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映画『北風アウトサイダー』:監督・脚本・主演、崔哲浩が魂を込めた在日朝鮮人家族の物語

Cinema

『北風アウトサイダー』は、大阪・生野のコリアンタウンを舞台に、力を合わせて生きていく在日朝鮮人4兄妹の物語。リアルな生活風景の中に、コミュニティーの人間模様、ヤクザや架空の組織・在日朝鮮統一連合会との入り組んだ関係などが鮮やかに描かれる。実体験をちりばめた自作の脚本でメガホンを取り、自ら主役を演じた崔哲浩に話を聞いた。

崔 哲浩 SAI Tetsuhiro

1979年生まれ、大阪市生野区出身。高校を卒業したその日に俳優を目指して上京。99年、三池崇史監督の『日本黒社会 LEY LINES』で映画デビュー。以来、数々の映画やドラマ、舞台に出演。主な出演映画に、高倉健主演の『ホタル-HOTARU-』(2001、降旗康男監督)、『陽はまた昇る』(02、佐々部清監督)、『半落ち』(05、同)、『グラスホッパー』(15、瀧本智行監督)など。2007年より「劇団 野良犬弾」を主宰。21年、ワールドムービーアソイエンション設立。22年、監督・脚本・主演の映画『北風アウトサイダー』が全国公開。

実体験が支えるオリジナリティーとリアリティー

物語は民家の客間で僧侶がお経を上げる場面で幕を開ける。亡くなったのは在日朝鮮人キム家の母。大阪・生野で食堂を営み、三男一女を育てた。身内ら20人足らずが集まった葬儀に長男ヨンギの姿はない。主亡き後の食堂は、末っ子のミョンヒが切り盛りしているが、多額の借金があり、三男のガンホは地元のヤクザから返済できなければ店を畳むよう迫られていた。そんなある日、17年ぶりにヨンギが食堂に現れる……。

キム家の三男ガンホ(前、上田和光)がヤクザから足を洗い、母の食堂を立て直そうとしていた ©2021 ワールドムービーアソシエイション
キム家の三男ガンホ(前、上田和光)がヤクザから足を洗い、母の食堂を立て直そうとしていた ©2021 ワールドムービーアソシエイション

回想シーンを交え、ヨンギが失踪した背景や、一家とヤクザの関係を少しずつ明らかにしながら、ストーリーが展開し、劇的な終盤へと突き進む。作りは下町の人情ドラマ風だが、在日朝鮮人コミュニティーならではのエピソードが満載で、登場人物たちの個性が際立ち、オリジナリティーあふれる作品世界へと引き込んでいく。

母の葬儀に現れなかったヨンギに何があったのか ©2021 ワールドムービーアソシエイション
母の葬儀に現れなかったヨンギに何があったのか ©2021 ワールドムービーアソシエイション

意外なことに、メインキャストで在日コミュニティー出身者はただ一人。主人公ヨンギを演じる崔哲浩だ。在日朝鮮人2世の両親の下、生野で生まれ育った。自身の体験と、周囲で起きた出来事をふんだんに盛り込んで脚本を練り上げ、初の監督に挑んだ。

「日本には素晴らしい監督がたくさんいらっしゃるじゃないですか。僕は役者がベースなので、ディレクションや映像美では、そういう先輩方にかないっこない。でもこのテーマだったら、誰よりもリアルに描ける。自分が幼少期から体験している話なので、これなら対抗できるかなって思ったんですよ」

映画を撮りたいという思いは10年ほど前からあった。俳優のキャリアが10年を超え、30代に入った頃からだ。ただずっと、「監督を生業にしている先輩方に失礼」という思いが勝っていた。決意を固めるきっかけは、「映画の師匠」として敬愛する佐々部清氏が2020年3月末に亡くなったことだった。崔は2002年に公開された佐々部監督のデビュー作『陽はまた昇る』に出演している。

「あの撮影の時、監督は41歳だったんですよ。2年前、僕もその年になった。ちょうどコロナが出始めて、自分と向き合う時間が長くなっていた頃でした。舞台の公演もできなくなっていた。いろんなタイミングが重なって、よし映画を撮ろうと」

地元ヤクザの親分役にベテランの岡崎二朗(中央) ©2021 ワールドムービーアソシエイション
地元ヤクザの親分役にベテランの岡崎二朗(中央) ©2021 ワールドムービーアソシエイション

元には2016年と18年に舞台で上演した2つの劇作品があった。これを映画化するにあたり、最初はプロの脚本家に原案を渡してシナリオを書いてもらったが、出来上がりにどうも納得がいかなかったという。

「分かりやすくまとめられて、素晴らしい脚本になってはいたんですけど、僕が1本目で作りたい映画ではないなと。自分で明確にこういうシーンを撮りたいというのがいくつか先行してあって、それをところどころパズルのようにはめ込んでいきました。あとはもう、作りながら、感じるがままに。8~9割が僕か僕の周りの在日朝鮮人に起こった話をもとにしています。実体験を入れたのは、空想したものを書くよりもリアリティーが生まれますからね」

在日「朝鮮人」の物語にこだわった理由

物語を動かす陰の軸となるのが、コミュニティーに力を及ぼす架空の組織・在日朝鮮統一連合会の存在だ。タイトルの「北風」という言葉が暗示するように、この映画に描かれているのが「在日韓国人」ではなく「在日朝鮮人」のコミュニティーであるところに注意したい。

在日コリアンの同胞団体には、北朝鮮系の朝鮮総連(在日本朝鮮人総聯合会)と、韓国系の民団(在日本大韓民国民団)があるのは広く知られている。しかし住民がどちらに所属するかは、出身が半島の南部か北部かで決まるわけではないのだという。生野の在日朝鮮人コミュニティーで育った崔が説明してくれた。

キム家の次男チョロ(中央、伊藤航)と妻の朱美(左、田中あいみ)は、娘のナミ(秋宮はるか)を朝鮮大学に進学させるかどうかで悩む ©2021 ワールドムービーアソシエイション
キム家の次男チョロ(中央、伊藤航)と妻の朱美(左、田中あいみ)は、娘のナミ(秋宮はるか)を朝鮮大学に進学させるかどうかで悩む ©2021 ワールドムービーアソシエイション

「日本にいる数十万のコリアンというのは、だいたい9割がルーツは南、韓国なんですよ。済州島や慶尚南道が多いんです。それが戦後、韓国と北朝鮮に分かれてから、日本にいるコリアンに母国語を推奨したのが北朝鮮系の朝鮮総連だったんです。子どもに朝鮮の文化や言葉を習わせたい親が朝鮮学校に行かせる。僕の家族も慶尚南道がルーツなんですが、国籍は北朝鮮になりました」

親が朝鮮総連の幹部だったという崔家。哲浩少年も小学5年までは朝鮮学校に通っていたが、北朝鮮による日本人拉致問題が報じられるようになると、一家は総連と距離を置き始める。

「転校はほんとにイヤでしたね。それまでバリバリ朝鮮語をしゃべってましたし、小学生ながら隣の日本学校の子たちと集団でケンカする毎日でしたから。転校の話を聞きつけて、東京から総連の幹部が5年生の僕を説得しに来ましたよ。それで大阪から逃げるように、一家で三重県に引っ越したんです」

日本の公立学校に通うようになったのは、日本は敵と教え込まれてきた幼い子どもにとって、まさに天地がひっくり返るような出来事。カルチャーショック以外の何物でもなかったという。最初はいじめられ、数年間は肩身の狭い思いをしたが、持ち前の明るい性格で徐々に学校生活になじんでいった。

©2021 ワールドムービーアソシエイション
©2021 ワールドムービーアソシエイション

「いま思うと、朝鮮学校に行ったのもよかった。朝鮮語をしゃべれたおかげで若い頃に高倉健さんとも共演させてもらえたわけですし。ただ、あのまま在日朝鮮人のコミュニティーで生きていたら、いまの感覚は絶対になかったですね。俳優をやっていなかったような気がする。当然、この映画も作っていなかったでしょう。親に感謝ですね」

キム家の末っ子ミョンヒ(櫂作真帆) ©2021 ワールドムービーアソシエイション
キム家の末っ子ミョンヒ(櫂作真帆) ©2021 ワールドムービーアソシエイション

在日朝鮮人の生活や、そこに見え隠れする苦悩をリアルに映し出しながらも、差別や貧困ばかりにフォーカスするありがちな視点で描かれてはいないのが、この映画の大きな魅力だ。そこには、自分のルーツを強く意識しながら、日本社会に溶け込むことでその個性を発揮してきた崔哲浩の生き様が反映されている。

「エンターテインメントの要素がないと映画にする意味はないですし、個人の思想ばかりが前面に出ている映画にはあまり共感できない。そこは自分の中で一番いいバランスを探っていきました。在日コリアンの立場がどうとか、正直、そこまで興味がないんです。リアルに描けて、作品として勝負できるからこの題材を選んだだけであって。人間とは、愛とは、家族とは…、そういう大きなテーマで、東洋の人が観ても、南米の人が観ても、何かが伝わるような映画を作りたいと。あとは、先輩方から引き継いだ、人として大事な部分を次の世代につないでいきたい、そんな思いを込めたつもりです」

撮影=花井 智子
取材・文=松本 卓也(ニッポンドットコム)

©2021 ワールドムービーアソシエイション
©2021 ワールドムービーアソシエイション

作品情報

  • 出演:崔 哲浩、櫂作 真帆、伊藤 航、上田 和光、永倉 大輔、松浦 健城、竜崎 祐優識、並樹 史朗、岡崎 二朗
  • 監督・脚本・プロデューサー:崔 哲浩
  • 制作:ワールドムービーアソシエイション
  • 配給:渋谷プロダクション
  • 製作年:2021年
  • 製作国:日本
  • 上映時間:150分
  • 公式サイト:https://www.kitakaze-movie.com/
  • 2月11日(金・祝)よりシネマート新宿ほか全国順次公開

予告編

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