた。

映画では、YYの捜索のなかで、YYの顔も名前を知らない人々が、一日中、足を棒のようにして歩きまわり、喧嘩をしたり警察に捕まったりしながら、一人の命を巨大都市のなかで見つけ出すことに全力を尽くした。

ある種の義侠心の発露であり、今回の運動を貫いた「手足(運動に参加する仲間たち)」の命は、みな等しく大切だというポリシーの表現であっただろう。

同時に、こうした若者たちの徹底した平等主義は、今日の中国がひた走る中央集権的な政治体制の対極にあるものだ。だからこそ、中国共産党は香港の若者を恐れたのかもしれない。大陸中国への波及も。香港国家安全維持法による過剰なほどの強引な取り締まりは、中国の恐怖が示されている。

「私たちは諦めない」

映画は7月21日を舞台にしている。謎の白シャツ隊が元朗という場所で、一般市民やデモ隊に襲い掛かった日だ。中国中央の代表機関である「中央政府駐香港連絡弁公室」の壁にデモ隊がペンキをかけ、中国側を激怒させたとされる事件も起きた。

『少年たちの時代革命』(原題:少年)の現地版ポスタービジュアル
『少年たちの時代革命』(原題:少年)の現地版ポスタービジュアル

想像を超えた様々な事態が同時多発的に起きたあの日の夜、若者たちはYYを通して、自分自身とも向き合っていたのである。

「たとえ結果が出なくても、私たちは諦めない」が本作のメッセージである。結果が出るのはいつか。それは誰にもわからない。希望は見えないが、諦めたらそこで何もかも終わってしまう。この映画作りに関わった人々の思いを、襟を正して、受け止めたい。

本作は香港では上映不許可となり、マレーシアでも上映が認められなかったと、上映後にオンライン出演した監督が明らかにした。台湾の映画賞「金馬奨」で「最優秀新人監督賞」「最優秀編集賞」にノミネートされるなど、大きな反響を呼んだ。これまで香港のデモを扱った映画では『理大囲城』『時代革命』などが国際的に高い評価を受けてきたが、それらはいずれもドキュメンタリー作品だった。

日本で本作は6月4日、5日の2日間のみ東京・渋谷で臨時公開された。チケットは即完売。主催者によれば日本公開は現在検討中だというが、間違いなくいま日本に届けられるべき作品である。できるだけスピーディに実現することを期待せずにはいられない。

(バナー写真:映画『少年たちの時代革命』より ©映画「少年たちの時代革命」上映企画会)

作品情報

  • 原題:少年
  • 監督: レックス・レン(任俠)、ラム・サム(林森)
  • 出演:マヤ・ツァン(曾睿彤)、ユー・ジーウィン(余子穎)、スン・クワントー(孫君陶)
  • 製作:香港
  • 製作年:2021年
  • 上映時間:86分

予告編

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