
【書評】『傷だらけの天使』から『相棒』まで、俳優人生を振り返る:水谷豊・松田美智子著『水谷豊自伝』
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親友・松田優作との出会い
「果たして本になったところで手に取って楽しんでくれる人はいるのだろうか?」と水谷本人は「あとがき」で述べているが、出色の自伝になっていると言えるだろう。本書は、ノンフィクション作家の松田美智子氏のロングインタビューに答える形でまとめられたものだ。彼女は俳優・松田優作の元妻で、水谷が20代の頃からの旧知の間柄。その気安さから、水谷は自らの半生を飾ることなく真摯(しんし)に打ち明けており興味深い。
水谷の芸歴は古い。1952年北海道の芦別市で4人兄姉の末っ子として生まれ、工事現場で働く父の仕事の関係で東京都立川市に転居後、12歳のときに『劇団ひまわり』に入り、『マグマ大使』で子役デビューしたのが始まりだ。初主演作は手塚治虫原作の『バンパイヤ』(68~69年)。
ところが、「どうもこの世界は違う、芸能は自分が進む道じゃない」と思い、大学受験するも失敗。家出も経験したが、浪人となって仕方なく「アルバイト感覚」で役者稼業を続けていたという。
水谷が松田優作と出会ったのは、優作が『太陽にほえろ!』でジーパン刑事を演じ、水谷が単発でゲスト出演したときだ。ふたりはたちまち意気投合し、親友となる。このとき優作は23歳で水谷が20歳。優作は酒豪だが、酒を飲めない水谷はコーヒーを何杯もおかわりしながら、ときには夜通し語り明かしたという。
「ある日、優作ちゃんが『豊、美味しいコーヒーを淹れてやるよ』と言って出してくれたのが、インスタントコーヒーだったんですよ」「『このミルクと砂糖のバランスがな、大事なんだ。凄く美味いだろ』と聞かれたけど、いやもう『美味しい』と答えるしかないよね(笑)」
本書で水谷は、松田優作(89年没、享年40)が急逝する直前までの二人のやりとりを初めて明かしており、その秘話は切なく、また物悲しい。
「豊、背中を流してくれ」
水谷の出世作は、探偵事務所の調査員役・萩原健一の弟分として不良役を演じた『傷だらけの天使』(74~75年)である。萩原との交友録も面白い。すべての撮影が終了し、打ち上げパーティの前に水谷は萩原から銭湯に誘われた。
「サウナに入ったあと『豊、背中を流してくれ』と言われて流したら、今度は萩原さんが僕の背中を流してくれてね。当時の僕たちは若くて、言葉を使うよりは、背中を流し合うことの方が、気持ちを通わせることができたんですよ」
このときに共演した岸田森(水谷は「人生で大きな影響を受けた人」と語っている)、NHKの『男たちの旅路』(76~79年)の鶴田浩二、桃井かおり、TBS系の『赤い激流』(77年)の宇津井健など共演者とのエピソードも豊富で興味津々。
次いで水谷は、純朴な熱血教師役を演じた『熱中時代』(78~79年、80年~81年)で高視聴率を稼ぎ、爆発的人気を得たのである。本書では、その間の米国女性との結婚・離婚、キャンディーズの伊藤蘭との再婚の経緯も包み隠さず明かしており、これも初めてということになるだろう。
『相棒』杉下右京の人物造形
そして、彼が俳優としての地位を不動のものとしたのが『相棒』である。同作は2000年に始まり、22年10月よりシーズン21を迎えている。安定した視聴率を稼ぐ人気シリーズだ。
1999年に撮影が始まったとき、水谷は47歳。届いた脚本を見て、「刑事物としてこんな本もあるのかと驚いたし、とにかく面白かった」と語っている。主人公の杉下右京は、キャリア官僚でありながら警視庁特命係という窓際部署に留めおかれ、捜査の現場で難事件を解決していく。水谷は、これまでとは一転してクールなインテリ役を演じる。その人物造形について彼はこう話す。
「『あの人、ちょっと嫌味な人ね』とか『冷たい感じ』とか、あまり人に好かれないタイプにしようと決めました。むしろ嫌われるキャラクターを意識的に創った。なぜ、彼がそんなふうになったのかは、時間をかけて分かってもらえればいいと」
スタッフとは「大人がテレビを観なくなったと言われていた時代なので、大人を振り向かせるドラマを作ろうと話し合いました。(略)エンターテインメントでありつつ、社会性も備えた作品を」と語る水谷。本書の大半は『相棒』にまつわる記述でまとめられており、話題になった回の作品について水谷がその意図と制作の裏話を披露する。
相棒役は、初代の亀山薫役の寺脇康文から、及川光博、成宮寛貴、反町隆史と交代し、そして再び寺脇の登板となる。むろん彼らをはじめ共演者のエピソードも満載。『相棒』ファンにとっては必読の書といえる。
さらに水谷は、演者としてだけでなく、自らも監督として映画作品を撮っている。彼は本書で、俳優という職業、演技や作品というものについて、自らの考えを縦横無尽に語っており、それは同時に彼の人となりもさらけ出すことになる。本書を読むと、水谷豊という俳優の確固とした存在が伝わってくる。