映画『窮鼠はチーズの夢を見る』:名手・行定勲がこだわった、恋する男たちと裸体の美
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原作は水城せとなの同名コミックと、その完結編『爼上の鯉は二度跳ねる』。物語の主人公は、学生時代から「自分を愛してくれる女性」と付き合い、受け身の恋愛ばかりを繰り返してきた広告代理店勤務のサラリーマン、大伴恭一(大倉忠義)。ある日、大学時代の後輩の今ヶ瀬渉(成田凌)と7年ぶりに再会し、「昔からずっと好きだった」と想いを告げられる。戸惑いを隠せない恭一だったが、今ヶ瀬のペースにのせられ、二人は一緒に暮らすことになる。ただひたすら真っ直ぐな今ヶ瀬の思いに、恭一も心を開いていくが……。
作り手から見る「ジャニーズの役者」の力
『ピンクとグレー』(16)では「Hey! Say! JUMP」の中島裕翔を、『ナラタージュ』(17)では「嵐」の松本潤を主演に迎えるなど、過去にもジャニーズの人気アイドルを起用した経験を持つ行定監督。今回は男性同士の恋愛ということもあり、キャスティングが難航する可能性も予想された。しかし脚本を読んだジャニーズ事務所の反応は、意外にもほぼ二つ返事で「OK」。大倉へのオファーはあっさり受け入れられた。
「つまり、その時点でセックスシーンがあることは問題なかったということ。大倉本人からは『断る理由がない。やります』と。しかも『そんなことを気にしていたら、役者なんて務まりませんから』とまで言ってもらえた。これは非常に役者っぽい考え方ですよね。台本を与えられ、演出を付けられて、初めて自分の仕事が始まるということを、彼は熟知しているわけです」
元々は「専業」の役者にこだわっていた行定監督だが、最近は率先してミュージシャンを起用するようになった。そのきっかけの一つが、ジャニーズのタレントとの仕事だったという。
「彼らのすごいところは、ほぼ全員がニュートラルであるということ。常に多忙な彼らは、どんな仕事もオールマイティーにこなす必要があり、作り手がどうしたいのかをまず知りたがる。たとえ演じるキャラクターの感情が完全にはつかめなかったとしても、自分にいくつかの感情を持ち合わせてさえいれば、あとは想像することで何とか乗り切れるだろうという認識が備わっているんです」
大倉忠義にしかできない恭一
作り手の立場から、「役者とはどんな生き物なのか」、ふと考えることがあるという。さまざまな役柄を演じる仕事でありながら、一人の人間が表現できることには限界があるはずだ。演じることに新鮮味を失って、疲弊してしまわないのだろうかと。
「結局は、現場でどう撮ってもらうかってことになるわけですよね。そうすると、役者の行き着く究極のところは、いかに“丸腰”で臨むか、なのではないかと。丸腰で現場に行って、目の前で生まれる課題をどうやって解決していくか。監督から示唆されることと、あらかじめ本人が持ち合わせているものとを、いかに融合させていくか。その点で彼らは、どんな現場でも何かしらの表現をしているから、常に丸腰でいられるんですよ」
幅広く「オールマイティー」に仕事をこなすからこそ、どんな役にも「ニュートラル」に取り組める姿勢が身に付いている。しかし役者として輝くには、その根底に、その人にしか表せない本質が光っていなくてはならないという。
「『窮鼠』の場合で言うと、もちろん“大倉忠義本人”ではないけれど、“大倉忠義にしかできない恭一”がいるんですよ。彼の持っている本質じゃないと表現できない不可解さが、彼が演じた恭一の中にちゃんと根付いている。大倉には、自分の感情の不可解さをそのまま内包できる、ブラックホールのようなものがあって、対峙する人間が飲み込まれてしまいそうになるんです」
成田凌は日本映画の系譜を汲む俳優
一方、今ヶ瀬役を演じた成田凌について、監督が抱いた印象は「映画に育てられてきた人」。これまでの日本映画の正統的な系譜を汲む俳優だという。
「役に対するアプローチを見出して、自分なりのモチベーションを持って現場に臨んでくる。ニュートラルな大倉に対して、成田の方から仕掛けていく感じがありましたね。役者という仕事への向き合い方とか、全部をぶつけて今ヶ瀬を演じているような気がした。もちろんそんな成田をコントロールするのも僕の役目なので、お互いに意見を言い合って、そこにまた向き合っていく。僕らがもっともなじんできた俳優のあり方が、成田には見えますね」
今の日本の最前線の恋愛映画として
行定監督には今回、社会の片隅で愛し合う2人を描くつもりがまったくなかったという。それゆえ、どこにでもいるような人物として、職業や年収を想定し、住むマンションの立地やインテリアにも徹底的にこだわった。
「社会の“真ん中”にいる人たちを描きたいという思いがあったんです。男女の物語としても十分成り立つストーリーであり、誰もがこの二人がたどった道筋と同じようなプロセスを重ねて、関係を築いていくはずなんです。でも男女間だったら、ここまで丁寧に描くと、きっとかったるくなってしまうでしょうね。男同士だからこそ、観ていて面白くなるんですよ」
本作では、性愛のシーンのみならず、二人の親密度を表現する上でも、裸体が非常に重要な役割を果たしている。
「カメラマンには、どんな色調の場面であっても、必ず肌の色が際立つように撮ってほしいと指示しました。ビジュアル面でも、『スタンダードな今の日本の最前線の恋愛映画にしたい』という思いがあったんです。今回僕がやりたかったのは、ゲイとかストレートとか、そういったことをまったく意識しない、人と人との向き合い方。男と女であれ、男同士であれ、すべて一緒。LGBTというジャンルで描かれる、ある種の分断された悲しみではなく、あくまで恋をする二人の息苦しさを、男と男で描きたかったんです」
『劇場』に続く、2020年日本映画の王道に!
行定監督の前作は、又吉直樹の原作を山﨑賢人と松岡茉優のダブル主演で実写化した『劇場』。当初は4月に全国280スクリーン以上で劇場公開する予定だったが、緊急事態宣言により映画館が休館となったことから、直前に延期を余儀なくされた。その後、ミニシアター20館で限定公開したほか、Amazonプライムで世界242カ国に同時配信されることになった。
「今まで僕は日本国内で映画監督として順調にキャリアを積んできましたけど、世界200カ国以上で公開なんて考えられなかった。それが今回、僕の映画を目にする機会がまったくなかった人たちにも届くのであれば、これからの可能性につながっていきますよね。僕にとって海外と向き合うことは、自分の視野やテーマを広げるためでもあるんですが、世界のどこを舞台にするにせよ、男女の機微や、人間の愚かさをテーマに描きたいことに変わりはありません」
これまで数々のヒット作品を世に送り出してきた行定監督が、「これはヒットすると思う」と手ごたえを公言する最新作『窮鼠はチーズの夢を見る』。監督は男性の心にも必ず訴えるものがあると力を込める。
「男に見せたいんだよね! 映画は元々、日常と隔離された空間で観るものだから、このコロナ禍の状況で観れば、よりいっそう強く感じ取ってもらえる部分があるんじゃないかな。日常が変わってしまったからといって、観客を映画的な気分にさせられないなら、それはその映画に力がないだけのこと。『窮鼠』には、ずっと観たかった! という渇望感に応えるものがきっとあるはずです。ぜひ2020年の王道の日本映画として観てもらえるといいなと思いますね」
撮影=花井 智子
聞き手・文=渡邊 玲子
作品情報
- 監督:行定 勲
- 脚本:堀泉 杏
- 原作:水城 せとな『窮鼠はチーズの夢を見る』/『俎上の鯉は二度跳ねる』(小学館「フラワーコミックス α」刊)
- 音楽:半野 喜弘
- 出演:大倉 忠義、成田 凌、吉田 志織、さとう ほなみ、咲妃 みゆ、小原 徳子
- 配給:ファントム・フィルム
- 製作国:日本
- 製作年:2020年
- 上映時間:130分
- レイティング:R15+
- 公式サイト:https://www.phantom-film.com/kyuso/
- 9月11日(金)より、TOHOシネマズ 日比谷 ほか全国ロードショー