【書評】生きた化石の最前線を追う:柳澤静磨著『愛しのゴキブリ探訪記』
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「大嫌い」から“ゴキブリスト”に
静岡県西部、磐田市の遠州灘に近いところに「磐田市竜洋昆虫自然観察公園」がある。昆虫館と野外公園が併設されている施設だ。1995年東京都八王子市生まれの著者、柳澤静磨(やなぎさわ・しずま)氏はこの施設の職員で、新進気鋭のゴキブリ研究者である。
「今年1月に南米フランス領ギアナに行き、非常に奇麗なオーロラゴキブリと会ってきました」。柳澤氏は同園でこう話す。水色っぽい体色で縁(へり)に黄色の線が入っているオーロラゴキブリは現在、期間限定で展示されている。日本での公開は初めてという。
本書によると、著者は昆虫が大好きだったが、ゴキブリは「汚くて黒い虫」のイメージがあり、「大嫌いだった」。ところが、同園の昆虫採集の出張で2017年3月、沖縄県の西表島に初めて赴き、ダンゴムシのように丸くなる習性があるヒメマルゴキブリと出会う。これをきっかけに「ゴキブリという生き物の魅力にハマってしまった」のだ。
ゴキブリは「じつはとても多様な生き物で、鮮やかな緑色の種もいれば、カブトムシのようにゆったりとした動きの種もいる」。著者は国内外で精力的にゴキブリ探しを続けている。日本産64種中、これまでに4種の新種を発見した。海外でも台湾、マレーシア、タイ産の3新種を見つけて発表した。今や、自らを“ゴキブリスト”と称している。
西表島から国内各地に足を延ばす
本書は「憧れのゴキブリを求める旅」の記録である。その発端となった西表島は日本産ゴキブリの半数に当たる32種が生息している“ゴキブリ天国”だ。著者は2021年5月に西表島を再訪し、大型のアカズミゴキブリという新種を発見している。
国内では沖縄県の石垣島、与那国島、宮古島、鹿児島県の徳之島、奄美大島、そして四国などにも足を延ばした。
著者の出身地、八王子市にある高尾山(標高599メートル)は登山客数が年間300万人と世界一を誇る。子どものころから通った「マイフィールド」だが、新たな発見もあった。実家に帰省した2018年夏、高尾山でそれまで見たことがなかった上品で美しいヤマトゴキブリに遭遇したのだ。
マレーシア、豪州などへ海外遠征
海外篇「外国のゴキブリ探訪記」は冒険譚のようで読み応えがある。著者がゴキブリを追い続けて、かれこれ5年が経った遠征先は東南アジアのシンガポール経由で入国したマレーシアだ。著者にとっては初めての海外旅行でもあった。
生き物が好きな友人2人を誘っての3人組での道中は、まさに山あり谷あり。夜行性のヤミスズメバチ、吸血するヒル、サソリなどに悩まされながらも、巨大なマレーゴキブリ(別名ジャイアントローチ)などを観察することができたという。著者はマレーシア遠征の成果をこう綴っている。
今回だけで、なんと六〇種を超えるゴキブリに出会えた。たった十日やそこらで、日本産全種に匹敵する種数を観察できたことになる。
2023年3月には「長年の夢であったオーストラリアを訪れた」。豪州遠征には海外での昆虫観察の経験がある友人が同行した。まるで鎧(よろい)を着たようなヨロイモグラゴキブリも見つけ出した。地下に穴を掘って生活するゴキブリで、その重量は30グラム以上で、世界で最も重いゴキブリといわれる。日本の台所などに出没するクロゴキブリは2グラムほどしかない。
豪州では最悪の場合、死に至る病気を媒介するダニにも噛まれた。しかし、小型のユーカリゴキブリ属、光り輝くゴウシュウゴキブリ属など「二〇種ちょっとのゴキブリと出会うことができた」という。
ゴキブリ展で「GKB48総選挙」も
磐田市竜洋昆虫自然観察公園では毎年、著者が中心となってゴキブリ展を開催している。7回目の2024年は2月3日から3月31日までで、同時に「GKB48総選挙」と題したゴキブリの人気投票が行われている。
著者のゴキブリ愛は半端ではない。一部のゴキブリは古来、漢方薬としても利用されてきたが、著者自身もその漢方薬づくりに挑戦したほどだ。ゴキブリ全般の魅力については次のように記述している。
人間との距離が近く、文化的にも興味深い。そもそも、なぜゴキブリは嫌われるのだろうか?彼らとの毎日は興味と謎が湧き出て止まらない冒険をしているようだ。ゴキブリはおもしろい。これが、私がゴキブリを追う理由だ。
ゴキブリを探しに移動した距離は「約十万キロ、地球二周分以上」に達した。しかし、4600種以上といわれるゴキブリの「十分の一も見たことがない」。著者のゴキブリ探訪の旅はまだまだ続く。