「アイヌを知ることは、日本を知ること」:映画『アイヌモシリ』の福永壮志監督に聞く
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アイヌは日本列島北部周辺と北海道の先住民族である。昨年4月、アイヌに関する知識の普及やアイヌ文化の振興を促す「アイヌ新法」が成立し、第1条にこの一節が記された。日本が近代国家の道を歩み始めてから、この歴史的事実を国として認めるまでに150年を要したことになる。
明治政府が同化政策を進めて以来、アイヌは差別と抑圧の対象であり続けた。明治32(1899)年制定の「北海道旧土人保護法」が廃止され、代わりに「アイヌ文化振興法」が制定されたのは、20世紀も残りわずかとなった1997年のことだ。その10年後に先住民族の権利に関する国連宣言が採択され、さらに10数年を経て、ようやくまた新たな時代の幕が開こうとしている。
今年7月には、アイヌ文化の伝承を目的とする国立の文化施設「ウポポイ」が北海道白老町にオープンして話題を呼んでいるが、国の取り組みが動き出す以前から、アイヌへの関心はおのずと高まりつつあった。週刊ヤングジャンプに連載中の漫画『ゴールデンカムイ』(野田サトル・作)の人気もあって、アイヌ関連の書籍が相次いで出版されているのは、すでに数年前からの傾向である。
1月に樺太出身のアイヌを主人公とする小説『熱源』(川越宗一・作)が直木賞を受賞したのに続き、アイヌがまた注目を集めそうな出来事が、映画『アイヌモシリ』の公開だ。現代に生きるアイヌの姿を、ドキュメンタリーではなく、物語を通じて等身大に描く。阿寒湖畔の温泉街の一角にあり、観光地として知られるアイヌコタン(集落)を舞台に、実際にそこに暮らす人々が「演じる」という、これまでになかった着想が新鮮だ。
主人公は14歳の中学生、カント。アイヌコタンで観光客相手の民芸品店を営む家で、母と暮らす。1年前に父を亡くし、それをきっかけにアイヌの伝統行事や古式舞踊の練習に参加するのを止めてしまった。その一方で、友達とのバンド活動に喜びを感じ、高校進学を機に、町を出ようと思い始めている。
父の友人のデボは、そんなカントを見かねて山へキャンプに連れ出し、自然の中で育まれたアイヌの精神や文化を伝えていく。森の奥には、死者たちが暮らす世界に通じた洞穴があり、デボはその近くでひそかに子熊を飼っている。その世話をカントに託そうとするデボには胸に秘めた考えがあった。それは長年行われていない儀式「イオマンテ」を復活させ、子熊を神の世界に送ることだった――。
アメリカで初めて意識したアイヌの存在感
監督は、高校卒業後に渡米してニューヨークで映画を学び、『リベリアの白い血』(2015)でデビューした福永壮志。ニューヨークに渡ったアフリカ移民の苦悩を描いた第1作は、世界の映画祭で称賛を浴びた。次にアイヌを題材に撮ることは、すでに1作目の完成間際から心に決めていたという。
「北海道で生まれ育ったのですが、アイヌにちゃんと意識を向けるようになったのはアメリカに行ってからです。今はだいぶ変わってきていると思いますけど、当時は高校卒業まで、アイヌについて知る機会はほとんどなかったし、聞いてはいけないような雰囲気があった。ところがアメリカに行くと、ネイティブアメリカンの存在や、それに関する問題への意識が高く、よく議論されていて、彼らの土地を奪って自分たちがいるという認識がしっかりある。日本にも先住民族のアイヌがいるのに、彼らについて何も知らないで育ってきてしまった。そのことに恥ずかしさを感じました」
アイヌを題材にした物語の脚本を書き始めたが、先住民に対する「意識が高い」米国でも、製作の前段階で受けた反応は冷ややかだった。先住民というテーマは、「マイノリティ」という点で前作の移民と共通するとはいえ、舞台が極東の島国となると話が違うらしい。
「1本目で少し評価を受けて、プロデューサーたちが『次は何を撮るの?』と声を掛けてくれる。でもアイヌという日本の先住民族の話と言うと、興味を失くしてしまうんです。せっかく1本目の成功で踏めた階段を、そのまま継続して昇れなかったという苦い思いを味わいました」
とはいえ脚本は、カンヌ国際映画祭が主宰する新人監督の支援プログラム「シネフォンダシオン・レジデンス」に選出された。福永は4カ月半にわたるフランス滞在の招待を受け、ヨーロッパの脚本コンサルタントや、プロデューサーたちの助言を元に、『アイヌモシリ』の脚本を磨き上げていく。
「結果的に、最初に書いた脚本とはかなり変わっていきました。アイヌについて知識がなくても興味を持って観ることができる、より普遍的な物語になったと思います。説明が過剰になったり、逆に要点をつかめず説明不足になったりしないよう、うまくバランスが取れました。そこは、アイヌのことをまったく知らない第三者の意見があったおかげです」
アイヌの村を舞台にアイヌの人々を描く
こうしてシナリオの完成度と企画の説得力は増し、ヨーロッパのプロデューサーたちのネットワークにアクセスを得ることになるのだが、出資してくれるパートナー探しには苦労した。元から資金集めがむずかしい題材であることに加えて、キャストの問題があった。
「今まで、アイヌが登場する劇映画が何本かありましたが、アイヌ役を和人(アイヌ以外の日本人)が演じていて、どうしても作られた感じがあった。僕はそうでないものを作りたいという思いから始まっているので、キャストにアイヌの人々を起用することにこだわりました。そうなるとやはり資金が集めにくくなる。有名なプロの俳優を主要キャストに迎えないと、プロデューサーや出資者はなかなか資金回収の可能性を見出してくれません」
最終的に資金集めというハードルを越えられたのは、首尾一貫した企画そのものに説得力があったからだろう。脚本を書く段階から阿寒に何度も通い、アイヌコタンを舞台に物語を練り上げた成果が実った。
「アイヌであることが、観光という経済活動に直結しているのが阿寒のアイヌコタンです。昔と生活習慣が変わり、伝統文化との距離が生じる中で、仕事としてアイヌ文化を紹介しながら生活している。その生活形態には、そこにある現実として、色々なテーマが凝縮されているんです。コミュニティとしてまとまって、普段からそういう問題に向き合っている。現代のアイヌを描くにあたって、これ以外の場所はなかなかないと思いました」
そこに登場する人物たちも、実際に生活する人々をモデルに描かれた。最初に物語ありきではなく、その人々にどれだけ物語を近づけるかという姿勢を、徹底して貫いた。その根底には、アイヌに対する偏見をなくすには、美化することなく、ありのままの姿を伝えなくてはならないという思いがある。
「もちろん物語を作るために脚色した部分はあるんですが、住民の皆さんにできるだけ自然な姿で出演してもらって、それぞれの人間性や魅力が出るようにする。そこを最優先にして、色々なことを決めていきました。普段から顔なじみの人たち同士ですから、演技経験がなくても自然に、アドリブでいつも通りのやりとりが出てくるんです」
数十年行われていない伝説の儀式「イオマンテ」
中でも出色なのは、物語のテーマとしても重要な「イオマンテ」をめぐって、村の大人たちが会合で議論する場面だ。イオマンテは、集落で大切に飼育した子熊を神々の世界に送り出す儀式で、現代社会の価値観とかけ離れていることもあって、ここ数十年は行われていない。
「イオマンテは、アイヌの精神文化の集大成とされる儀式です。動物愛護の観点とは、まったく異なる自然観、生命観がありますが、外部の者たちが安易に是非を問えるものではないと思うんです。イオマンテを盛り込むアイディアは最初からありましたが、最終的に取り上げるかどうかは悩みました。インパクトの強さでやろうとしたわけではないです。実際に意見を伺って、アイヌの方々の中にも賛否両論、色々な思いがあることが分かりました。アイヌの多様性と現代性を描くには、これ以上の題材は見つからないと思ったんです」
その通り、イオマンテをめぐる議論のシーンからは、村民たちそれぞれが、自分たちの言葉で胸中を明かすようすが伝わってくる。
「もちろん設定はありますけど、カメラが回っていても、顔なじみの人同士が議論を始めると、やはり熱くなってきて、本当に色々な言葉が交わされました。収拾がつかなくなり、編集には苦労しました(笑)。最終的に使われている部分には、皆さんが本音で語った、アドリブのやりとりが半分くらいあります」
一人の少年の目を通して
登場人物たちの自然な距離感が最も顕著に表れているのは、主人公カントとその母エミのやりとりだろう。二人は本当の親子である。相手に注ぐまなざしや小さなしぐさに、演技ではなかなか出せない情愛の深さを感じとることができる。
「最初に書いたのは、青年の話だったんですけど、キャストがなかなか見つからなかった。周辺には高校がなくて、阿寒コタンに住むのは中学生以下か40歳以上の方がほとんどです。そこで発想を変えて、主人公を少年にしてみようと。思春期に人格形成がなされる中で、やりたいことと、やらなきゃいけないことのギャップは、誰もが直面することですよね。アイデンティティやルーツに向き合うというテーマを、もっと受け口の広い物語にして描けると思いました」
アイヌを題材にしながら、これからの社会を生きる少年の目を通して描いたことで、物語に奥行きと普遍性が生まれた。福永監督が5年の歳月をかけて真摯に向き合った作品からは、単なる民族の違いという問題を超えるさまざまな共感が、人々の心に強く、深く響くに違いない。
「コロナ禍によって、日本人特有の排他的で村社会的なメンタリティが明るみに出たような気がします。このままでは、これからさらにグローバル化が進んでいく中で、時代の流れに逆行していくように感じます。大陸からの渡来民族と先住の民族が混ざって、今の日本人がある。そういうルーツに関する教育や議論が、あまりきちんとなされてこなかった。アイヌを知るということは、日本を知ることでもあります。日本という国が成り立つ時点から、僕らが一般的に認識している以上に、多様性があったのを知ることが大事だと思います。『アイヌモシリ』は、自分のルーツに対してフラットに向き合い、それを認め、折り合いをつけ、そして一歩前に踏み出す少年の物語です。人々が垣根を超えて、多様性に理解を示す世の中に向かってほしいという願いを込めました」
インタビュー撮影=花井 智子
取材・文=松本 卓也(ニッポンドットコム)
作品情報
- 監督・脚本:福永 壮志
- プロデューサー:エリック・ニアリ 三宅 はるえ
- 撮影監督:ショーン・プライス・ウィリアムズ
- 編集:出口 景子、福永 壮志
- 録音:西山 徹
- 整音:トム・ポール
- 音楽:クラリス・ジェンセン、OKI
- 出演:下倉 幹人 秋辺 デボ 下倉 絵美
OKI 結城 幸司 / 三浦 透子 リリー・フランキー - 製作:シネリック・クリエイティブ、ブースタープロジェクト
- 配給:太秦
- 製作国:日本・アメリカ・中国
- 製作年:2020年
- 上映時間:84分
- 公式サイト:http://ainumosir-movie.jp/
- 10月17日(土)より渋谷ユーロスペースほか全国順次公開