
【書評】「うちの子には何が合う?」を考える:中室牧子著『科学的根拠で子育て 教育経済学の最前線』
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子育ては難しい。
いつも「子どもにいいことってなんだろう」と考えているけれど、その答えがどこかに書いてあるわけではないし、「自分にとってよかったこと」が、「この子」にも「この時代」にも当てはまるわけじゃない。そもそも私と子どもは違う。となると、何がいいのやら、さっぱり分からない。
それならと参考になりそうな本を手にとっても、周りにいる先輩たちに聞いても、それぞれ主張はバラバラで、習い事や学校の選択から、日々の関わり方まで、それじゃあどうしたらいいのかと、まるで迷路に迷い込んだような気持ちになる。
その時のヒントになるのが、データだ。それも圧倒的なボリュームの。
本書の表紙をめくるとまず目に飛び込んでくるのは「本書は、成績や受験といった『学校の中での成功』だけをゴールとしません。学校を卒業したあとにやってくる、人生の本番で役に立つ教育とは何かを問うていきます」という言葉。
あまりの力強さにややこちらも身構えるのだが、内容は非常にシンプルで、かつ、一貫している。
ゴールは、「大人になってからの就職、収入、昇進、結婚、健康、そして幸福感」。そのゴールと、子どもの頃のある時点で受けた教育との相関を、科学的根拠に基づいた世界中のビッグデータからひも解いていく。
就職や収入、幸福感が子育ての成功なのか?と、これまた一瞬頭の中に疑問符が浮かぶが、では、今目の前にいるまだ小さい我が子が将来どうなっていたら、老いた自分は安心できるのかと考えてみると、収入や仕事は生きていく上では必須だし、そうでなかったら不安になるだろう。健康でもいてほしいし、幸せだと感じてくれていたらなおうれしい。
「九九ができない」とか「塾でクラスが上がらない」などという目の前のことについつい意識を取られがちなのだが、もっと先の未来のためにこれからどんな教育を選ぶといいのか、ちょっとゆっくりじっくり考えるのに、本書はうってつけなのだ。
中には、興味深いデータがぎっしりと詰まっている。
たとえば「女子校・男子校(以下「別学」)がいいか、共学がいいか」。身近なところで意見を聞けば、だいたい真っ二つに分かれる(経験上、ほとんどが出身校をよしとしている気がする)。
本書ではこの論争に対し、ビッグデータに基づいて
- 別学の生徒のほうが大学入試の学力や4年制大学への進学率が高い
- 男子校の生徒は共学の男子生徒よりも数学の成績が良い傾向がある
- 女性のみで学ぶ方が、理系科目の成績が高くなる
- 女子校の出身者のほうがフルタイムで働く割合が高い
- 女子校の出身者のほうが結婚する確率や結婚して子どもを持つ確率が低い
ことを明らかにしている。
直感的に納得のいくものもあれば、意外なものもあるが、すべてはデータによるもの。「私はそうは思わないな」という反論も、なんだかむなしく響く。
そのほかにも興味深いデータがずらりと並んでいる。
好奇心を高めることと学力の関係や、学校の先生が子どもたちにどれくらい影響を与えるものなのかとか、親の学歴と子どもと過ごす時間の長さの相関、第1子と第2子以降に学力の差があるのかどうか、勉強を習慣化するのに効果のあるやり方とないやり方。
保育園や幼稚園、小学校時代に受けた教育で、大人になってからの失業率、役職、年収、自己肯定感などが変わってくる可能性があることがよくわかる。
一方で、データを参考にしながら親ができるアプローチや、自宅で子どもと一緒にできそうなアクションもいろいろ浮かぶ。たとえば宿題をやるごとに、お菓子や数十円の“ご褒美”を渡すと、勉強が習慣になりやすいだけではなく、ご褒美がなくなったあとも習慣が継続する割合が高いと知り、さっそく実践している。結果がどうなるかは、まだまだ分からないが……。
本書を読んでいて心地いいのは、データを根拠に「必ず〇〇になる」「〇〇したほうがいい」と主張するのではなく、様々なデータをさらりと紹介し、「〇〇になる確率が高い」と、統計的な相関関係を示していること。
「〇〇すべし!」という子育て本は、ときに読んでいて苦しくなったり罪悪感にさいなまれたりするが、そんなことはまったくない。データと自分の子どもの性格や特性、趣味や関心、さらに保護者の居住地や生活環境などをかけあわせることで、自然と選択の幅が広がっていく。
あ、やってみようかな。
そんなスモールアクションが、あちこちで生まれるきっかけになりそうだ。