
松坂桃李のバランス感覚:役者は常に「挑戦」、自分に戻れる「平穏」な居場所をとっておきたい
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2009年のデビューから12年、幅広い役に挑み続ける俳優・松坂桃李。並み居る人気若手俳優の中でも、主役を張れる実力派として頭一つ抜きんでた存在と言っていい。
18年には、『娼年』で女性客相手の「娼夫」を文字通り体当たりで演じ、暴力団の抗争を描いた『孤狼の血』では、新人刑事役でバイオレンスアクションに挑んだ。さらに翌年も、初の時代劇主演作『居眠り磐音』での剣の達人から、タブーに鋭く切り込んだ『新聞記者』で組織と正義の間でもがくエリート官僚へと、振り幅の大きさが際立った。
――松坂さんは、特に30代直前から、「バランスチャート」を広げるようなイメージで、かなり意識的にいろいろな役に取り組んでこられたそうですね。もしかしたら天秤座だからなんですか?(笑)
「ハハハ、バランサーですね。確かに天秤座にはそんなイメージがありますよね。作品選びについては、偏りすぎないように意識しています。これから40代、50代と年齢を重ねていったときに、いまとは違う役への取り組み方ができるように、30代のうちにできるだけ幅を広げておきたいという思いがあるんです」
松坂桃李が振り返るあの頃
そんな松坂が今回、『あの頃。』で演じたのは、アイドルオタクの青年・劔(つるぎ)。漫画家で、ベーシストとしても活躍する劔樹人(つるぎ・みきと)の自伝的コミックエッセイ『あの頃。男子かしまし物語』が原作だ。
『あの頃。』で松坂桃李が演じる劔 ©2020『あの頃。』製作委員会
大学院受験に失敗し、好きで始めたバンド活動もうまくいかず、バイトに明け暮れていた劔は、友人から渡されたDVD を観て「ハロー!プロジェクト」(以下、ハロプロ)所属のアイドルに夢中になる。それをきっかけに、同じ趣味の仲間たちと出会い、「恋愛研究会。」という名のバンドを結成する。ハロプロの楽曲をカバーし、ハロプロの魅力について語り合うイベントを開催しながら、遅れてきた青春を謳歌するメンバーたち。やがて時は流れ、それぞれが自分の人生を歩んでいくが、ある出来事をきっかけに再び集結する……。
監督は『愛がなんだ』、『アイネクライネナハトムジーク』など、話題作を次々と世に送り出す今泉力哉。「恋愛研究会。」のメンバーには、映画やドラマに引っ張りだこの仲野太賀をはじめ、売れっ子バイプレーヤーの山中崇、「今泉組」常連の若葉竜也と芹澤興人、本作が映画初出演となる、お笑いコンビ「ロッチ」のコカドケンタロウと、個性豊かな顔触れがそろった。
撮影現場の今泉力哉監督(右)と松坂桃李 ©2020『あの頃。』製作委員会
――今泉力哉監督の作品は初めてでしたね。撮影現場はいかがでしたか?
「監督は、ボソボソっと、あまりしゃべらない感じですけど、メールとか、文章になると雄弁で熱い(笑)。だからお腹の中には、たぶんものすごい情熱的なものがあるんでしょうね。現場に、優しくて、温かい、生っぽい空気感をうまく作り出すんです。『鮮度』を大事にされる監督なので、少しでも違和感があると、本番前にセリフをコソッと耳打ちして、鮮度をもう1回作り直したりとか。『恋愛研究会。』は、本当に心地のよいメンバーでしたね。過去に監督とお仕事をされていた方が多かったせいか、みなさん同じ方向を向いている感じがして、何一つ不純物がない居心地のよさがありました」
――松坂さんは過去に、演じる役柄を色のイメージで捉えることが多いとお話しされていましたが、今回はどうでしたか?
「赤しかないでしょう(笑)。あの衣装、一部は原作者の劔さんご自身の私物なんです。結構着られるサイズもあったので、そのままお借りしたりして撮影に臨んでいました。撮影中は、モーニング娘。の楽曲をずっと聴いて、役のイメージ作りをしましたね」
――松坂さんが大人になって思い出す「あの頃」って、どの頃ですか?
「中学時代です。僕はバスケ部だったんですけど、今回少しばかりあの頃の感覚がよみがえった感じがありましたね」
――『あの頃。』の中に、「いまが一番楽しい」というセリフがありますが、松坂さんにとって、「一番楽しい瞬間」というのは、常に更新されていくんですか?
「中学生の僕が感じた楽しい感覚と、いまの僕が楽しいと思える感覚は、まったく種類が違うので、更新はされないですよね。学生時代に感じていたのは、責任のない状態でバカ騒ぎしている中から生まれる楽しさであって、働き始めて責任を背負わなきゃいけない中で生まれてくる楽しさ、達成感や充実感とは、どちらが上とか下とかではなく、そもそも比べようがないんです」
――今回の作品は、過去の楽しさを思い返しつつ、役者仲間たちとプロとして新たな楽しさを作り上げていく機会になったと?
「確かに、今回の現場は、みんなで懐かしむ感じが強かったかもしれないですね。充実した仕事を積み重ねて過去を振り返ったときに、いとおしく思える感覚があったと思います。もうあの頃の、ああいう楽しみ方はできないけど、あの頃があるからこそ、いまはこういう角度で楽しめているんだなっていう」
文化祭に招かれ会場を盛り上げる「恋愛研究会。」のメンバーたち ©2020『あの頃。』製作委員会
頑張る自分と休みたい自分
――以前、『ツナグ』という作品で樹木希林さんと共演されたことが、松坂さんの中ではすごく大きかったとおっしゃっていましたが、現場で人と出会うことでどんなものを得てきましたか?
「やっぱり先輩方から学び、刺激を受けることは本当に多くて。樹木希林さんからは、人間が『多面体』であることを学ばせていただきました。『人は基本的に不器用なんだから……』という言葉が印象に残っています。先日『狐狼の血』の続編を撮り終わったんですけど、今回は僕が前作で役所広司さんがやっていらした立ち位置になるんですね。自分でやってみて、『こんなに先を読んで、細かく計算して、ワンシーンの中にお芝居を詰め込んでいたのか!』と、あらためて役所さんのすごさを思い知りました」
――松坂さんというと、飾らない人柄が印象的です。今泉監督も「普通の人」の感覚を持ち続けていると評していますが、フラットな人との接し方について意識していることはありますか?
「うーん、どうでしょうねえ。もはや自分でも何が“素”なのか分からなくなっているようなところもありますが(笑)……。中学のバスケ部時代に上下関係が厳しかったことと、姉と妹の間で育ったことが、もしかしたら影響しているのかもしれないです。でも全然フラットじゃないと思いますよ。マネージャーさんとは毎日のようにケンカしてますし(笑)。たぶんそこでやり合っている分、あまり感情の波が表に出ないのかな。マネージャーさんとの信頼関係ができていて、正直に自分を出すことでコントロールができているのかもしれませんね」
――何が自分の“素”か分からないとおっしゃいましたが、「バランスチャート」の中心にある、ブレない軸がおありですよね?
「なんでしょうね。平穏でいたいと思う自分ですかね。安心して暮らしたい、みたいな(笑)。本心としては波風を立てたくない、穏やかに暮らしたい、ただその一点だけなんですけど、仕事となるとそこは別なのかなと。仕事では別の脳を使うというか。そこはバランスよくやっていく必要があると自分で思っているんですよね」
多彩な役に取り組み、精力的に仕事をしながら、暮らしに「平穏」や「安心」を求める松坂。それはファンならよく知るところだろうが、この取材を行ったのが結婚発表のわずか数日前だったことを考えると、何か特別な思いを感じ取ってしまう。こちらはそんなビッグニュースが控えていることなど知る由もなかったが、仕事とプライベートのバランスについてさらりと本音を語ってくれたようだ。
「いまだにどの作品をやるにあたっても不安はあります。時にはかなり挑戦的な役柄もあり、緊張して、オドオドする自分もいます。常日頃から、マネージャーさんには休みたいと言ったりもするんですけど(笑)。一方で、なんていうんでしょうねえ、男として(笑)、頑張って働きたい、働かねば、という気持ちもあって。そこから、働くからにはちゃんと楽しんで、充実した働きをしたい、作品に貢献していきたいという思いが湧いてくるんですね。『ダラけたい』って邪魔する自分もいるので(笑)、そこを常に律してはいるんですよ」
――「平穏に暮らしたい」とおっしゃるのは、役者の仕事が常に刺激的だからこそ、プライベートでバランスを取りたいということなんですね?
「一本の作品の中には起承転結があるので、かなりのエネルギーが必要です。現場で消費するカロリーが大きければ大きいほど、仕事から離れたときに落ち着いていたいと思うんですよね。いざやるからにはポーンと飛び出せるようにする。でもちゃんと戻って来られるような場所も自分の中で作っておく。そういう感じが理想ですかね」
インタビュー撮影=花井 智子
取材・文=渡邊 玲子
作品情報
- 監督:今泉 力哉
- 出演:松坂 桃李 仲野 太賀 山中 崇 若葉 竜也 芹澤 興人/コカドケンタロウ
- 原作:劔 樹人「あの頃。 男子かしまし物語」(イースト・プレス刊)
- 脚本:冨永 昌敬
- 配給:ファントム・フィルム
- 製作国:日本
- 製作年:2020年
- 上映時間:117分
- 公式サイト:https://phantom-film.com/anokoro/
- 2021年2月19日(金)より、TOHOシネマズ 日比谷ほか全国ロードショー