前田旺志郎「超えたいのはデビュー作の自分」:映画『彼女が好きなものは』で親友がゲイだったと知る高校生を好演
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映画『彼女が好きなものは』は、ゲイであることを隠して生きる高校生の純(神尾楓珠)と、BL好きを秘密にしているクラスメイトの紗枝(山田杏奈)が書店で遭遇し、「急接近」するところから展開する物語。
純のセクシュアリティを知らない紗枝は、やがて彼に恋をする。一方の純は、年上の既婚男性・誠(今井翼)と交際していた。しかし、結婚相手と子どもをもうけ家庭を築くという幸せの形を諦め切れず、紗枝と付き合うことを決意する。
だがある日、紗枝は純と誠がキスしているところを目撃してしまい、激高する。BLの世界に傾倒しながらも、自分の恋人がゲイであるという現実を受け止められなかったのだ。その後、純がゲイであることをある人物によってバラされ、衝撃的な事件が起きる―。
幼なじみがゲイだと知ったら?
セクシュアル・マイノリティの当事者の苦悩や生きづらさ、世の中の無知と誤解が引き起こす暴力、誰の心にも潜む無意識の偏見や葛藤を丁寧に描いた本作。純を取り巻くさまざまな人物たちの言動を通して、世間の無理解に苦しむマイノリティの姿が浮き彫りになる。
その中で、特異な立場にあるのが、純の幼なじみ、亮平だ。紗枝に恋心を抱きながら、純との交際を健気に応援していた。無邪気にスキンシップをとる仲だった純がゲイであることを知り、どう接するべきか悩む。この難しい役どころを前田旺志郎が好演している。
「今回はLGBTQと言われるセクシュアル・マイノリティの人との向き合い方は何が正解なのかを考えることに一番時間をかけました。でもいくら資料を読んで学んでも、どうすればベストな向き合い方ができるのか、亮平が悩んだように、僕自身にも分からなくて……。純くんがゲイだと知った直後の会話はどうしても暗くなりがちだったのですが、監督から『亮平はもっと明るくていい。いつもと同じように振る舞うのが亮平らしい』とアドバイスをいただいて。それ以来、どんな時でも亮平らしさを忘れずに演じることを心掛けました」
「とはいえ、ゲイだと聞いてしまった後は、やっぱり気を遣ってしまうのも事実なので、その上であえて明るく振る舞っているというか。いつもと同じように接してはいるけど、亮平の中の微妙な心情の変化みたいなものが観ている方にちゃんと伝わればいいなと思いながら演じていました」
同性愛をめぐるディスカッションに抱いた違和感
劇中、教室で生徒たちが同性愛についてディスカッションをする場面が登場する。その場面だけドキュメンタリーであるかのような、生徒たちのリアルな表情や率直な意見が印象的だ。草野監督は、生徒役のオーディションで実際にディスカッションさせ、出てきた言葉の中から、チクっと心に引っ掛かったものを脚本に反映させた。出演者たちには、台本に書かれたセリフを「なるべく自分の身体に落とし込んで」発してもらったという。
「撮影中、ディスカッションを聞きながら、すごく苦しくなってしまったんです。一見、同性愛に理解があるかのような発言に潜む偽善のようなものを嗅ぎ取ってしまったというか。本気で向き合おうとはしていないのに、借り物の言葉だけがスラスラ出てくることに対するいら立ち、違和感を覚えていました。だからと言って、自分が思ったことをそのまま口にするのが正しいわけでは決してないけど、安易に答えていい問題でもない。もし僕自身があの場にいたら……? う~ん、分かりません、と正直に答えてしまったかもしれないです。でも少なくとも、かわいそうとか、同情するような言葉をあの場で言うことはなかったと思います。亮平と同じように、もっといろんな知識を身につけた上で、真剣に向き合いたいと思うから」
『奇跡』のナチュラルな自分こそが役者としての目標
3歳で松竹芸能のタレントスクールに入り、子役としてデビュー。小学1年生で大人顔負けの漫才師としてお茶の間の人気を博した後、11歳の時、是枝裕和監督の『奇跡』で兄の航基とともに銀幕デビューを果たした。
「『奇跡』の撮影では、台本は渡されず、是枝監督から耳元でささやいてもらったことをそのまま話しているだけだったので、自分ではお芝居をしているという感覚もなくて。ありのままの自然な状態で現場にいられたことを、今でもよく覚えています。でも、台本をちゃんと読み、セリフを覚え、役と向き合い、現場を理解するようになった今、あの状態になれることって、まあ、なくて(笑)。言ってみれば、あれこそが役者としての究極の状態だったと思うので、あの時の自分とのギャップを突き付けられることもあるんです」
仕事として芝居を本格的にやりたいと思ったのは、高校進学で上京を決めたタイミング。以来、さまざまな役に挑戦し、演技の幅を広げてきたが、今でも『奇跡』や『海街diary』での演技が好きだと言われるのが多いことに、複雑な心境を明かしてくれた。
「それ自体はもちろんものすごくうれしいんですが、あの時のお芝居は自分の実力ではないというか、僕自身はあくまで是枝監督がすごいとほめられているだけだと受け取ってしまうので。そこは正直苦しくもありますけど、逆に言えば自分にとって一つの目標でもあるんです。いつかその代表作が塗り替えられる瞬間まで、絶対に役者を続けていたいと思いますし、これから出会う作品で僕のお芝居が『すごく良かった』って絶対に言わせるぞと、常に思っています(笑)」
兄の航基とは「役者として全然違うタイプ」。役へのアプローチも全く異なるため、芝居について相談することはなく、舞台以外の作品は基本的に観ていないと笑う。その代わり、同世代の役者仲間にはライバル意識を隠さない。
「悔しさとか嫉妬みたいな感情を抱くことは決して悪いことではないというか、持っていて当然の感情だと思うんです。むしろその上でお互い頑張ろうって切磋琢磨し合える関係がベストだと感じているんですが、今まさにそういう状況なので。プライベートでも交流のある(山田)杏奈や、今回出会えた(神尾)楓珠のような同世代の役者さんからすごく刺激をもらえています」
「役者で生きていく」と決めながらも大学に進学した理由
「やっぱり同じ職業の人としか話せないこともたくさんあります」と話す前田。一方で、俳優の仕事をしながら大学進学を決めたのは、こんな理由からだった。
「とにかくいろんな人と出会いたかったんです。仕事をこれと決めたら、なかなか同じ業界以外の人と接する機会は多くない。自分とは違う考え方を持っている同世代の人や、いろいろな夢を抱えている人たちとコミュニケーションを取ることで、新たな刺激があるんじゃないかと思ったんです。コロナ禍になってからはオンライン授業が中心ではあるのですが、大学でたくさんの友だちと出会い、さまざまな価値観に触れることができたので、進学して本当に良かったです」
大学の同級生が就職活動を控える中、前田が歩む道は決まっている。
「今と同じように、一生楽しくお芝居を続けることが僕の夢というか目標なんです。でもずっと楽しくいるって、なかなか難しいことだと思います。『お芝居が好き』という気持ちをいつまでも忘れずに、楽しい状態を保ち続けるためには、自分の芝居を進化させ続ける必要がある。5年後もいまと同じ芝居をしていたら、きっと自分で自分に満足がいかなくなると思うので、楽しみながらも、日々ステップアップしていけたらと思っています」
インタビュー撮影=花井 智子
スタイリスト=九(Yolken) ヘアメイク=佐藤 健行(HAPP’S.)
取材・文=渡邊 玲子
作品情報
- 監督・脚本:草野 翔吾
- 原作:浅原ナオト「彼女が好きなものはホモであって僕ではない」(角川文庫刊)
- 出演:神尾 楓珠 山田 杏奈 前田 旺志郎 三浦 獠太 池田 朱那 渡辺 大知 三浦 透子 磯村 勇斗 山口 紗弥加 / 今井 翼
- 配給:バンダイナムコアーツ、アニモプロデュース
- 製作国:日本
- 製作年:2021年
- 上映時間:121分
- 公式サイト:https://kanosuki.jp/
- 12月3日(金)TOHOシネマズ日比谷ほか全国ロードショー