【書評】“通説”を覆す実証的な「明治維新論」:町田明広編『幕末維新史への招待』

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2023年は「明治155年」に当たる。1世紀半前の明治維新は日本が国際社会にデビューした歴史的転換期だった。本書は幕末維新史の実証的な最新研究の成果をわかりやすく集大成したものだ。「英雄偏重史観」とは異なる面白さがある。

「史実は小説より奇なり」なのか

国民作家といわれた司馬遼太郎(1923~96年)は今年、生誕100周年。『竜馬がゆく』、『坂の上の雲』など歴史小説の代表作は坂本龍馬ら実在した人物を主人公に、ほぼ史実に基づいて書かれている。とはいえ「創作された歴史」である。“司馬史観”と評される所以(ゆえん)だ。

各種の歴史小説や映画、テレビドラマなどで作られた人物像やストーリーが独り歩きし、やがて「通説」になってしまうことがある。本書の編者、町田明広・神田外語大学教授(日本研究所所長/学長補佐)は刊行の狙いをこう綴る。

「時代を変えた英雄たち」という視点ではなく、朝廷・幕府などの諸勢力や当時の社会状況について、総合的な観点からこの時代を描き出すことに重点を置いている。

総勢22人の執筆陣は大学教授ら「進取の気性に富む歴史家」だ。ベテラン、中堅の研究者たちが集結しているが、全体の3分の1以上の著者は1980年以降生まれの「ミレニアル世代」が占めている。

本書では「鎖国」、「薩長同盟」、「大政奉還」などをキーワードに、人口に膾炙(かいしゃ)している歴史解釈や高校の歴史教科書の記述が新史料などで次々に覆される。その様は痛快でさえある。そもそも「史実は小説より奇なり」なのかもしれない。

(左)町田明広・神田外語大学教授、(右)幕末史研究会で「朔平(さくへい)門外の変160年-姉小路公知(あねがこうじ・きんさと)暗殺の実相と歴史的意義」と題して講演する町田教授(2023年6月24日、都内の新宿歴史博物館)=評者撮影
(左)町田明広・神田外語大学教授、(右)幕末史研究会で「朔平(さくへい)門外の変160年-姉小路公知(あねがこうじ・きんさと)暗殺の実相と歴史的意義」と題して講演する町田教授(2023年6月24日、都内の新宿歴史博物館)=評者撮影

「御一新」はやはり“革命”だった

「明治維新」という歴史的概念は初めからあったわけではない。当時の人たちは「御一新(ごいっしん)」という言葉を使っていたという。明治維新をめぐっては「革命ではない」、「無血革命であった」との見方やマルクス主義史観も絡んだ論争が長い間続いてきた。

本書の終章「明治維新の評価」を執筆した清水唯一朗・慶應義塾大学教授は最新事情を次のように解説している。

新しい議論は、積み重ねられた実証研究の成果から明治維新の革新性に焦点をあて、それは社会秩序や統治体系を大きく変化させた革命(Revolution)であると論じる。

清水教授はグローバルヒストリーの隆盛は世界的傾向であり、明治維新にも諸外国から関心が寄せられていると指摘。海外研究者の一人として、日本の近現代史が専門の米ウェイクフォレスト大学のロバート・ヘリヤ―教授を挙げている。

ヘリヤー教授は自著『海を越えたジャパン・ティー』(村山美雪訳)で、明治新政府と旧幕府勢力による戊辰戦争(1868~69年)の終結に当たって横浜駐在のアメリカの新聞記者が「これまでのところ革命は成功している」とニューヨーク・ヘラルド紙(69年7月28日)で特報したことを取り上げている。外国の一次史料でも、明治維新は「革命」と受け取られていたようだ。

幕末日本も列強の覇権争いの舞台

世界史の文脈で分析しているのも本書の特徴だ。アヘン戦争(1840~42年)を経て巨大市場・中国の権益を得た大英帝国、極東を狙うロシア帝国、日本に開国を迫った米国など欧米列強は「アジアにおける覇権争いのなかで、日本の領土もその対象」としていた。

一般的には「ペリー来航以降の日本において欧米列強による植民地化の危機は低かった」との説が流布されている。これに対し、田口由香・長崎大学准教授は本書10章で、ロシア軍艦による1861年の対馬占拠事件(ポサドニック号事件)、英国が64年に立案したとされる「対日戦争計画」などを列挙している。英国が「対馬を占拠するロシアに撤退を要求した」経緯もつまびらかにし、欧米列強による植民地化の「危険性はあった」と結論づけている。

現在のウクライナ南部クリミア半島を主戦場としたクリミア戦争(1853~56年)で英国など4カ国連合はロシアを破った。ロシアはアジア進出に動く。英国とロシアは19世紀から20世紀初頭、中央アジアで激しく覇権を争う「グレート・ゲーム」を繰り広げた。極東の日本も幕末維新期、その舞台となったのである。

明治維新を海外の視点で再評価

戊辰戦争は、約260年間続いた徳川幕府から天皇をいただく明治新政府への政権交代を決定づけた。明治維新は内なる「革命」であると同時に、新生日本が世界に登場した歴史的節目でもあった。

本書17章で、宮間純一・中央大学教授は「戊辰戦争は、欧米列強が注視するなかで展開した」ため、諸外国にも関係資料が多く残されているとして「国際的な視点で再評価しようとする試みが現れている」と歴史学界の新潮流を紹介している。

本書とは離れるが、世界的な経営学者だった故ピーター・ドラッカーも明治維新を称賛していた。今年5月30日発行の小島明著『教養としてのドラッカー 「知の巨人」の思索の軌跡』によると、ドラッカーは「明治維新は大戦争も大虐殺もなく、かつ社会のアイデンティティも失わず短期間で根本的な改革を成し遂げた近代史における偉業だ」との言葉を残した。

明治維新に関する歴史は何度も書き換えられてきた。清水教授は本書で「ロシアのウクライナ進攻に端を発する国際情勢の変化は、明治維新の意義をさらに変えていくかもしれない」と指摘、幕末維新の解釈は内外情勢にも左右されると見通している。

本書は、一次史料によって厳密に史実を把握・確定する実証研究の手法で明治維新についての通念を打破した入門書として大いに評価できよう。一方で、編著者らは「過度な実証主義に陥っている」、「研究が細分化した」、「大きな物語が失われている」などと自覚してもいる。歴史の全体像を俯瞰(ふかん)できるような新著の出版を期待したい。

【明治維新をめぐるグローバル史】

1840(天保11)年 アヘン戦争(~1842年)
1841(天保12)年 幕府、天保の改革に着手
1853(嘉永6)年 ペリーが浦賀に来航
クリミア戦争(~1856年)
1858(安政5)年 日米修好通商条約を無勅許調印
1861(文久元)年 ロシア軍艦が対馬に上陸・占拠
1863(文久3)年 薩英戦争
1866(慶応2)年 薩長同盟締結
1867(慶応3)年 大政奉還、王政復古の大号令
1868(慶応4)年 鳥羽・伏見の戦いにより戊辰戦争開始
江戸を東京と改称、明治と改元(明治元年)
1869(明治2)年 箱館五稜郭で榎本武揚軍降伏、戊辰戦争終結
1877(明治10)年 西南戦争
1879(明治12)年 沖縄県設置(琉球処分)
1889(明治22)年 大日本帝国憲法の発布

『幕末維新史への招待』

山川出版社
発行日:2023年4月20日
四六判:280ページ
価格:1980円(税込み)
ISBN:978-4-634-15231-1

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