男の子だってミス・フランスを夢見ていい! 映画『MISS』ルーベン・アウヴェス監督による大胆な発想の転換
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子どもが将来の夢を語るとき、いまや女の子が「サッカー選手」や「大統領」と言ってもおかしくない時代になった。性別によってあきらめなくてはならない夢はまだいくつもあるが、だいぶ少なくなってきたのも確かだ。ところが男の子が例えば「バレエダンサー」になりたいと言ったら、いまなお、からかわれることもあると聞く。「男らしくない」男子にとって、受難の時代は続いている。
では、男の子が「ミス・フランスになりたい」と言ったらどうだろうか。教室中が、バレエダンサーどころではない大騒ぎになるに違いない。これはさらにまた次元の違う話で、だからこそ映画になる。『MISS ミス・フランスになりたい』は、そんな不可能に挑むヒーローを描いた物語なのだ。
ミス・フランスの大会にエントリーするには、身長170センチ以上、フランス国籍保有、年齢18~24歳、未婚...などといった出場資格を満たしていなければならない。この映画の主人公アレックスは、これらすべてをクリアしているが、一つだけ当てはまらない。根本的な条件である性別だ。そこをうまくごまかして出場するのだが、性転換手術やホルモン投与を受けるわけではない。そのままの自分でやってのけるところに、この映画のミラクルがある。
この設定を可能にしたのが、アレックスを演じるアレクサンドル・ヴェテールの存在だ。ヴェテール本人も、男性として生まれながら、そのアンドロギュヌス(両性具有)的な容姿を生かしてジャン=ポール・ゴルチエのレディース・コレクションに出演するなど、ジェンダーレスなモデルとして注目を集めてきた。
監督はこれが長編劇映画としては2作目となるルーベン・アウヴェス。自らの原案をもとに脚本も手掛けた。この映画の企画を思いついたきっかけをこう振り返る。
「幼なじみの友達が17歳の時に男性から女性へと性別を変えたんです。私はそのすべてのプロセスに立ち会っていました。それもあって、最初は性同一性の問題、つまり心と体の性の不一致をテーマに物語を書こうと考えました。リサーチに2年かけ、テレビドラマを想定してシナリオを書いてみたのですが、どうも満足できなかった。そんなとき、アレクサンドル・ヴェテールの存在を知り、実際に会ってみて、すべてが変わりました。創作意欲を大いに刺激され、これは映画にしなきゃいけないと思ったのです」
アウヴェス監督は、ヴェテール自身がそうであるように、性別適合手術を受けずに自分自身をあるがままに受け入れ、それを周囲にも認めさせるような人物を描きたいと考えた。問題はその人物をどんな舞台に乗せるかだ。ヴェテールと食事をしながら、彼が女性の姿で何を表そうとしているのか、探っていった。
「女性らしさについて考えることを、ああでもない、こうでもないと話していたんです。そうしたらマリアンヌ(フランス共和国の象徴に用いられる女性像)の話になった。その連想から、何気なく“ミス・フランス”という言葉を口にしました。とたんにアレクサンドルが大笑いして私にこう言ったんです、『お願い、私をミス・フランスにして!』って(笑)」
毎年開かれるミス・フランス大会は、フランスでもまだまだ人気のイベントだ。純粋に楽しむ人と、皮肉っぽく見る人はおそらく半々だが、それでも注目度は相変わらず高い。クリスマスが近づく週末のゴールデンタイムに生中継され、かなりの視聴率を稼ぐ。ちなみにアウヴェス監督はそれまで特別な関心はなく、ヴェテールに至ってはテレビ中継を1度も見たことがなかったそうだ。
アウヴェス監督は、根強い人気の理由の一つが、地方の予選を勝ち抜いた代表が全国大会で競うという方式にあると考えている。
「ミス・フランス大会は、地方のアイデンティティーにかかわる全国放送で唯一の番組だと言えるでしょう。人々がますますアイデンティティーの拠りどころを必要としているからこそ、この時代でも受け入れられているんだと思います」
ここで少し説明を加えると、ミス・フランスを決める全国大会は、各地方を代表するおよそ30人の「ミス・○○」で争われる。地方の区分は、おおむね2016年に再編される前の「レジオン」(région、県より大きな行政区分で「地域圏」と訳される)に準じているが、これに海外の島々(グアドループ、タヒチなど)や仏領ギアナを加えて、30前後となる。劇中でアレックスは、パリ市と周辺の県を含めたイル・ド・フランス地域圏の代表として出場する。アレックスのライバル役で登場する「ミス・パカ」というのは、南仏の「プロバンス・アルプス・コート・ダジュール」の頭文字をとったPACA地域圏代表のことだ。
「視聴者たちは地方の代表であるミスが、他のミスたちと競うのを見て喜ぶのです。そこには、失われつつある地域の特色に対する、ある種の誇りが表れています。そしてその舞台にはもちろん、女性たちの“お姫様願望”も投影されています。ディズニーのおとぎ話に憧れる少女の夢、結婚式にウェディングドレスを着たいといった、女性の夢ですね」
こうした「女性の夢」は、フランスで広く共有されているとは言い難く、コンテストを批判的に考える女性も少なくない。それは劇中にもしっかりと描かれている。前述の出場資格に代表されるような美の基準を定め、あたかもこれが「フランス女性の美」であるかのように言い立てるコンテストの「専制」に対して、監督は批判を込めたのだ。
「私はこの物語で、外見だけの美しさ、画一化された美の基準を打ち破ってやろうと考えました。大会のもっとも基本的な出場資格である“女性”という条件を、まんまと欺いてしまう主人公の活躍はそれにうってつけだったのです」
シナリオの執筆には1年かけた。その間に実際の地方予選があると出かけていき、舞台裏に入らせてもらっては取材を重ねた。すると、ミス・コンテストのポジティブな側面も見えてきたという。
「運営側にはたくさんのボランティアが働いていて、彼らは人々に夢を与えたいという一心で取り組んでいました。そういう純真さに感動したのも確かです。コンテストに出場することで救われた、という女性もたくさんいました。人生をどうしたいか見失っていた女性が、自分を見つけることができたと。私はここで、アレクサンドルの姿を借りて、『なりたい自分になる』というテーマを展開できると思ったのです」
アウヴェス監督は、性同一性をめぐる現代的な問題意識からスタートして、生まれもった制限を克服して夢を実現するという、より普遍的なテーマへと枠組みを広げていったのだ。
「主人公の性的指向(恋愛・性愛がどういう対象に向かうか)の問題にはあえて触れず、自己の追求に焦点を合わせました。これまで、性的マイノリティーに関して、人々を啓発する素晴らしい作品を観てきました。でも私はこの映画で、より広い層の、なるべく多くの人々に訴えかけたかった。そうすることで、人々の意識が少しでも変わり、状況の進展につながればいいと思ったからです」
こうして監督は、従来の娯楽映画のスタイルを踏襲し、アレックスの奮闘をサクセス・ストーリー仕立てに描いていく。彼が仲間の助けを借りて、あの手この手を使いながら大会にエントリーし、女性的な所作を身に付け、メンタルを鍛え、人々を魅了していくまでの過程は、スポ根ドラマとそう変わらない。男性であることがバレないかヒヤヒヤさせるのも、昔ながらのコメディーの手法だ。仲間との絆があやうくなりかけたり、ライバルが意地悪したりするのもおなじみの展開だが、そのどんな場面にも、根底にはマイノリティーや多様性に対する温かいまなざしが感じられる。
「人は大笑いした後に、心を動かすものです。だから核心を突く前に、軽い話で笑わせて、見る人の心をほぐし、重要なテーマへと導いていくんです。もし性的マイノリティーの状況について問う、堅い映画を作ったとしたら、観に来てくれるのは、その問題をより身近に感じている人たちだけでしょう。パリから遠く離れた片田舎に住むパン職人のおじさんが、そういう作品に興味を抱いてくれるでしょうか? 舞台がミス・フランス大会で、ユーモラスに描かれた映画だったら、観てみようかと思ってくれる可能性がある。そして最後には目に涙をうかべて、考えてくれるかもしれません」
フランスでは、その狙い通りの手応えが観客から感じられたという。特に男性客の反応は、むしろ予想を上回るものだった。
「この映画は“男らしさ”という考えを揺るがす描き方をしているので、嫌がる男性もいるだろうと予想していたのですが、アレックスの境遇に理解を示し、自分が望む生き方を選んだことに共感してくれた人が多かった。それはアレクサンドル・ヴェテールの男女を超えた美しさが、人々を当惑させなかったことも大きいですね。彼が放つ輝きによって、深い苦悩を乗り越え、なりたい自分を追求する、主人公の強い内面を感じてもらえたのでしょう」
アウヴェス監督の言う通り、スクリーンに映るアレクサンドル・ヴェテールのオーラには、並み居る美女たちを圧倒する女王の風格がある。女装した男性に嘲弄するような視線を注ぐ思い上がった男たちは、逆に自分たちが「男らしさ」に縛られていることを思い知り、恥ずかしさを味わされるだろう。舞台をさっそうと歩くアレックスの光輝に満ちた姿を見れば、深く感じ入るに違いない。男が女として、女が男として、あるいは男でも女でもなく、自分の望む姿で生きていこうとするのは勇気ある選択で、称賛に値するのだと。
取材・文=松本 卓也(ニッポンドットコム)
作品情報
- 監督・原案・共同脚本:ルーベン・アウヴェス、
- 撮影監督:ルノー・シャッサン
- プロデューサー:レティシア・ガリツィン、ユーゴ・ジェラン
- 音楽:ランバート
- 出演:アレクサンドル・ヴェテール、イザベル・ナンティ、パスカル・アルビロ、ステフィ・セルマ
- 製作国:フランス/
- 製作年:2020年
- 上映時間:107分
- 公式サイト:https://missfrance.ayapro.ne.jp/
- シネスイッチ銀座ほか全国公開中