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キルギスの薬剤師国家試験創設を支援:日本の予備校大手が

国際 医療・健康

中央アジアのキルギスで質の高い薬剤師を育てようと、日本の薬剤師国家試験予備校大手「医学アカデミー薬学ゼミナール」(埼玉県川越市)が現地で国際協力プロジェクトをスタートさせた。政府と協定を結び、キルギスでの薬剤師国家試験創設に向け、さまざまな支援を行う。

同ゼミナールの関連会社「薬ゼミ情報教育センター」によると、プロジェクトは国際協力機構(JICA)の「中小企業・SDGsビジネス支援事業案件化調査」事業として、まず2020年6月まで実施。1年間で①キルギスの各大学薬学部生を対象にした「共通卒業試験」の問題作成支援、②現役の薬剤師に義務付けられている「継続研修」の一部をeラーニングで試験実施―するなどして、同国保健省との信頼関係を構築する。

このトライアルが順調に進めば、日本型の薬学教育モデル導入に向けた本格的な支援に乗り出し、キルギスでの薬剤師国家試験の立ち上げ、大学薬学部のカリキュラム・講義コンテンツの開発、教員養成支援などの事業につなげていきたいという。

日本の医療・保険分野の国際協力で、国家試験の開発など一国の医療制度システムの中枢にかかわる案件は初めてのケース。また、予備校を経営する法人がプロジェクトの主体となるのも、きわめて珍しい。

医療システム衰退、制度改革と教育の底上げが急務

キルギスでは1991年のソビエト連邦崩壊後、医療分野への予算が十分に確保できなくなり、医療制度が徐々に衰退。病院の診療費は無料だが、医師の給料が低く抑えられていることから「なり手不足」の状況で、医師の高齢化が顕著になっている。

それほど深刻でない病気では、人々はもっぱら「薬局頼み」で対処。国内には薬局が乱立し、インドなど周辺国から安く輸入した医薬品を販売しているが、日本では処方箋が必要な医療用医薬品も多く店頭に並んでいるほか、医師と薬局の癒着による抗生剤の過剰提供などが問題になっている。

薬剤師に国家試験はなく、薬学部の大学生は卒業すればインターンを経て薬剤師の資格を得ることができる。国内で流通する医薬品の97%が輸入品で占められていることなどから、薬剤師はほぼ薬局でしか働き口はなく、その多くが「販売員」としての位置づけで勤務しているという。

キルギスの大手薬局チェーンで働く薬剤師
キルギスの大手薬局チェーンで働く薬剤師

こうした現状に危機感を抱いたキルギス政府は、2016年に処方箋制度を導入。18年には薬剤師を含む医療従事者への「継続研修受講」(1年で50時間)を義務付けた。次のステップが全医療従事者への国家試験制度導入。政府は薬剤師に関しては、日本型モデルの制度導入を強く希望したという。

「薬学ゼミナール」は、日本の国家試験対策として、数万問に及ぶ試験問題のデータベースを保有しているのが強み。また、学生や製薬会社のMR(医薬情報担当者)を対象にしたeラーニングの分野にもノウハウを持っており、キルギス保健省の意向と十分にマッチしたことで協定締結の運びとなった。

国際支援の一方、自社のビジネスも視野に

「薬ゼミ情報教育センター」は既にキルギスの首都ビシケクにオフィスを開設し、「国家試験トライアル」としての共通卒業試験実施に向けた保健省・大学との細部の交渉を実施。また、継続研修に使う教材のロシア語への翻訳作業、動画撮影などを進めている。試験問題の作成支援にあたっては、現地の大学薬学部のカリキュラムや教育レベルを把握し、実情に即した内容の問題をデータベースから抽出、加工するのが重要なポイントだという。

薬学部大学生の共通卒業試験実施に向けた打ち合わせ
薬学部大学生の共通卒業試験実施に向けた打ち合わせ

同センターの松野良智(よしのり)事業部長は「今回のプロジェクトは、医療制度を向上させて現地の国づくりに協力するとともに、もう一つ、自社の将来のビジネスにつなげるという側面もあります。薬剤師の継続研修をeラーニングで本格的に実施することになれば、その部分は援助でなく事業として収入をいただくということになる。その内容が好評であれば、ロシア語が公用語の周辺諸国からも引き合いがくるかもしれません」と話している。

取材・文:石井 雅仁(ニッポンドットコム編集部)

バナー写真:ビシケクの大学「医療アカデミー」を訪問したプロジェクトのスタッフ(写真はいずれも「医学アカデミー薬学ゼミナール」提供)

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