台湾の伝染病との戦いの道:1895年から2020年までの経験

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米果 【Profile】

大航海時代、台湾近くを航行したポルトガルの船乗りは「Ilha Formosa(イーリャ・フォルモーザ=美しい島)」と称賛したという。1939年に台湾詩人協会が発行した文芸誌のタイトルは『華麗島』だった。台湾は美しさをたたえられる一方で、長きわたって伝染病の深刻な脅威にさらされてきた。台湾人のDNAには、冒険の遺伝子や平穏な時にも災難を予想して備える警戒心が存在するのかもしれない。

SARSにより警戒意識が確立

私のような戦後世代にとっては、記憶の中にある伝染病は、はしか、水ぼうそう、チフス、狂犬病だ。今でも、毎年のようにインフルエンザや手足口病、デング熱が猛威を振るう。記憶に最も強く残っているのは2003年のSARSだ。院内感染や病院封鎖などのさまざまな不安を経験した。だからこそ、新型コロナウイルスに対する警戒心は相当なものだった。台湾は国際組織からの孤立が続いている現実があり、「絶対に負けない」という覚悟もあった。

武漢でのコロナウイルスの「人・人感染」が確認される前の段階から、台湾は家畜の伝染病であるアフリカ豚熱の侵入を阻止しようと臨戦態勢にあった。さらには、2020年1月の総統選と国会の改選を控えて、2019年の年末には再選が有力視されていた与党の蘇貞昌行政院長(=首相)が、陳其邁副委員長を担当者として関連部会を招集。非公式ながら専門チームを編成し、当時はまだ「正体不明」だった肺炎の動向を監視した。現職の陳建仁副総統は、17年前に衛生署長として、SARSとの戦いを率いた人物であり、陳其邁行政院副院長は医師出身で、公衆衛生の分野で修士号も取得している。SARS発生時には、専門家の提案を理解できる、数少ない国会議員の一人だった。

1月11日の総統選では、民進党が817万票を獲得し、蔡英文総統の続投が決まった。陳建仁、陳其邁、さらに歯科医出身の陳時中・衛生福利部長(衛生福祉相)が、蘇貞昌院長の率いる行政チームとして、武漢発の感染症の流行に対して、早い時期に戦闘配置に就いたわけだ。

民進党が政権に就いてから、中国政府は自国旅行客の台湾観光に対する割り当てを、絶えず削減してきた。それに比べて、日本と韓国は春節時期に、大量の中国人旅行団を迎えた。台湾政府は逆に、観光収入面で打撃を被るという考え方を排除して、明確な選択をした。とはいえ、(台湾海峡両岸の往来は極めて頻繁で、台湾人業者が中国籍の配偶者と共に旧暦の春節に際して移動することで発生する感染のリスクはあり、状況は依然として極めて厳しかった。

2019年の大晦日、街が年越しムードに浸る中で、政府は武漢からの直行便で係官による搭乗検疫を開始。総統選の前日、疾病管制署は「厳重特殊伝染性肺炎・流行状況中央指揮センター」を発足させた。総統選の3日後には武漢に専門家を派遣して、感染症流行の情報の聞き取り調査をさせ、「人・人感染」の可能性が大幅に高まっていると判断した。さらに1月15日には、武漢肺炎を第5類法定伝染病に指定した。日本ではこの日、初めて横浜市在住の中国人男性の感染が確認された。一方の台湾では1月21日に、武漢から台湾に戻った台湾人ビジネスマが最初の感染例として確認された。

総統選から2週間足らずの1月23日は、「小年夜」と呼ばれる旧暦大晦日の前日だった。この日、武漢封鎖の情報が伝わり、台湾の「指揮センター」はただちに、警戒態勢を第2級に引き上げた。衛生福利部の陳時中部長が「指揮センター」の責任者に就任し、移民署国境事務大隊(入国管理署国境手続大隊)が中国人に対して入境証の検査を行い、武漢居住の旅客は一律に入境を拒絶することになった。

行政院は、マスクの輸出を禁止し、買い占めや価格のつり上げを防止するために、政府が買い上げた。1月28日には、四大スーパーチェーンで、「1人あたりマスク4枚」の販売制限が始まり、2月8日からは保険証情報とリンクさせた実名購買制が始まった。さらに政府・経済部(経済省)の呼びかけにより機械メーカーによる国家チームが組織され、マスクの生産ライン60基の増設に協力した。一般大衆もネットを通じて「私はOK、あなたが先に入手してください」を合言葉とする運動の輪を広げた。

マスクの生産量が徐々に増えると、まずは医療機関に30日分の安全在庫を確保させることが優先された。これらは、総統選挙中は政治上の立場の違いから対立していた有権者が、選挙後には迅速に「台湾人」として一致団結したことによって発現した力だった。

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コラムニスト。台湾台南出身。かつて日本で過ごした経験があり、現在は多くの雑誌で連載を持つ人気コラムニストとして活躍中。日本の小説やドラマ、映画の大ファンでもある。

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