映画『あのこは貴族』:岨手由貴子監督が描く「日本の現実を生きる女性たちのゆるやかな連帯」
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1960年代後半~70年代前半のウーマンリブ運動でよく使われた「シスターフッド」という言葉が、今また注目されている。女性同士の連帯を表すが、映画界ではこれをテーマにした作品が世界的に目立つようになってきた。
その流れは日本にも生まれており、その1つが岨手由貴子監督の『あのこは貴族』だ。山内マリコの同名小説が原作で、岨手監督は単行本化される前に文芸誌で読んで惚れ込み、以前から交流のあった作者に「映画化させてほしい」と直談判したという。
自分の生き方を選び取る女性たち
物語は2人の女性、華子と美紀が主人公。20代後半の華子(門脇麦)は、東京の上流家庭に生まれ、何不自由なく育てられたが、結婚を考えていた恋人に振られ、人生初の挫折を味わう。必死で婚活に励み、家柄も良くハンサムな弁護士・幸一郎(高良健吾)との結婚が決まるが、思い描いた幸せとの違いに悩む。一方の美紀(水原希子)は、富山の一般家庭に生まれ、猛勉強の末に一流大学に入学するも、親の失業で学費が払えず中退。水商売を続けながら何とか東京の生活にしがみつく。そんな別々の世界で生きてきた2人の人生が、ある時ひょんなことから交わり、それぞれを思いもよらぬ方向へと導いていく。
岨手監督は、まったく異なる2人の女性を描いた物語にひかれたポイントをこう語る。
「私自身、長野出身ということもあり、地方から出てきて東京で戦う美紀のことは手に取るように分かるのですが、華子のような家柄の人たちの暮らしぶりや、社会の階層化された構造については、うっすらと気付ける程度でした。それをこの小説が俯瞰で説明しているようで、ああなるほど、と思えたんです。共感できる世界と初めて知る世界の両方を、一つの作品の中で描けるのが魅力的だと感じました」
原作に忠実に作られている部分もありながら、映画化にあたって、岨手監督ならではの描き方が際立っている。原作では、美紀という1人の女性との出会いを通じて、幸一郎と華子の間に生じる考えの違いが、男女間を軸に描かれる。そこをもう少し広い視点でとらえたのが映画版だ。
「原作は女性対男性という対立構造を描いていると思いますが、映画では、世代間の価値観の違いも含めて考えました。若い世代の登場人物たちが、親世代から受け取った古い価値観、『ここで生まれたんだから、こういう風に生きるべきだ』みたいなものから逸脱して、自分たちそれぞれの生きる場所や生き方を選びとっていくという“青春譚”になっているんです」
現代日本に浮かび上がる「階級」という意識
3人のほかに、物語を動かす2人の女性にも注目したい。華子の親友で、バイオリニストとして海外で活躍する逸子(石橋静河)と、美紀の高校の同級生で、東京の同じ大学に進み、起業家を目指す里英(山下リオ)だ。彼女たちの生き方にフォーカスしたのも、原作と異なるアプローチだ。
美紀や里英の会話に、親に借りたお金の返済や、起業に必要な資金など、金銭にまつわる話題がたびたび登場するのは、脚本の執筆のために取材を進めるうちに知ったリアルな現状に基づいている。
「原作が出版された2016年当時に比べて、いまの方が若者がより貧しくなっているのを肌で感じています。彼女たちに代表される平均的な日本の若者にとって、夢を追うことよりも、どうすれば死ぬまで食べていけるかの方が重要になっている。最近SNSで特権を行使する人々を皮肉った『上級国民』などという言葉を頻繁に見かけるように、社会の階層化を感じる人たちが確実に増えているのではないかと感じています」
撮影現場で立体化する世界
原作に描かれた背景を、岨手監督が取材を重ねながらアレンジした脚本は、撮影現場に入ってさらに変化を遂げた。監督は、俳優たちによって登場人物に命が吹きこまれるのを実感したという。
「華子と幸一郎については、私が肌感覚で知っているようなキャラクターではなかったので100パーセント自信があったわけではありません。実際に門脇麦さんと高良健吾さんに演じていただくことで少しずつ具体的に掴めてきたんです。おそらくお二人とも手探りだったと思うんですけど、なんとなくこの感じだよねっていうのを互いに掴みながらキャラクターを作り上げていってくれました。私は現場で生まれたものと、元々イメージしていたものの溝を埋めるために、脚本を更新していった感じですね」
キャスティングについては、華子役の門脇麦は監督が初めから決めていたという。美紀役の水原希子は、年齢が設定と違うため当初は想定になかったが、候補に挙がると、原作のイメージをよい意味で裏切りそうな期待がふくらんだ。幸一郎役の高良健吾についても同様だ。
「門脇さんと水原さん、逆でしょ?って言う方もいるんですけど、水原さんにはサバイバーのイメージがあったので、すごくいいなと思っていました。美紀がナイーブで繊細なキャラクターになったのは、彼女によるところが大きいです。幸一郎に関しては、原作ではもっとイヤなキャラクターなんですけど、高良さんが演じたことですごく人間味が出ました。ご本人の拭いきれない誠実さみたいなものがにじみ出ているんです」
脚本の執筆時に思い描いた人物像から離れていった部分が、かえってプラスに働いたという岨手監督。自分の想定よりはるかに深いものになっていくのが、映画撮影の醍醐味だと話す。
「撮影に入ると、生身の人間が演じ、スタッフからも提案や意見があるわけで、そこからは生ものというか、ライブみたいな感じで、取捨選択をしていきます。この賭けに乗らなかったら監督をやっている意味がないって思いますね(笑)。撮影を通して、自分の描きたかったテーマはこれだったんだと気付かされたりもします。ある世界を知るために映画を撮っているみたいな感覚が私には強いんです」
女性たちのゆるやかな連帯
一方でもちろん、原作者がこだわったテーマを監督が的確にとらえ、丁寧に描こうと心がけたことも忘れてはならない。例えば世の中には、「独身女性と専業主婦」といった分かりやすい対立の構図がある。しかし、山内マリコが抱くのは、この安易な図式こそ、社会の根底にある本当の問題から目をそらした結果なのではないかという意識だ。それゆえ岨手監督もまた、違う生き方をする女性同士を安易に対立させるのではなく、その「ゆるやかな連帯」の方に焦点を合わせたのだ。
「それぞれの人が持っている個性とか考え方って、今まで生きてきた環境が作り出すものだと思っているんです。この映画に描かれる地方出身者や、東京のお嬢様といったキャラクターの奥には、地方都市が置かれている状況や、中央の上流階級の世界など、いろいろな要素が見え隠れしている。それらの要素を同時に描けるのが、映画ならではの魅力だと感じています。狭い世界の人間関係を描いているようでありながら、今の日本社会のあり方や、時代性を映し出せるようなテーマに興味があるんです」
「最高だと思う日もあれば泣きたくなる日もある」という劇中のセリフが印象に残る。ある物語がハッピーエンドなのか、あるいはバッドエンドなのかは、考え方や切り取り方一つで変わる、というのが岨手監督の考えだ。
「登場人物たちの結末がどうなろうと、それぞれ一歩踏み出したことが大事だと思うんです。この映画の終わり方は、リアリティーがあって、苦さもあるけれど、すがすがしさもある。そういう意味では、現実世界で実現可能な、ある種のハッピーエンドを描いたつもりです」
取材・文=渡邊 玲子
作品情報
- 監督・脚本:岨手 由貴子
- 出演:門脇 麦 水原 希子 高良 健吾 石橋 静河 山下 リオ 佐戸井 けん太 篠原 ゆき子 石橋 けい 山中 崇 高橋 ひとみ 津嘉山 正種 銀粉蝶
- 原作:山内マリコ「あのこは貴族」(集英社文庫刊)
- 配給:東京テアトル/バンダイナムコアーツ
- 製作国:日本/製作年:2020年
- 上映時間:125分
- 公式サイト:anokohakizoku-movie.com
- 2021年2月26日(金)より全国ロードショー