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川尻将由という才能の開花を見届けたい 長編アニメ『CHERRY AND VIRGIN』で商業映画デビュー迫る

Cinema アニメ

実写映画の名作を数々世に送り出してきたプロデューサーが才能にほれ込み、初の劇場アニメ製作に名乗りを上げた。2018年に発表した短編アニメ『ある日本の絵描き少年』で国内外の絶賛を受けた川尻将由監督の長編『CHERRY AND VIRGIN』だ。22年の公開をめざして制作進行中の作品について、監督と佐藤現プロデューサーに語ってもらった。

監督とプロデューサーの運命的な出会い

「30歳手前で、うだつの上がらないクリエイター人生を送っていたので、そのことを作品にしようかと思いまして。ちょうど平成も終わるタイミングだったし、漫画文化、風俗史をまとめた感じで何かできないかと」

こう振り返るのは、前作の『ある日本の絵描き少年』を監督した川尻将由だ。

川尻将由(かわじり・まさなお) 1987年生まれ、鹿児島県出身。2010年、大阪芸術大学卒。短編アニメ『ある日本の絵描き少年』で、ぴあフィルムフェスティバル準グランプリ、文化庁メディア芸術祭アニメーション部門優秀賞などを受賞した。
川尻将由(かわじり・まさなお) 1987年生まれ、鹿児島県出身。2010年、大阪芸術大学卒。短編アニメ『ある日本の絵描き少年』で、ぴあフィルムフェスティバル準グランプリ、文化庁メディア芸術祭アニメーション部門優秀賞などを受賞した。

21分の短編アニメの主人公は、幼い時から絵を描いて育った「しんじ」。その成長を各年代に描いてきた絵とともにたどっていく。人物や背景が当時のタッチで描かれているのが特徴で、時代を代表する漫画の絵柄やキャラクターも登場してくる。つまり年を追うごとに絵柄が変化し、成長とともに絵の技術も進歩していく。川尻自身が生まれてからの30年を追うことで、それがほぼそのまま平成という時代の漫画文化を概観するという発想だ。

幼い時から絵がうまいとほめられて育ったしんじは、美術大学を卒業後、漫画家としてデビューする。しかし自分のやりたいことと、業界の決まり事や読者の求めるものとのギャップを思い知り、厳しい現実に打ちのめされてしまう。しんじは断筆し、夢破れて故郷に帰るのだが、とあるきっかけで幼なじみの「まさる」のことを思い出す。小さい時よく一緒に絵を描いて遊んだ「ちょっと変わった」友だちだ。しんじは、すっかり忘れていた彼の存在とともに、絵を描く純粋な喜びを再発見する…。

主人公には、大阪芸術大学を出て上京し、有名アニメスタジオに入ったが、6年で辞めた川尻自身の姿を重ね合わせたところがある。スタジオでは、テレビアニメの作品を1度監督したが、うまくいかなかったという川尻。商業アニメの業界ではやっていけないだろうと感じて退社し、初心に返って自主制作で取り組んだのが『ある日本の絵描き少年』だった。

川尻はこの短編で2018年のぴあフィルムフェスティバル(PFF)のコンペティションに応募し、準グランプリを獲得する。これをフェスティバルの会場で観客として観ていたのが、映画プロデューサーの佐藤現だった。

佐藤現 これはすごい作品に出会ったなと思いましたね。好きなことに打ち込みながらも、壁にぶつかって悩む。でも最後には、好きで始めたことの原点に戻る。これって僕が今まで実写でプロデュースしてきた作品と通じるテーマなんですよ。『ばしゃ馬さんとビッグマウス』(13年、吉田恵輔監督)のシナリオライターとか、『アンダードッグ』(20年、武正晴監督)のボクサーとか。才能の壁にぶつかったときに、自分の根っこは何だったのかという問いに立ち帰る話なんですね。『ある日本の絵描き少年』は、実写とかアニメとかの境界線を飛び越えて、すごく心に響いた作品でした。

佐藤現(さとう・げん) 1971年生まれ、大阪府出身。94年、東映ビデオ入社。主なプロデュース作品に、『ふがいない僕は空を見た』(12)、『ばしゃ馬さんとビッグマウス』(13)、『百円の恋』(14)、『犬猿』(18)、『アンダードッグ』(20)など。
佐藤現(さとう・げん) 1971年生まれ、大阪府出身。94年、東映ビデオ入社。主なプロデュース作品に、『ふがいない僕は空を見た』(12)、『ばしゃ馬さんとビッグマウス』(13)、『百円の恋』(14)、『犬猿』(18)、『アンダードッグ』(20)など。

実際この作品では、アニメと実写の両方が使われている。しんじが断筆している間の場面は、「描かれたものがない」期間ということで、アニメから実写に変わる演出が効果を発揮するのだ。

川尻監督はこれについて、イスラエルのアリ・フォルマン監督が2008年に発表したアニメ映画『戦場でワルツを』を挙げ、実写が効果的に使われていたラストシーンから影響を受けたと話す。もともと子どもの頃から夢は映画監督。大阪芸大でも映像学科に籍を置き、実写かアニメか、進路を迷ったほどだった。

川尻将由 『河童のクゥと夏休み』(07年)など、原恵一さんの監督作品を観て、「アニメでもこういうのが作れるんだな」と思って、アニメに決めたんです。ところが実際にアニメ業界に入ってみると、自分が作りたいものを企画して形になるというのが想像できなくなった。だったら学生の頃の気持ちに戻って、もう1回自主制作をやってみようと。それで今、佐藤さんの話を聞いて思い出したんですが、当時は『ばしゃ馬さんとビッグマウス』も参考資料として観ていましたね。

『ある日本の絵描き少年』に衝撃を受けた佐藤プロデューサーは、PFFの関係者に頼んで川尻監督を紹介してもらい、2人で話すことになった。

佐藤 いろいろ話をしていくうちに、好きな映画の名前がたくさん挙がったんですが、なるほどと思ったのはポール・トーマス・アンダーソン監督の『マグノリア』(99年)でしたね。絶望や後悔、業を背負った人間たちの群像劇。業を肯定して、その先を描くところに、川尻さんの作品づくりと通じるものがあると思いました。アニメというジャンルの、こういう客に受けるからこういうものを作るべき、というところから離れてものづくりをしている人なんだなと感じて、一緒にやってみたいという思いがさらに深まりました。

ミレニアル世代のオタクが他者と交わるとき

こうして出会うべくして出会い、意気投合した2人は劇場向け長編アニメの企画を立ち上げる。これが現在制作中の『CHERRY AND VIRGIN』だ。

川尻 おおよその構想を立てるまでに1年、そこからまた1年くらいかけて脚本を書いていきました。ところどころで佐藤さんに見せて、意見を聞いて。僕が悩み症なんですよね。前作も時間がかかったのはほとんどシナリオでしたから。

ストーリーは、女性と接することに慣れていないエロ漫画家の本田遼(32歳)と、同人誌でBL(ボーイズラブ)漫画を描いている榎本亜美(28歳)が、ある出来事をきっかけに出会い、ともに初めての男女関係を発展させていくというもの。オタク文化にどっぷり浸かったアラサー2人が、他者と交わって生きることにとまどいながらも、その愛おしさを知っていく…。

映画『CHERRY AND VIRGIN』イメージポスタービジュアル ©2022東映ビデオ
映画『CHERRY AND VIRGIN』イメージポスタービジュアル ©2022東映ビデオ

川尻 前作では、男性作家の話を書き、アウトサイダーアートの人物も登場させたけど、女性作家の話は書いていなくて、やり残したことがあると感じていました。僕には世間で主役にされてこなかった人たちを主人公にしたい、という欲求があるので、今回も同じようなことが言えるかなと。

佐藤 ある意味で、『ある日本の絵描き少年』の延長線上にある話ですよね。2人ともクリエイターで夢を追いかけ、仕事でも才能の壁にぶつかって苦しんでいるところに共通点がある。前作は自分の中の葛藤でしたけど、今回は他者と初めて真剣に交わることで変わっていく2人を描いている点で、進化形ですね。普遍的な話にも広がっていて、これはいいものになると思いました。

川尻 他者とつながるとはどういうことなのか、今ある自分の中での答えはこの作品で出したつもりです。30歳前後というのはいわゆるミレニアル世代で、その下のZ世代を横目に、ちょっと時代に取り残されたような気持ちになっている人たちなんですね。Z世代はSNSが得意でクリエイターとしてネットでも成功しているけど、自分たちは中途半端な時代に生まれちゃったな、というような。僕の印象では、平成の時代にオタク文化で育ったその世代の青春って、これまであまり扱われていない気がするんです。彼らがその時代に影響を受けてきたものをタイムカプセルのように、1個の作品の中に閉じ込めて残しておきたいなと。

今回も川尻監督らしい実験的な要素がありそうだが、その1つがメインの男女のキャラクターデザインが異なることだ。遼はモノクロの漫画風タッチ、亜美はカラーのイラスト風タッチで描かれている。

川尻 2人の登場人物の絵柄が異なるのは、それぞれが見ている世界が違うということなんです。僕の中では、他者を完全に理解することにあきらめがあって...。おのおのが信じたいフィクションをもって生きているという認識なんです。その状態でお互いが交わるとはどういうことなのか、この作品ではそこを突き詰めてみたつもりです。

越境する「オルタナティブ・アニメ」

制作方法の特徴も挙げておこう。「ロトスコープ」という実際に撮影した映像をトレースしてアニメ化する技法が用いられている。川尻監督の説明によると、一般に使われるロトスコープとは微妙に違い、独自の応用があるようだ。効果を狙いつつも、コスト削減の道具として活用した部分も大きい。土台を入念に仕上げておき、作画の段階からは、プロのアニメーターでなくても作業に入れるよう計算されているという。

事実、現在は作画の作業に入っているが、スタッフには主婦を含むアマチュアもおり、総勢40人ほどがリモートで参加しているという。劇場用の長編アニメをリモートで作るという試みは、おそらく過去に例がないだろうと言われている。

映画『CHERRY AND VIRGIN』制作初期段階のイメージボード ©2022東映ビデオ
映画『CHERRY AND VIRGIN』制作初期段階のイメージボード ©2022東映ビデオ

以前、深夜枠のテレビアニメを担当したことはあるが、劇場映画でアニメに挑戦するのは初めてという佐藤プロデューサー。川尻監督に期待するのは、やはり型にはまらず、「境界」を越えてゆく創造性だ。

佐藤 アニメのファンと実写映画を観る層って、どうしても分かれているところがあるのは否めませんよね。そういう中で、実写映画を好んで観る層にも訴えかけられる深い人間ドラマをアニメで描ける人だなって。それに、仮に日本がダメでも海外なら、と思わせるものもある。実写よりもアニメの方が、国境を越えやすいんです。今回、未完成の段階で企画発表をした時点で、前作を知る欧米の映画祭ディレクターたちがすでに興味を持ってくれていますからね。

川尻 日本で漫画はいろんなジャンルの作品があって多様化しています。ただ、大人向けの漫画を映像化するとなると、ほぼ実写化なんですよね。そういう「棲み分け」ができてしまっているのは作り手としてちょっと面白くない。原恵一さんや片渕須直さんといった、あまりアニメビジネスの主流ではないところで勝負し、突破しようとしている方々もいて、勝手に「オルタナティブ・アニメ」と名付けているんですけど…。僕も自分のクリエイティブな表現をしつつ、商業的にも成立するものを作りたいですね。

外部リンク:
川尻将由監督長編デビュー作品『CHERRY AND VIRGIN』クラウドファンディング実施中(締切:8月16日)

佐藤 作家性の強い作品をどう商業ベースに乗せるか、これが僕のミッションですが、採算のことは正直、フタを開けてみなければ分からない。今回そんなにすごい予算が組めるわけではないけれども、川尻さんという才能がこれからどんどんステップアップしていく、その一歩になればいいなと。世界にファンを増やしていく力になりたい。前作『ある日本の絵描き少年』をYouTubeで公開しているので、ぜひ観てほしいです。クラウドファンディングで支援していただければ、川尻さんの商業映画デビュー作のエンドロールに名前が載るので、10年後にはきっと自慢できると思います!

川尻 短編の時から、長編を作りたい気持ちはありました。作業はまだまだこれからです。壁にもぶつかっていますし...、想像していたよりもやはりずっと大変だなと。絵の好きな方は、スタッフとしてぜひ応募してください(笑)。

インタビュー撮影:五十嵐 一晴
取材・文:松本 卓也(ニッポンドットコム)

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