2024年の主な文学賞:長期の休みにお薦めの作品

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今年の年末年始は長い休みになるだけに、読書をするにはうってつけだ。そこで何を読むべきかお悩みなら、今年の各文学賞を受賞した数々の作品が参考になるだろう。名だたる賞を射止めただけに、いずれも力作そろいであることは折り紙付きである。

「思わず膝をうつ短編集」

直木賞は実績のある作家を対象に、その年に話題となった作品に与えられるものだけに、読者の期待を裏切ることはないだろう。2024年上半期の受賞作は『ツミデミック』(一穂ミチ著、光文社)。選考委員の浅田次郎氏が「思わず膝をうつ短編集」と言い、候補作の中でも「文章はよく研がれて余分がない。視点者の内面を文学的に書いているのはこれだけと言ってもよかろう」と推している。

本作は、コロナ禍を背景としており(ツミデミックはパンデミックを連想させる)、閉塞した状況下、ふとしたきっかけで事件に巻き込まれていく(または手を染めていく)平凡な人々を描いた6つの短編で構成される。

例えば、そのうちの1編『ロマンス☆』は、コロナ禍の最中、子育てに忙殺される主婦がふとした時に街で見かけたデリバリーサービスのイケメン配達員に思いをはせて、亭主の目を盗んで毎日、テイクアウト食品を注文するようになる。彼との出会いを期待して。ところが、やって来るのは似ても似つかない男ばかり。それが平凡な日常生活の破綻につながっていく。

同じく選考委員の宮部みゆき氏も「本書を読む多くの方々は、登場人物たち誰かの物語の上にそれぞれご自身の体験を重ね、またそれぞれの『消化』や『昇華』のけりをつけた上で、今後も記憶し続けることでしょう」と高く評している。

芥川賞は対照的な2作が受賞

一流作家への登竜門となる芥川賞では、2024年上半期は2作同時受賞となった。『バリ山行』(松永K三蔵著、講談社)について、選考委員の平野啓一郎氏は、「抜群にリーダブルで、物語の足場となる文体が安定しており、人物造形も風景描写も精彩を放っている」とイチ推しだった。

「バリ」とは、「バリエーションルート」の略で、正規の整備された登山ルートを離れ、あえて独自のルートを開拓して登頂することを言う。リストラ経験のある主人公は、転職した建物の外装修繕会社の組織の中で、どうしても人間関係になじめない。そんな時、ひとりで週末、六甲山へ「バリ」に出かける口数の少ない職人気質の先輩に関心を持つようになる。会社の経営危機でまたしてもリストラにおびえる主人公と、孤独な先輩との交流が生まれるが、次第に生き方の相違が明らかになっていく。その結末は──。

(右から)芥川賞の朝比奈秋さん、松永K三蔵さん、直木賞の一穂ミチさん(時事)
(右から)芥川賞の朝比奈秋さん、松永K三蔵さん、直木賞の一穂ミチさん(時事)

純文学系が多い受賞作の中で、本作は物語の展開が一般読者に受け入れやすい、エンタメ性のある作品に仕上がっているのも特色である。六甲山中の登山の描写も秀逸であり、山登りの魅力も十分書き尽くされている。

それと比べて、『サンショウウオの四十九日』(朝比奈秋著、新潮社)は純文学の王道を突き詰めようとする、実験的な作品である。

主人公の姉妹は結合双生児で、ちょうど身体の中心で半分を分け合っている。例えば、表情は左右で異なっており、それぞれ別の意識や思考を持ちつつも、互いにそれを共有しているという設定で、ときに姉か妹、いずれかの性格が表に出る。この姉妹の日常を通じて物語は進んでいくが、彼女らの父親もまた、「胎児内胎児」という特異な形質をもっている。医師である著者ならではの着想であり、われわれに問いかけて来るものは何かと考えさせられるのが、本作の読みどころだ。

同作を1番に推した選考委員の川上弘美氏は、「意識は二人分あるが体は一つ、という設定の結合双生児、『瞬』と『杏』という二人を描いたこの小説は、『自己とは何か』ということを、読者にたくさん考えさせてくれます」と評している。

本屋大賞には青春エンタメ小説

本屋大賞に選ばれたのは、『成瀬は天下を取りにいく』(宮島未奈、新潮社)。同賞は、全国の書店員がぜひ売りたいとお薦めする本に与えられるものだけに、広く一般向けに楽しめる作品が選ばれる。その趣旨にたがうことなく、本作は中学から高校に進み、大学受験に励む女子の爽快な青春を描いたエンタメ小説に仕上がっている。

主人公の成瀬は、ずば抜けて成績優秀だが、ちょっと変わった女の子で、周囲の好奇の目も気にせず我が道を進んでいく姿が読者の共感を呼ぶ。著者は本作の舞台となった滋賀県大津市在住。主人公の強烈な魅力あふれる人物造形もさることながら、ローカル色豊かな物語であることもベストセラーになった理由ではないだろうか。

閉店される西武大津店、琵琶湖の観光船「ミシガン」、地元資本のスーパー「平和堂」、江州音頭がメインイベントの「ときめき夏祭り」などなど、これらは実在するが、地方ならではの温もりにあふれている。

続編の『成瀬は信じた道をいく』もベストセラー街道をまい進中だ。

手だれのハードボイルド作家による快作

優れた大衆小説に授与される吉川英治文学賞には『悪逆』(黒川博行著、朝日新聞出版)が選ばれた。大阪在住の著者は、2014年、大阪の暴力団の生業(なりわい)を活写した「疫病神シリーズ」の5冊目にあたる『破門』で直木賞、20年に日本ミステリー文学大賞を受賞しているが、裏社会の人間を描かせたら天下一品である。数々の著作物は、エンタメ色豊かなハードボイルドでありながら、関西弁で進行する物語にはユーモアが溢れ、テレビや映画で映像化された作品も多い。

そんな手だれの著者の受賞作は、大阪府警捜査1課の若手刑事と所轄のベテラン刑事のコンビが、連続して起こる凶悪な殺人事件の犯人を追い詰めていくという筋立てである。

物語は広告代理店経営者が殺害される場面から始まる。この経営者は弁護士事務所と手を組んで、消費者金融の過払い金請求で詐欺を働いていた。殺人犯は証拠を一切残さず、捜査は早くも暗礁に乗り上げる。

そこへマルチ商法の代表者、麻薬密売に手を染める新興宗教の宗務総長が殺されていく。巧妙な手口の犯人を追いかける刑事コンビの絶妙なかけあいと、悪党を次々と手にかけていく犯人の2つの視点で進行する物語はスピーディーで、読者をグイグイと引っ張っていく。最後まで結末が分からず、長編でありながら一気読みは必至。ミステリーファンなら掛け値なしに堪能できる作品だ。

日本推理作家協会賞には『地雷グリコ』(青崎有吾著、KADOKAWA)、『不夜島(ナイトランド)』(荻堂顕著、祥伝社)の2作が選ばれた。この賞を受賞して飛躍していったミステリー作家は多い。ここでは連作短編の『地雷グリコ』を紹介しておきたい。同作は、先の直木賞候補5作の中にも選ばれており、その面白さはお墨付きといえるだろう。

全編を通しての主人公となる女子高生は勝負事にめっぽう強く、学園内で対戦相手に挑まれた頭脳ゲームに次々と挑んでいく。表題作の『地雷グリコ』は、対戦相手とじゃんけんをしながら勝ち負けで階段を上り下りするが、どこかに地雷が仕掛けられているというもの。彼女は奇想天外なゲームをどうやって切り抜けたか。著者が考案したそれぞれのゲームを登場人物と一緒になって読者も考えていく趣向が、本作の醍醐味といえるだろう。

ネタバレになるので粗筋を詳しくは紹介できないが、日本推理作家協会賞の選考委員・葉真中顕氏は「強く推した。魅力的なゲームをつるべ打ちしているだけではなく、読者を日常から非日常へ誘う構成に舌を巻いた。また背景にある主人公たちの友情物語は、青春小説として優れている」と絶賛するのであった。

南海トラフの虚構を暴く

その年の優れたノンフィクション作品に授与される新潮ドキュメント賞には、『南海トラフ地震の真実』(小沢慧一=おざわけいいち=、東京新聞)が選ばれた。今夏に警報が発せられた南海トラフ地震について、その確率の虚構を暴く労作である。

新潮ドキュメント賞に選ばれた『南海トラフ地震の真実』
新潮ドキュメント賞に選ばれた『南海トラフ地震の真実』

本作は、個人的には最も推薦したいノンフィクションだ。2024年8月8日、気象庁は南海トラフ地震臨時情報(巨大地震注意)を発表。地震発生の可能性が相対的に高まっているとして、1週間は警戒するよう呼びかけたことは記憶に生々しく残っているだろう。

長年にわたって政府は、南海トラフ(静岡県から九州沖)でマグニチュード8~9級の巨大地震が「30年以内に70~80%の確率」で発生する可能性があると警告し続けてきた。本作は、その確率が全く根拠のない虚構の数字であることを、地震学者や関連する政府委員会の議事録の入手など、丹念な取材によって明らかにした。

確率の根拠は、江戸時代の不確かな測量による数字だけに基づいている。多くの地震学者から「科学的に疑義がある」と指摘されるも、確率を下げると「防災予算の獲得に影響がある」との政府の思惑から、批判の声は封じられてしまうのだ。

著者は1985年生まれ。2011年中日新聞(東京新聞)入社。東京社会部司法担当を経て同部科学班在籍。20年に連載した「南海トラフ80%の内幕」で科学ジャーナリスト賞を受賞。「第71回菊池寛賞」も受賞している。

最後に出版取次ぎ大手の日本出版販売による今年の年間ベストセラー(単行本フィクション部門)を紹介しておきたい。1位『変な家2 ~11の間取り図~』(雨穴著・飛鳥新社)、2位『成瀬は天下を取りにいく』(宮島未奈著・新潮社、本屋大賞受賞作)、3位『変な家』(雨穴著・飛鳥新社、昨年も1位)、4位『変な絵』(雨穴著・双葉社、昨年も2位)、5位『成瀬は信じた道をいく』(宮島未奈著・新潮社、成瀬の続編)、6位『続 窓ぎわのトットちゃん』(黒柳徹子著・講談社)だった。

2024年の主な文学賞一覧

【芥川賞】

(2023年下半期)

(2024年上半期)

  • 『バリ山行』松永K三蔵 講談社
  • 『サンショウウオの四十九日』朝比奈秋 新潮社

【直木賞】

(2023年下半期)

  • 『ともぐい』河秋子 新潮社
  • 『八月の御所グラウンド』万城目学 文藝春秋

(2024年上半期)

  • 『ツミデミック』一穂ミチ 光文社

【本屋大賞】

【山本周五郎賞】

  • 『地雷グリコ』青崎有吾 KADOKAWA

【三島由紀夫賞】

  • 『みどりいせき』大田ステファニー歓人 集英社

【大宅壮一ノンフィクション賞】

  • 『鬼の筆 戦後最大の脚本家・橋本忍の栄光と挫折』春日太一 文藝春秋

【吉川英治文学賞】

  • 『悪行』黒川博行 朝日新聞出版

【日本推理作家協会賞】

  • 『地雷グリコ』青崎有吾 KADOKAWA
  • 『不夜城(ナイトランド)』荻堂顕 祥伝社

【新潮ドキュメント賞】

  • 『南海トラフ地震の真実』小沢慧一 東京新聞

バナー写真:2024年の芥川賞、直木賞、本屋大賞に選ばれた4作

書評 本・書籍 芥川賞 直木賞 本屋大賞