【書評】皇統の永続を願う大著:所功著『天皇の歴史と法制を見直す』
Books 皇室 歴史- English
- 日本語
- 简体字
- 繁體字
- Français
- Español
- العربية
- Русский
神話と歴史をつなぐ神武天皇
本書の前篇は、神話から始まり初代の神武天皇から現陛下までの皇位継承と、その間に形成された宮中を描く「歴代天皇の継承と宮廷文化」、後篇が明治の皇室典範から始まる皇室制度を論述した「近現代の法制度に見る天皇」となっている。
海外の神話では太陽を男神とする例が多い。しかし、日本では縄文・弥生時代からの女性=母性尊重の信仰を持ち続け、皇祖神とされる天照大御神を太陽のように偉大な女神=母神としている特徴がみられる。神話から歴史へのつなぎ役となる神武天皇は、弥生中期(1世紀初め前後)にそれまで勢力を広げていた九州(日向国=宮崎県あたり)から瀬戸内海を経て畿内(大和国)へ東征したらしい。
126代の歴代天皇の中に10代8人の女性天皇(古くからの法制用語では『女帝』)がいた。8代の女帝が集中した飛鳥・奈良時代(ほぼ7~8世紀)は、当時の政治も文化も女帝を除いては成り立たない。初の女帝、33代推古天皇(593年即位)は在位37年間の長きにわたる。甥(おい)の聖徳太子(皇太子)を摂政にして、遣隋使派遣、冠位十二階の制定などを行った。
臣下を天皇にしてはならない
その後、女帝の中に重祚(ちょうそ=退位した天皇が再び天皇になること)する女帝が二人いたが、他国では例をみない。その一人の孝謙天皇(即位749年)、後の称徳天皇(同764年)が寵愛(ちょうあい)する僧、道鏡をめぐり、「道鏡を皇位につかせれば天下太平になる」という宇佐八幡宮の神託(お告げ)で大騒動になった。
天皇から宇佐に派遣された和気清麻呂は、「わが国では古来、『君臣の分』(君主と臣下の分別)が定まっており、皇位には必ず皇族身分にある継承者をたてよ」と、正反対の神託を受ける。天皇に仕える臣下を、天皇とすることは絶対にしてはならない、ということだ。翌年に天皇が亡くなり、道鏡は流されて騒動は収まった。
武家社会に入っても有力武将が自ら天皇になることはなかった。「それは代々の天皇が皇統子孫としての伝統的な権威だけでなく、国風の王朝文化を体得し表現する至高の教養人としての信望を兼ね備えておられたからだ」と著者は述べる。
明治までなかった男系継承の規定
天皇(皇室)は代々の慣習法と時々の現実的な判断により継続されてきた。しかし、明治維新により欧米を手本とする近代化を目指した日本では、天皇(皇室)も法で詳しく規定されることになった。それまでは天皇の権限や言動を具体的に制約するような条文はなかったのだ。
新法の制定作業は明治前半に十数年かけて進められた。当初は一体として起草されたものが、「皇室典範」と「大日本帝国憲法」の二つに分けて、1889年(明治22年)に勅定(ちょくじょう=天皇が自ら定める)された。「皇国」日本の二大根本法である。
「帝国憲法は天皇を元首とする大日本帝国の“国務法”、それに対し皇室典範は天皇を家長とする皇室(帝室)の家法であり“宮務法”と称される」
明治の皇室典範の制定過程で、今日と同様の女帝、女系天皇(母方に天皇家の血筋を持つ天皇)を認めるかの論争が展開された。草案には「もし皇族中の男系絶える時は、皇族中の女系をもって継承す」などの条文もあった。しかし、当時の官民の識者たちに女帝、女系を認める意見が少なく、伊藤博文(後に初代総理大臣)や井上毅(後に法制局長官)らの反対で消え去り、男系男子の皇位継承が決まる。
しかし、学者である著者は注目すべき記述を続ける。
「あらためて歴史を振り返りますと、皇位の継承者を男系の男子に限る(女系を除く)というような議論も明文も、明治の初めまでほとんどありません」
また、著者は皇位継承を決めるうえで大切なのは前述の和気清麻呂が受けた神託であり、君臣の分を重んじて、皇位継承者は「皇族の身分にある者でなければならない。だが、それを『男系の男子』に限るわけではない」と述べている。
悠仁さま誕生後も皇位継承論議を続けるべきだ
秋篠宮家の長男、悠仁さまが2006年に誕生されてからのことをこう書いている。
「次世代の皇位継承者が得られたのだから、もはや典範の改正の必要はないとか、議論もすべきでないという雰囲気になりました。ただ私自身は、前年までの切羽詰まった状況でなく、むしろ落ち着いて考える余裕ができたのですから、議論を続けるべきだと主張してきましたが、何の進展もなくーー」
そして、「私の結論」として、「歴史と現実を直視することにより、今後の皇位継承は男系の男子に限定せず、男系女子にも母系男女にも公認してよいが、男子皇族がおられたら優先的に継ぎうるようにする案」を提示。そして、「今後も状況の変化を踏まえて再修正を加えながら、皇位の永続をはかってほしいと願う」と述べている。
今日の男系派と女系派との対立・分断を避けるため、両派を納得させようとする「皇室研究の重鎮」の英知が感じられる。本作の書名の後半は「(天皇)法制を見直す」となっているが、それに込められた著者の熱き思いも伝わってくる。