『ベルイマン島にて』:映画作家が真向かう「創作と生活」とは? ミア・ハンセン=ラブが北欧の島を舞台に描く
Cinema- English
- 日本語
- 简体字
- 繁體字
- Français
- Español
- العربية
- Русский
タイトルにある「ベルイマン島」とは、スウェーデン出身の世界的な映画監督イングマール・ベルイマン(1918-2007)が47、8歳から亡くなるまで暮らしたフォーレ島のこと。バルト海のゴットランド島北端に連なる小さな島だ。
ベルイマンはこの島で1961年の『鏡の中にある如く』に始まり、『仮面/ペルソナ』(66)など6本の劇映画と2本のドキュメンタリーを撮った。彼の死後、島の4カ所に所有していた土地と家は競売にかけられたが、ある篤志家がすべて買い取り、財団を設立して管理することになった。彼はベルイマンが生前語っていた理想に従って、そのレガシーを創出する役を引き受けたのだ。
こうして「ベルイマン・エステート・オン・フォーレ」財団は、所有する施設をアーティストやジャーナリスト、研究者などに開放し、滞在しながら創作に活用してもらう事業を運営することになった。「ベルイマン・エステート」は4軒の家と映画館から成り、かつてベルイマンが住居と仕事場にしていた家(本館)には、書籍やビデオを所蔵したライブラリーがある。
ストーリーが生まれる時間と空間
『ベルイマン島にて』は、この制度を利用して島でひと夏を過ごす映画監督カップルの物語として始まる。トニー(ティム・ロス)はすでに名声を確立した監督で、老境に入りつつある。パートナーのクリス(ヴィッキー・クリープス)は映画を撮り始めてからまだ年月が浅い。トニーとは少なくとも20歳の年の差がありそうだ。
2人の間に娘はいるが、結婚しているかは明らかでない。ともに滞在の目的は、島の生活にインスピレーションを得て、脚本の執筆に集中すること。トニーは淡々と、順調に書き進めるが、クリスは壁にぶつかり悩む。こうして物語は、クリスが脚本の着想をどのように得ていくか、1人の作家の創作の裏側を解き明かすように展開していく。
監督のミア・ハンセン=ラブは、これまでも自分にとって身近な題材を選んできた。今回は、実生活の中で映画の構想がいかに生まれるか、カップルや家族との関係の中で、創造的な営みがいかに可能になるかという問いを、自分に引き寄せてつぶさに見つめ直そうとした。その思考プロセスが丸ごと1篇の映画になったような作品だ。
現代のすぐれた映画作家たちは、もはや始まりと終わりのある物語を一直線に語るだけでは満足しない。話の中にいくつもの物語を織り交ぜ、それらが複雑にからみ合うように世界を作り込んでいく。そのためにハンセン=ラブ監督が選んだのは、フォーレ島という聖別された舞台だった。そこには簡素で美しい風景はもちろん、あちこちに息づくベルイマンの神話があり、同時にその背後には神話と無縁の島の生活もある。
自身も「ベルイマン・エステート」に申請して、数年の間、毎年夏になると島を訪れたハンセン=ラブ監督は、滞在中に受けたインスピレーションをふんだんに取り込み、自らの思いや体験をクリスに投影しながら、魅力的な物語に仕立ててみせた。
現実から創作への跳躍
前述したように「ベルイマン・エステート」が誕生した元には、イングマール・ベルイマン所有の土地と家が競売にかけられたことがある。オークションは、家を遺すよりもお金にして分けるほうがシンプルだと考えたベルイマンの遺志だった。何しろ彼には6人の女性との間に9人の子どもがいたのだ。
偉大な芸術家であると同時によき家庭人であることは不可能だった。暗い人間の本性に切り込んだ名作の陰には、省みられなかった子どもたちとその母たちがいた。ハンセン=ラブ監督は、クリスの生真面目な問いかけを通じて、作家が直面する「生活と創作」というジレンマに迫ろうとする。クリスの何気ない視線や言動とともに、1つの作品の小さな種がどんな風に生まれ出るのか、丹念に描き込んでいく。
そのようにして生まれ出た種が、今度はどう育ち、実を結んでいくかだ。クリスの頭の中に描かれつつある物語が、劇中劇の形でパラレルに映し出される。作家の空想の中に、創作中の環境のすぐ近くにある現実の要素が、しみ出すように入ってきているのが分かる。
想像と現実、主人公と作家自身、登場人物と俳優、これらが混然としてくるのは、その相互的な浸食こそが作家のまぎれもない現実だからだ。ベルイマンの島という魔術的な空間で、映画人が現実と対峙して空想の世界を広げ、その夢を生き、また現実に引き戻される時間。その往復、振幅が見事に表現されている。
クリスのパートナーであるトニーが、ハンセン=ラブ本人のかつてのパートナーだった映画監督のオリヴィエ・アサイヤスをモデルにしているのは明らかだ。そんな年の差カップルの関係は微笑ましくもあるが、やはり少し潤いが足りない。そんな淡々とした「現実」から跳躍する恋物語(劇中劇)には、「創作」ならではのみずみずしさがあふれる。映画の中の映画だからこそ、ひと夏の青春へのほろ苦いノスタルジーが込み上げる場面に、スウェーデンが生んだポップスター、ABBAの曲を使うような直球勝負ができるのだ。日常の軽やかな笑いや、静かな省察の時間を通り抜けて、ふと訪れる劇的な物語の世界。これぞ映画、というほかない仕掛けに、感情の高まりが突き抜けていく。
作品情報
- 監督・脚本:ミア・ハンセン=ラブ
- 出演:ヴィッキー・クリープス、ティム・ロス、ミア・ワシコウスカ、アンデルシュ・ダニエルセン・リー
- 製作年:2021年
- 製作国:フランス・ベルギー・ドイツ・スウェーデン
- 上映時間:113分
- 配給:キノフィルムズ
- 公式サイト:https://bergman-island.jp/
- 4月22日(金)、シネスイッチ銀座ほか全国順次公開