映画『ホテルローヤル』:直木賞作家・桜木紫乃が武正晴監督と語る「裸を見せる技術」
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物語の舞台は、北海道・釧路湿原を背に立つラブホテル。経営者の一人娘・雅代(波瑠)は、美大を目指すも受験に失敗し、家業を渋々手伝っている。「えっち屋さん」こと、アダルトグッズ会社の営業マン、宮川(松山ケンイチ)への淡い恋心を胸に秘めつつ、黙々と仕事をこなす毎日を送っていたが、母がホテルに出入りする酒屋の若い配達員と駆け落ちしたことをきっかけに、甲斐性のない父の大吉(安田顕)に代わり、ホテルの経営を継ぐことになる。そんなある日、ホテルの一室で心中事件が起こり、父も病に倒れてしまう……。
『ホテルローヤル』は、桜木紫乃がラブホテルを舞台に書いた7つの短編から成る小説集で、2013年に直木賞を受賞した。文庫化もされ、20年10月時点で累計100万部を超える大ヒット作だ。フィクションではあるが、桜木の父が同名のラブホテルを開業していたのは事実で、自身も部屋の掃除などを手伝った経験があるという。
宿泊客、経営者家族、従業員が織りなす物語を映画化するにあたり、桜木から「どう料理してもいい」と自由を与えられた武正晴監督。ホテルの一室を中心に出来事を展開させ、経営者の娘の視点で描いていく。子どもの頃から本を読むのが苦手で「映画に逃げた」という監督だが、桜木が書いた作品は小説のみならず、随筆や歌集に至るまですべて読み込んだ。
恥ずかしい部分を出すのが表現
武 小説の映画化ってすごく難しくて苦手なんですけど、書いた人の顔が見えてくる作品には挑戦してみたくなります。映画にするには、原作の1冊を読んだだけじゃ分からない。今回は釧路のことも学ぼうと思って、桜木さんの作品はあとがきも含めて全部読みました。原作という「他人のふんどし」で勝負しなきゃいけないところがあるから、そこまで追い込まないと、その世界になかなかたどり着けないんです。
桜木 監督が『ホテルローヤル』だけを基にこの映画を作っていないことはすぐに感じましたけど、お話を伺って納得しました。いろんな作品を読み込んでいないと、ホテルの従業員の事務室は絶対に再現できなかったはずなんです。安田顕さん演じるローヤルの社長もうちの父によく似ていたし、さすが『全裸監督』を撮られた監督だけあって、裸にされました(笑)。心地よい悔しさにまみれています。
武 だって僕、釧路の図書館まで行って、桜木さんのコーナーの本をすべて読みましたから。歌も詠まれていますよね?
桜木 もう! 本当にいやらしい作り方をするんだから(笑)。確かに、あの図書館だけにしか置いていない本があって、それを読んでなければ絶対に用意できなそうなものが、映画の中に出てくるんですよ。父親が釣り好きだとか、トロフィー集めが趣味だとか。そういったことは小説のどこにも書いていないはずなのに、監督はああいうものを事務所に飾る人間のメンタリティーまで全部分かって作っている。美術さんもよく集めましたね(笑)。
武 僕らは常に何かにすがりついて映画を作ろうとする。ヒントがないとダメなんです。今回は「作家」というのを拠り所にして、スタッフにも桜木さんの本を読むように伝えました。釧路での撮影にこだわったのもよかった。実際にあの場所に行ってみて、いろんなことが腑に落ち、「ここにデカい看板を立ててやろう」とか、想像がふくらみましたから。
桜木 やられたとしか言いようがないですよね。この作品で自分のことを書いたつもりはなく、あの時、あの場所にいたかもしれない人たちを描いたのですが、それが映画になったら、「そうなっていたかもしれない私」として返ってきた。波瑠さんのセリフの中に、若い時の私が言いたくても口に出せなかったこともありましたから。私は普段、作家として人を掘り下げているのに、まさか自分が掘り下げられることになるとは……。
武 僕も、映画には無意識のうちに自分のことが入ってしまうから、見終わるといつも恥ずかしい気持ちになるんです。でも、自分の恥ずかしい部分をさらけ出さない限り、人には伝わらない。単なる作り物にしか見えないんじゃないかな。昔、ある監督から「映画を作るのは恥ずかしいことだぞ」、と言われたことがあるんです。
桜木 そうか。私、自分の内側を覗かれるのが恥ずかしいから、「フィクションです」って言っているのかも。結局は自分の経験が、「経験なき一行」を書かせているわけですからね。ただ、私は「えっち屋さん」とはそういう関係ではなかった、ということだけはお伝えしておきます(笑)。
全裸監督、山田孝之の「アクション!」誕生秘話
武 僕も『全裸監督』で、村西とおるという人物を描いているつもりが、過去の僕を知っている人たちから「あれ、お前だよ」って言われましたから。
桜木 『ホテルローヤル』の撮影現場にお邪魔したときに、武さんが「アクション!」って言った瞬間、「あ、全裸監督だ!」って思ったんです。
武 別の現場でも、エキストラの人たちがそう話しているのが聞こえてきて、いやいや違うよって思いましたけど。
桜木 いや、言ってましたよ!
武 僕が「ヨーイ、アクション!」って言っていたのを山田孝之くんが聞いて真似していたらしく、「アクション!」になっていったみたいです。ちょっとうれしかったですね。山田くんは村西さんの役を演じながらも、現場の僕の特徴を取り入れたところもあるんです。
桜木 わあ、謎が解けた! やっぱり自分に返ってくるんですね。そういえば、釧路出身で同じ中学の先輩だったカルーセル麻紀さんが、『ホテルローヤル』を観て電話をくださったんです。開口一番、「なんで松ケンにブリーフをはかせないのよ!」って。
武 あそこはトランクスでしょう。
桜木 そうですよね。でもあちらの方には、ブリーフの方が訴える力があったみたいで……。
武 ブリーフは違うところでやってますから。
桜木 そうですね。「ブリーフが見たかったら『全裸監督』を見てください」ってお伝えしておきます(笑)。
観客を恥ずかしくさせないエロス
武 今回のえっち屋さんの気分も、こういうのあるよなあって、すごく分かるんです。桜木さんの本って、男心の弱いところを突いてくるので、勉強になるんですよね。それと、人物が秘密にしておきたい部分を少しずつ見せていくところがサスペンスになっていて、そこがストーリーテリングとしてすごく面白い。その人物を追っていきたくなる。
桜木 恥ずかしいものを見せるときの技術を、私はストリッパーから学んだんです。同じ裸でも、風呂屋で見る裸とストリッパーの裸はまったく違う。ストリッパーが脚を開くように小説を書こうと、いつも思っています。
武 ただ単純にスケベなものとか恥ずかしいものをむき出しに見せるんじゃなくて、それをどう見せるべきかを考えるのが、実はプロフェッショナルであることなのかもしれませんね。
桜木 『ホテルローヤル』をPG12(年齢制限の区分)で収める、というのも品ですよね。恥ずかしいものを見せるには、品がないとダメ。見る人を恥ずかしくさせてはいけない、それが基本ですね。
武 『ホテルローヤル』を撮ってから『全裸監督』の現場に入れたのは、すごくいい流れだったと思うんです。『ホテルローヤル』で勝負をかけたわけですよ。ラブホテルの話ではあるんだけど、胸を張って「見てくれ!」と言える映画がちゃんと作れましたから。『全裸監督』は、「なんて恥ずかしいものを作ったんだ!」と世界中から非難される可能性もあった。でも結果的に賞賛される作品にできたのは、『ホテルローヤル』で培ったものが大きい。出演者も重なっていますし、『ホテルローヤル』のえっち屋さんが扱う「ご褒美(ごほうび)」を、『全裸監督』でも使っていますから(笑)。
桜木 あのバイブレーターに「ご褒美」と名付けたのは私。そんな商品名は現実にはないですからね。こうなったら、私も『全裸監督2』の撮影現場に行かないと!
武 いっそのこと、桜木さんも出ちゃったらどうですか?
桜木 「ご褒美」を持って走っていくシーンとかね!
インタビュー撮影=花井 智子
聞き手・文=渡邊 玲子
作品情報
- 監督:武 正晴
- 脚本:清水 友佳子
- 原作:桜木 紫乃『ホテルローヤル』(集英社文庫刊)
- 音楽:富貴 晴美
- 出演:波瑠、松山 ケンイチ、安田 顕、余 貴美子、原 扶貴子、伊藤 沙莉、岡山 天音ほか
- 配給:ファントム・フィルム
- 製作国:日本
- 製作年:2020年
- 上映時間:104分
- レイティング:PG12
- 公式サイト:https://www.phantom-film.com/hotelroyal/
- 11月13日(金)よりTOHOシネマズ 日比谷ほか全国ロードショー