映画『リスタート』品川ヒロシ監督:28歳の主人公を通して描く「ドン底からの再挑戦」
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品川ヒロシとは、お笑いコンビ「品川庄司」のボケ担当である品川祐が、作家や映画監督としてクレジットされる際の別名義である。自伝的小説を原作に自ら脚本・監督を務めて映画化した『ドロップ』(09)が、観客動員150万人、興行収入20億円を突破する大ヒットを記録。その後もコンスタントに監督として話題作を生み出してきた。
「デビュー作から豪華キャストで、その後も2年おきにトントントンって撮らせてもらって、自分でもそれが当たり前だと思っていたんです。でも『Zアイランド』(15)以降、いくつも企画が飛んでしまった。その都度申し訳なさそうな顔をするプロデューサーを前に、全然気にしてないですよって口では言いながらも、やっぱり落ち込んでたところもあって」
品川監督にとって6年ぶりとなる劇場最新作『リスタート』は、所属先の吉本興業が 2017年に北海道・下川町とSDGs 推進の連携協定を結び、エンタメの力で町を盛り上げるために発足したプロジェクトで、クラウドファンディングで資金を集めて製作された。700人もの支援者から当初の目標金額の500万円を2倍近く上回る金額が集まったものの、宣伝費と合わせて5億円規模の予算に恵まれたデビュー作の『ドロップ』とは、やはり比べものにならない。しかし、それだからこそ強い思い入れも生まれた。
「『リスタート』を撮っていた時のテンションは、やっぱりちょっと異常でしたね。通常なら1カ月くらいかけて撮るところを、予算がないから1週間で撮り切らなきゃいけなくて。スタッフ・キャストも睡眠時間を削りながら必死で取り組んでくれた上に、自腹を切ってクラウドファンディングにまで参加してくれて……、アツいな、大変な現場なのに本当に申し訳ないという気持ちでいっぱいでした」
コロナ禍による公開延期を経て2年越しで観客の元へと作品を送り出す、文字通りの“再スタート”にどれほど深い感慨を覚えているか、インタビューの間ずっと伝わってきた。
豊かな自然にインスパイアされ生まれた物語
物語の主人公は、高校卒業後、シンガーソングライターを夢見て北海道・下川町から上京したが、思い通りにいかず「地下アイドル」として活動する28歳の未央。ある日、有名アーティストとのスキャンダルに巻き込まれ、世間から激しくバッシングされた挙句、事務所をクビになってしまう。夢破れて傷つき、故郷に戻った未央は、周囲ともうまく付き合えずに部屋に閉じこもる。そんな中、同級生でネイチャーガイドをしながらカメラマンを目指す大輝が、彼女を自然豊かな思い出の場所へと連れ出し、本来の自分を取り戻させる。心許せる仲間と家族に支えられ、再び前を向き始める未央。しかし、新たなスクープを求めて週刊誌の記者らが彼女を狙っていた……。
これまで、不良に憧れる男子高校生、売れないお笑い芸人、人生の一発逆転を狙う銀行強盗、ヤクザにゾンビ……と、すべて男性を主人公にエンタメ全開の作品を手掛けてきた品川監督。「女性が主人公の青春ストーリー」と聞くと、つい「新境地を開拓か」と思わせるが、取り立ててこれまでとの違いを強く意識したわけではないという。
「もともと僕はアクションとかホラーが好きで、実は最初、『13日の金曜日』みたいな山小屋ホラーを吉本の方に提案したんです。下川町はチェーンソーアートが有名だから、『チェーンソーと言えば殺人鬼でしょ!』って。『さすがにそれはアカンやろ!』と言われて(笑)。じゃあ、広告代理店の人が町を盛り上げるために、チェーンソーを持った殺人鬼のゆるキャラを作ってみたら若い子たちの間でバズった、みたいな話にしようかな、なんて考えてた。でも実際にロケハンも兼ねて下川を訪れて地元の方に案内してもらったら、自然が豊かで本当に素敵な場所で。川と緑にインスパイアされて、東京で挫折して田舎に帰ってきた主人公がもう一度自分の夢に向き合う話を思いついたんです」
「考えてみると、主人公が女性になって、アクションが歌になっただけで、道から少し外れちゃった人が少しだけ成長する、という意味では昔からまったく変わっていないんです。『ドロップ』もただ地元から出るだけだし、『漫才ギャング』も最後舞台に立つというだけで、別に何か大きなことを成し得たとか、人気が出て大成功したというようなサクセスストーリーではない。でも僕たちの現実の日常って、ずっとそんなことの繰り返しじゃないですか。結局僕は、何かをきっかけに主人公がちょっとだけ成長する映画を撮るのが好きなんです」
ヒロインの相手役となるキャラクターもロケハンをきっかけに思いついた。
「川に連れて行ってもらったら、案内してくれた方が、何の前触れもなく服のまま飛び込んだんですよ。こっちはウワーッと面食らっているのに、本人は全然お構いなしで(笑)。ネイチャーガイドという仕事に興味を持っていろいろ調べてみたら、実際にガイドをしながら北海道の自然や風景を撮って札幌で写真展を開いている人がいたんです。なるほど、こういう生き方をしている若者の設定は面白いかもしれないなと思って」
生まれも育ちも東京という品川監督だけに、自然や故郷に対して向ける視線には、新鮮な賛美の念が感じられる。
「今回の舞台設定には、地方出身の人たちがうらやましいという、僕の願望も含まれているんです(笑)。上京というビッグイベントを経験する人たちは、腹の据え方が違う。たまに地元に帰って集まって飲む、というシチュエーションに昔から憧れがあるんです」
物語には、芸能人のスキャンダルを追いかけ、スクープを狙う野村(品田誠)という記者が登場する。普段は週刊誌に追われる立場の品川監督が、こうしたキャラクターを描くのも興味深い。
「映画『逃亡者』の番外編『追跡者』(98)で、ハリソン・フォードを執拗に追い詰める、トミー・リー・ジョーンズが演じる刑事が好きで。週刊誌記者の野村が張り込みをしている最中に、『売れてるヤツはそれだけ忙しいんだから、こっちもそれだけのことをしないと、一流のスターの写真なんか撮れない』って後輩を諭す場面が出てくるんですが、彼を単なるパパラッチではなく、ある種のプロフェッショナリズムを持った人物にしたかったところもあるんです。もちろん僕自身、週刊誌を読んで『嫌なこと書くなあ』と感じることもあるけど、きっと追う側にも家族がいて、仕事に情熱を注いでいたりもするだろうし。撮られる側だけの正義を押し付けるのはフェアじゃないなって思うから」
ネガティブな部分と芯の強さが同居する主演EMILYの魅力
主人公・未央を演じるのは、男女フォークデュオHONEBONE のボーカルも務めるEMILY(エミリ)。彼女が出演したバラエティー番組を偶然目にした品川監督が「この子しかいない!」とほれ込み、ツイッターのダイレクトメッセージでコンタクトした。映画初出演で主役に挑み、自然体の演技と、一度聴いたら胸が掴まれるほどの圧倒的な歌声を披露している。
「決め手は彼女の歌声ですね。『家、ついて行ってイイですか?』(テレビ東京)に出演している姿をたまたま目にして、『面白い子だなあ』と思ってYouTubeで検索してミュージックビデオを見てみたら、歌もうまいし歌っているときの表情もすごくいい。歌詞はちょっとネガティブなのに、サービス精神もすごくあって、ブログやトークでは笑わせたりもしている。ミュージシャンは、普段から自分で書いた歌詞に感情を乗せて歌うわけだから、芝居の経験がなくてもいけるだろうと思ってオファーしたんです。ラストのライブシーンのパフォーマンスは、役が乗り移っているとしか思えないくらいの熱量で。現場で見ていた共演者やスタッフもみんな泣くほど、どこか神がかっていましたね」
「基本的には全部当て書きなんですよ。彼女の男っぽいところも、ネガティブなところも全部ひっくるめて、美央の役柄に投影しているんです。撮影当時、彼女は28歳だったんですが、泥臭い部分が残っていて、『絶対売れてやる!』という野心がみなぎっていた。朝7時からのトイレ掃除のバイトに通っていたらしいんです。話を聞いたら、『バイト先のおばちゃんから、あんたの出てるテレビ観たよとか、あんたの曲聴いたよと言われたら辞めようって決めている』って。でも結局、その後一気に忙しくなって辞めざるを得なくなったんだけど、辞める時におばちゃんが、『前から気づいてたよ』って言ってくれたそうなんです。こうやって話しながらでも泣きそうになるくらい、僕はこの話にグッときちゃって」
困難な状況の中で身にしみた応援のありがたさ
「グッときた」ことはほかにもあった。今回の制作にあたって、吉本の先輩芸人である小杉竜一(ブラックマヨネーズ)、品川と同じく芸人と創作の両方で活躍する西野亮廣(キングコング)、相方の庄司智春ら、仲間が応援してくれたことだ。小杉と西野はそれぞれ、「30万円でカメオ出演する権利」、「10万円で品川監督の半日を自由に使える権利」をリターンとするクラウドファンディングに自主的に参加し、出演者に名を連ねている。
「今回は、人の温かさを常に感じながら撮っていたので、特別な1本になったなと思います。よく、『品川さんって、何でもできますよね』と言われますけど、僕は全然器用じゃないし、どちらかといえば演歌歌手みたいな昔ながらの根性論の方が好き(笑)。僕が『ドロップ』を出したのは30歳の時なんですが、小さな出版社の一室で社長と担当編集者と3人で段ボールから本を出して、一生懸命サインを書いた日のことを『リスタート』の撮影中に思い出しました。やっぱり自分にも同じような経験がないと青春映画の脚本なんて書けないし、ましてや撮れないですよ。未央も大輝も野村もみんな28歳で、自分がやっていることに対するプライドはあるものの、30歳を前に大きな壁にぶつかって、なんとかしてそれを打破したいと焦っている。『リスタート』には、28歳くらいのときの自分をどこか重ねているんです」
コロナ禍で本作の公開が当初の予定より1年遅れた上に、昨年撮るはずだった映画の企画も流れ、これから上演する舞台やドラマの撮影にも多大な影響が及んでいるという。だが、困難な状況に見舞われたからこそ応援してくれる人のありがたさに気付くことができた。初心に帰って自らお客さんの前に立ち、前売り券の対面販売も行っている。
「理想を言えば、これまで作ってきたような大がかりなエンタメ作品と『リスタート』みたいな映画が交互に撮れたら一番幸せですね。こういう仕事をしていると、『おはようございます』ってツイートするだけで、僕なんかでも500~600の『いいね!』が付いたりするじゃないですか。そうすると、どうしても感覚がだんだん麻痺してくるんです。YouTube配信でも2000人しか見てないよとか、つい言ってしまうけど、自分で前売り券を手売りをしていると、お客さんから直接いただく1500円の重みをすごく感じて、1000枚売るのがどれだけ大変なのかめちゃくちゃ身にしみます。喜んでくれているお客さんの顔を見ると、やってよかったなって思えるし、きっとこの人たちはこれからも応援してくれるって信じられるところもある。だからこそ、制約がある中でもお客さんと触れ合う機会は持ち続けたいんです」
インタビュー撮影=花井 智子
取材・文=渡邊 玲子
作品情報
- 監督・脚本:品川 ヒロシ
- 出演:EMILY(HONEBONE) SWAY(DOBERMAN INFINITY/劇団EXILE)/ 黒沢 あすか 中野 英雄
- 音楽:HONEBONE
- 配給:吉本興業
- 製作国:日本
- 製作年:2020年
- 上映時間:100分
- 公式サイト:https://restart.official-movie.com/
- 7月9日(金)北海道地区先行公開、7月16日(金)より、ヒューマントラストシネマ渋谷、テアトル新宿ほか全国公開