【書評】プーチンとは全く違う「史上最高のスパイ」:名越健郎著『ゾルゲ事件80年目の真実』

Books 政治・外交 国際・海外

斉藤 勝久 【Profile】

「史上最高のスパイ」と言われる旧ソ連軍情報機関のリヒャルト・ゾルゲの実像が、近年のロシアによる機密資料の解除で、さらに解明されてきた。ロシア研究で知られる元通信社モスクワ支局長の著者は、プーチン政権が操るゾルゲ人気を批判し、ゾルゲは反戦主義者で戦争を阻止するためにスパイ活動を続けたと強調する。

プーチンのあこがれだったゾルゲ

ウクライナ戦争が長引く中、ロシアではゾルゲを「第二次世界大戦の英雄」として顕彰する動きが強まっている。ゾルゲは日米開戦前夜の東京で、日本の政権とドイツ大使館の中枢に食い込み、ドイツ軍のソ連侵攻や、ソ連が最も知りたかった「日本軍の南進(ソ連とは戦わずに南方へ)」の国際的2大スクープをモスクワに通報した。日本最大の国際スパイ事件となるゾルゲ諜報団は1941年秋に摘発されて、ゾルゲは44年、処刑された。

「高校生の頃、ゾルゲのようなスパイになりたかった」。プーチン大統領は2020年、68歳の誕生日に際し、こう語っている。ゾルゲにあこがれたプーチンはスパイとしての経歴を持つ。

ウクライナ侵攻以来、国際社会で孤立するロシアでは、愛国主義が危険なほど高揚している。

プーチン政権にとって、時代はゾルゲが暗躍した大戦前夜の緊張に似てきた。祖国に貢献し、死刑台に立ったゾルゲを賛美することで、愛国主義を鼓舞する狙いがうかがえる。

だが、ゾルゲとプーチンでは、理想と哲学が全く異なる。ゾルゲは第一次世界大戦が終わり、また世界大戦が始まろうとしている時に、戦争を阻止するために国際共産主義運動に身を投じた。プーチンは自国のことしか考えずにウクライナ侵攻に走った。そのロシアがゾルゲを「愛国者」と位置付けるのはご都合主義だと、著者は批判するのである。

若き周恩来とも接触していた

そして本書は、機密解除文書など新しい資料が明らかにしたゾルゲの実像を紹介していく。1930年、34歳のゾルゲは中国最大の商業都市、上海に派遣され、ドイツの新聞特派員であることを隠れみのにしてスパイ活動を始める。著者は「あまり知られていない上海での秘密工作」を追う。

国家統一を進める蔣介石の動向も、ゾルゲはモスクワに報告していた。有力な情報源は「中国革命の父」と言われる孫文の妻で、蔣介石夫人の姉である宋慶齢だった。週に一度は会っていたという。またゾルゲは3歳下の若き周恩来(後に中国の初代首相)とも接触し、有能な中国人スタッフをそろえてもらった。

台頭しつつある日本が極東の台風の目になることを、ゾルゲは察知する。日本人協力者となる朝日新聞上海支局記者、尾崎秀実(ほつみ、後にゾルゲと共に死刑)らと親しくなり、日本の満州(中国東北部)政策や大陸進出問題の情報を得ていた。「日本は清朝最後の皇帝・溥儀を擁して、満州を独立させようとしている」とゾルゲは満州国建国を予告していたが、これも尾崎からの情報と見られる。

上海は列強の警察も治安を担当していた。ゾルゲは上海の英国警察や中国官憲の捜査対象になり、3年ほどでソ連に帰国する。

比較的早くゾルゲをソ連のスパイと断定した上海の英警察は、(後に)8年間ゾルゲの正体を見抜けなかった日本の警察より防諜能力が上回っていた。

ソ連本部を無視して動いた二人

上海で実績を挙げたゾルゲは、ソ連にとって戦争の脅威が高まる日本での工作員に抜てきされ、33年に来日した。ドイツ紙の特派員となったのは上海と同じ。盟友の尾崎は日本に戻っており、38年に朝日新聞を退職して第1次近衛文麿内閣の参与に就任し、政権の中枢にいた。また、東京でナチス党員となったゾルゲは、ドイツ大使のオットと信頼関係を深め、日独の最高機密を次々と入手した。

あまり知られていないが、ゾルゲは開戦を控えた日米の外交交渉にも関心を持ち、その情報をモスクワに送っていた。米側提案などに関する彼の情報は、戦後に公開されたものとほぼ合致している。日本の国策を正確に分析し、日米開戦は不可避と見ていたのだった。

また、ゾルゲと尾崎は日ソの戦争を避けるため、ソ連本部を無視して自発的に行動することもあった。尾崎は近衛首相のブレーンを集めた「朝飯会」などで、日本が必要とする石油やゴムなどの資源は東南アジアにあり、シベリア(ソ連)にはないことを指摘。ゾルゲは極東ソ連軍の規模について、ドイツ武官や日本の参謀本部に偽情報を流し、ソ連軍の多くの師団が独ソ戦の主戦場がある西方に移動したことをすぐに気付かれないようにしていた。

このあたりが、情報収集だけに従事する通常のスパイと異なるところだ。二人は思想犯でもあり、モスクワが意図したような忠実なスパイではなかった。

諜報大国とスパイ天国

日米開戦の直前に摘発されたゾルゲ事件は、天皇臨席の御前会議の内容など日本の最高機密がドイツ大使館を通じて仮想敵国のソ連に筒抜けになっていたことで、日本にとって大きな衝撃だった。自らの逮捕で日独関係を一気に冷やし、それによってソ連の危機を救ったと解釈され、ゾルゲの「もう一つの功績」となっている。

本書の終わりにある日露スパイ史の記述も興味深い。日露戦争の時に、帝政ロシアがすでに記者を装うフランス人スパイを東京に潜入させ、御前会議の内容などを通報させていた。この時代にもう「ゾルゲ」も協力者の「尾崎」も暗躍していたのである。

諜報大国のロシアと、スパイ天国の日本。「エリート層の情報管理が日本は甘い」「ゾルゲを見つめ直すことで、日本の伝統的な防諜の甘さを再検討できる」という著者の警句は傾聴に値する。

『ゾルゲ事件80年目の真実』

『ゾルゲ事件80年目の真実』

文藝春秋社
発行日:2024年11月20日
文春新書:266ページ
価格:1210円(税込み)
ISBN:978-4-16-661477-6

    この記事につけられたキーワード

    書評 スパイ 本・書籍 リヒャルト・ゾルゲ ロシア プーチン 諜報

    斉藤 勝久SAITŌ Katsuhisa経歴・執筆一覧を見る

    ジャーナリスト。1951年東京生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。読売新聞社の社会部で司法を担当したほか、86年から89年まで宮内庁担当として「昭和の最後の日」や平成への代替わりを取材。医療部にも在籍。2016年夏からフリーに。ニッポンドットコムで18年5月から「スパイ・ゾルゲ」の連載6回。同年9月から皇室の「2回のお代替わりを見つめて」を長期連載。主に近現代史の取材・執筆を続けている。近著に『占領期日本三つの闇 検閲・公職追放・疑獄』(幻冬舎新書)。

    このシリーズの他の記事