2023年の主な文学賞:年末年始の読書にお薦め、時代小説からミステリー、話題作まで

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年末年始、読書を楽しみたい方へ。何を読むべきかお悩みなら、今年の各文学賞を受賞した作品を参考にしてみてはいかがだろうか。名だたる賞を射止めただけに、いずれも力作揃いであることはお墨付きである。

直木賞は時代小説2作

直木賞は時代小説2作が同時受賞となった。『極楽征夷大将軍』の著者、垣根涼介は1966年生まれ。30代半ばに作家デビューし、2004年に日本推理作家協会賞を受賞するなど、主にミステリー系の現代小説を書いていた。13年の『光秀の定理』から時代小説に軸足を移し、16年の『室町無頼』で応仁の乱を題材に室町時代を描き、「本屋が選ぶ時代小説大賞」を受賞。本作で念願の直木賞受賞となった。

物語は、足利尊氏が北条家を倒し、後醍醐天皇との権力闘争を経て室町幕府を興し、初代将軍となるまでを迫力満点の筆致で描いたもの。本作の特徴は、尊氏が志に欠ける人物として描かれている点だ。野心に満ちた弟の直義と足利家の重臣・高師直(こうのもろなお)に支えられ、幕府が成立したとする解釈が本作のミソである。

『木挽町のあだ討ち』は、山本周五郎賞とダブル受賞した作品で、下馬評でも評価が高かった。著者の永井紗耶子は1977年生まれ。2010年『絡操り心中』で作家デビュー、これまで「本屋が選ぶ時代小説大賞」「新田次郎文学賞」の受賞歴があり、直木賞候補に何度も挙がっていた時代小説の分野で注目される書き手である。

受賞作は、江戸後期の文化・文政時代が舞台となる。物語は、芝居小屋の若衆・菊之助が父親の仇(かたき)を見事討ち果たし、人々から賞賛される。その2年後、菊之助の縁者が芝居小屋の関係者から事の顛末(てんまつ)を聞いて回るが、そこで仇討ちの意外な真相が明らかになる。「江戸市井ものにミステリーの技法を持ち込むことで、江戸人情小説の新たな可能性を示した」というのが選考委員のひとり、作家の宮部みゆきの選評である

「障害者の立場から社会の欺瞞を批評」、話題の芥川賞作品

芥川賞を受賞した『ハンチバック』の著者、市川沙央は1979年生まれ。乳幼児の頃から筋力低下に見舞われ、のちに難病の「先天性ミオパチー」と診断され、14歳から人工呼吸器を使う。39歳の時に早稲田大学人間科学部eスクール人間環境学科に入学。そのかたわら本格的な執筆活動に入る。

受賞作は私小説を思わせる。主人公は、生まれつき背骨が曲がる重度の障害者で、人工呼吸器が欠かせないが、オンラインで通信教育を受けるかたわら、女性向けの官能小説をネットに投稿している。夢は高級娼婦になること。コロナ禍のある日、入浴介護で男性ヘルパーが来たことから、衝撃的な物語が進んでいく。

本作を「高く評価した」とする選考委員の一人、作家の平野啓一郎は「障害者の立場から社会の欺瞞を批評し、解体して、再構成を促すような挑発に満ちている。文体には知的な重層性があり、表現もよく練られていた」として、「本書が突きつける問いの気魄は、読者に安易な返答を許さない」とコメントしている。

(右から)芥川賞の市川沙央さん、直木賞の垣根涼介さん、永井紗耶子さん=2023年7月19日午後、都内(時事)
(右から)芥川賞の市川沙央さん、直木賞の垣根涼介さん、永井紗耶子さん=2023年7月19日午後、都内(時事)

社会問題に切り込んだ2作

本屋大賞を受賞したのは汝、星のごとく。著者の凪良ゆうは2020年の『流浪の月』に続き、本作で2回目の受賞となるので、その力量は折り紙つき。1973年生まれの著者は、2007年に男性同士の恋愛を描いた作品で作家デビュー、主に「ボーイズラブ」の分野を書き続け、テレビドラマ化された人気シリーズもあるが、のちに一般向けの文芸作品を幅広く手掛けるようになった。

本作は、瀬戸内海の島が舞台となり、17歳の地元の女子高生・暁美(あきみ)と転校してきた男子高校生・櫂(かい)の出会いから物語が始まる。複雑な家庭環境にある二人は互いに惹かれ合うが、高校卒業後、それぞれの道を歩み、遠距離恋愛となる。「ヤングケアラー」「毒親」といった現代社会の問題も取り込み、挫折とすれ違いを男女両方の視点から描いた切ない物語である。

吉川英治文学賞を受賞した『燕は戻ってこない』。著者の桐野夏生は、直木賞の選考委員を務め、いまや文壇の重鎮といえる作家である。1998年、日本推理作家協会賞を受賞した『OUT』で一躍脚光を浴び、その後も社会問題を取り込んだ話題作を出し続け、直木賞をはじめ数々の賞を総なめしてきた。同賞の受賞は、作家活動の集大成ともいえるだろう。

本作もまた、代理出産を題材にして、生殖医療ビジネスの倫理を問う問題作である。北海道で介護職をしていた29歳の「リキ」は、東京に憧れ上京、病院事務の仕事に就くが、非正規雇用のために疲弊していく。貧困に苦しむリキは、同僚から高額のアルバイトになるともちかけられ、「代理母出産」を手掛けるクリニックを訪れる。代理出産を望んでいるのは、自分の遺伝子を遺したいと願うバレエ界の著名なダンサーと、その妻だった。

生殖医療によってそれぞれの人生はどう変わっていくのか。テーマは深刻だが、名手・桐野の手にかかれば、一気読みは必至の物語性豊かな、興味深い作品に仕上がっている。

国家の闇を描くノンフィクション

日本推理作家協会賞を受賞して飛躍していったミステリー作家は多い。今年は2作の受賞となったが、ここでは『夜の道標』を紹介しておきたい。貧困、児童虐待、発達障害といった今日的な問題を取り込みながら、ミステリーとしてのエンタメ性から外れることなく、最後まで読者の興味を惹きつけ読ませる。著者は1984年生まれの芦沢央。千葉大学文学部卒。出版社勤務を経て、2012年に作家デビューした。

1996年、横浜市で人格者と評判の高い塾経営者が殺害された。それから2年経ったが、未解決である。神奈川県警の刑事・平良は、指名手配された被疑者・阿久津を追っている。阿久津は経営者の元教え子でもあったが、彼は中学時代の同級生だった女性・豊子にかくまわれていた。彼は半地下室で息を潜めながら、たまたま出会った小学6年生の波留に食事を与えていた。波留は父親から虐待を受け、いつも腹を空かせていた。登場人物はそれぞれに人生の重荷を背負っている。彼らが抱えた事情と事件の真相解明が本作の読みどころ。

大宅壮一ノンフィクション賞を受賞した『黒い海 船は突然、深海に消えた』は、国家の闇について深く考えさせられる作品。著者の伊澤理江は1979年生まれ。英国の大学院でジャーナリズムを学んだ後、英国の新聞社などを経てフリージャーナリストになった。これまで主にウエブメディアで時事問題のルポを書いてきた。本作は初の著作となる。

2008年6月、千葉県犬吠埼の沖合で、巻き網漁船「第58寿和丸」が沈没し、17人が亡くなった。国の調査報告は、高波と乗組員の過失が原因としたが、船会社や生存者は納得していなかった。潜水艦との衝突という疑惑が浮上する。本書は、100人近い関係者を丹念に取材し、事故の真相に迫った労作である。

受賞に際し、著者は以下のコメントを発表している。

「真実が『組織の論理』に覆い隠されることのないよう、第五十八寿和丸沈没事故の記録を残さねばならないと思いました。この受賞によって、絶望のなかを必死で生きる登場人物たちに光が当たり、不条理に苦しむ他の多くの人々の希望となることを願っています」

今年の年間ベストセラー

最後に出版取次ぎ大手の日本出版販売による今年の年間ベストセラー(単行本フィクション部門)を紹介しておきたい。1位『変な家』(雨穴著・飛鳥新社)、2位『変な絵』(雨穴著・双葉社)、3位『街とその不確かな壁』(村上春樹著・新潮社)、4位『汝、星のごとく』(凪良ゆう著・講談社)、5位『魔女と過ごした七日間』(東野圭吾著・KADOKAWA)だった。

2023年の主な文学賞一覧

【芥川賞】(2023年上半期)

芥川龍之介の業績を記念して1935年に菊池寛が創設。「純文学の新人賞」

  • 『ハンチバック』市川沙央 文藝春秋

【直木賞】(2023年上半期)

直木三十五の業績を記念して1935年に菊池寛が創設。実績ある作家のその年の話題作に授与

  • 『極楽征夷大将軍』垣根涼介 文藝春秋
  • 『木挽町のあだ討ち』永井紗耶子 新潮社

【本屋大賞】

2004年スタート。全国の書店員が投票で選ぶ「薦めたい本」

  • 『汝、星のごとく』凪良ゆう 講談社

【山本周五郎賞】

1988年創設。「優れた物語性のある小説」に授与

  • 『木挽町のあだ討ち』永井紗耶子 新潮社

【三島由紀夫賞】

1987年創設。「文学の前途を切り開く新鋭の作品」に授与

  • 『植物少女』朝比奈秋 朝日新聞出版

【大宅壮一ノンフィクション賞】

1970年創設。優れたノンフィクション作品に授与

  • 『黒い海 船は突然、深海へ消えた』伊澤理江 講談社

【吉川英治文学賞】

1967年創設。優れた大衆小説に授与

  • 『燕は戻ってこない』桐野夏生 集英社

【日本推理作家協会賞】

前身の探偵作家クラブが1948年創設。優れた推理小説に授与

  • 『夜の道標』芦沢央 中央公論新社
  • 『君のクイズ』小川哲 朝日新聞出版

バナー写真:2023年の芥川賞、直木賞、本屋大賞、山本周五郎賞を受賞した4作品。

書評 本・書籍 芥川賞 直木賞 三島由紀夫 ノンフィクション 江戸川乱歩 本屋大賞