北村匠海・小松菜奈・吉沢亮ら出演の映画『さくら』:豪華キャストの熱演に名匠・矢崎仁司監督も泣いた
Cinema- English
- 日本語
- 简体字
- 繁體字
- Français
- Español
- العربية
- Русский
原作は、西加奈子が直木賞を受賞する10年前の2005年に発表した小説『さくら』。デビュー作の『あおい』に続く2作目にして西を一躍有名にした、累計60万部突破のベストセラーだ。物語の舞台は、両親と、息子2人、娘1人のごく平凡な長谷川家。愛犬サクラとともに幸せに暮らしていたが、不意に訪れた長男の死をきっかけに、家族はバラバラになってしまう。そんなある日、サクラが引き起こした出来事によって、家族が再び絆を取り戻す。
矢崎仁司監督は、随所にユーモアをちりばめながらも、人間の業(ごう)や、心の奥底に渦巻く負の感情をあぶり出し、それぞれの苦悩や葛藤に迫っていく。デビュー作から一貫して「愛が動機なら、やってはいけないことなんて何ひとつない」との行動哲学とともに物語を描いてきた監督ならではの世界だ。美しく生まれた人間を待ち受ける運命、人々を突き動かす常識にとらわれない愛……。繊細で複雑なテーマが、いくつも内包されており、監督自身が「自らの映画史がすべて入っている」と胸を張る作品に仕上がった。
――『さくら』という小説を映画化することになった経緯からお聞きします。
「『無伴奏』を企画したプロデューサーの宮下さんから原作を渡されて、泣いて、笑って、最後は元気をもらいました。この読後感を大事に映画にしたいという思いで取り組みましたね。小説は400ページ近くあるから、カットしなきゃいけないところもいっぱいあったんですが、脚本を担当した朝西さんと作り上げていく中で、最低限、僕が読んで泣いた部分はカットしないようにしたいと」
――「矢崎組」では、普段どのように演出をされるのですか? 今こうして監督とお話ししていると、撮影現場の中心で大声を出してキャストやスタッフに指示している光景が全く思い浮かばないのですが……。
「いや、僕は本当に静かな現場が好きなので(笑)。スタッフも言葉のきれいな方を選んでいただいているくらいですから。僕は映画監督ではありますけど、演出家ではないので、いわゆる演出という演出はしない。その分、キャストやスタッフ個人個人の比重がすごく大きくなってくるので、皆さん本当によくここまでやり遂げてくれたなあというのが、正直なところです」
――出演者の方々とは、撮影に入る前にお話しされるということでしょうか。
「衣装合わせの時に少し話すくらいです。長谷川家の父親役を演じてもらった永瀬さんとは、撮影前に何時間もお話しましたけどね。観客にこの家族のことを好きになってもらうために、リアルな演技というよりは、ほんの少し誇張していきたい、とお伝えしたんです」
――長谷川家の3きょうだいには、これ以上考えられない完璧なキャストが揃いましたね。誰もがうらやむ美貌と才能を兼ね備えた俳優が、自らの声や肉体を通じて役柄の葛藤を体現することで、登場人物が抱える苦悩に説得力がもたらされています。
「これだけの豪華なキャストに集まってもらえるとは驚きでした。北村さん、小松さん、吉沢さんとも、初めて会った瞬間に、出会えてよかったと心から思える人たちだったので、後はもう大丈夫かなって(笑)。実際に皆さん素晴らしい俳優さんで。セリフで直接言わない分、秘めた内面の表現がすごかったですね。僕はその姿を見ていて、撮影中に何度も涙してしまいましたから」
――監督の映画の根幹となる信頼関係が、すでに築けていたんですね。
「はい。だからこそ、それぞれが自分のアイデアを出しやすい現場だったと思うんです。例えば、この映画にとって非常に重要なシーンで、長男が犬のサクラと別れる場面があるんですが、ともすると暗くなりがちなところを、吉沢さんがあえてそこは『口笛を吹く感じでいきたい』みたいなことをおっしゃって、『それでいきましょう』って」
――監督から見た、北村さん、小松さん、吉沢さん、それぞれの魅力は?
「北村さんは眼差しと声にやられましたね。声がすごくいいんです。編集中に仮に録ったナレーションを当てただけでもすごくジーンとくるものがあり、『これは単なるモノローグではない』と感じました。北村さん自身の中にある『人を見るまなざしの温かさ』みたいなものがにじみ出てきているように聴こえました」
「小松さんは本当に、役柄的にセリフでは言えない内面を、表情で見せてくれたなあと。もうずっと美貴でしたね。すごい俳優さんですよ。映画の後半、横たわる美貴を俯瞰で撮った幻想的なショットがあるんですが、小松さんは本当によく頑張ってくれました」
「吉沢さんは表情がすがすがしくて、きれいな人なんですが、内に秘めた強さにグッと惹かれます。まさに長谷川家のヒーローを演じるのにふさわしい人だなあと思いますね」
――両親を演じた寺島しのぶさんと永瀬正敏さんが見せる、可笑しみと哀しみをたたえた表情や佇まいにも心を揺さぶられました。
「寺島さんと永瀬さんに最初にお伝えしたのは、この家族の生きていく哀しみを描くためには、その根元の部分に笑いを入れたい、ということでした。お二人ともそのことを見事に踏まえ演じてくれました。すごい俳優ですね」
このほか、「フェラーリ」と呼ばれる一風変わった謎の男や、昭夫の元同級生でゲイバーを営む溝口など、個性豊かな人物が登場し、物語を彩る。
――フェラーリ役を趙珉和さんが演じていらっしゃるのも印象的でした。監督の『三月のライオン』に出演し、その後41歳の若さで亡くなられた趙方豪さんの甥御さんですよね。
「完成試写の後、西加奈子さんにお会いしたときに、『フェラーリという大切な役を、趙さんが演じていたのがすごくうれしかった』と言ってくださって。後で、西さんは学生の頃に『三月のライオン』を繰り返し観てくださっていたと知り、僕もうれしくなりました」
――ゲイバーのママとして女装姿で登場する加藤雅也さん。長谷川家を支える「サキコ」を実に魅力的に演じていらして、役者としての奥深さを感じました。
「実は加藤さんには断られるんじゃないかと思っていたくらいなんですが、衣装合わせの時から熱心にイメージを共有してくれて。念入りに打ち合わせて納得がいくと、本当にとことんまでやってくださる方でした。ぜひまた一緒にやりたいなと思いましたね」
そしてもちろん、この作品に不可欠なサクラ役を務めた「ちえちゃん」の名演技も忘れてはならない。例えば、父・昭夫の浮気疑惑が浮上し、家族で高校の卒業アルバムの中から相手を見つけ出そうとするシーン。サクラが「どれどれ?」と言わんばかりにテーブルの下からせり出してくる。長男・一が事故に遭ってから様子が一変した長谷川家の面々を心配そうに見つめる表情も胸を打つ。
「ちえちゃんは知っているんですね、今この家族は悲しいとか嬉しいとか。僕が撮影で一番大切にしている感情の空気感を肌で感じている。すばらしい俳優です」
――最後に、コロナ禍で本作が公開されることへの思いをお聞かせください。
「僕が原作を読んだときに、泣いたり笑ったりした後で、元気をもらえたこの家族や家族をとりまく人たちに会いにきてほしい。こんな今だからこそ、皆さんに届けたいと思いました。映画館で観ていただけたら、きっと人にやさしい気持ちになれると思います」
インタビュー撮影=花井 智子
聞き手・文=渡邊 玲子
作品情報
- 監督:矢崎 仁司
- 脚本:朝西 真砂
- 原作:西 加奈子『さくら』(小学館刊)
- 音楽:アダム・ジョージ
- 出演:北村 匠海、小松 菜奈、吉沢 亮、寺島 しのぶ、永瀬 正敏、小林 由依(欅坂46)、水谷 果穂、山谷 花純、加藤 雅也、趙 珉和
- 歌:東京事変「青のID」(EMI Records/ユニバーサル ミュージック)
- 配給:松竹
- 製作国:日本
- 製作年:2020年
- 上映時間:119 分
- 公式サイト:https://sakura-movie.jp/
- 11月13日(金)全国公開