【書評】「だましてだまされての世界、だまされる方が悪い」:安井浩一郎著 『独占告白 渡辺恒雄 戦後政治はこうして作られた』

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吉田茂の総理番記者を振り出しに歴代政権に食い込んだ。スクープを連発した敏腕記者にして、のちに日本最大の発行部数を誇る読売新聞のトップに君臨し、いまも主筆として社論を指揮する渡辺恒雄氏(96)。本書は、戦後政治の舞台裏をつぶさに明かした画期的な回顧録である。

渡辺恒雄氏は、政治に関してこれまで雑誌等に数多くの記事・評論を残しており、また『私の履歴書』をはじめ回顧録もいくつか出版されている。しかしながら、読売新聞の編集幹部だったOBに本書の感想を聞くと、「渡辺氏という人物の全体像をつかむうえで、さらには彼の政治記者としての遍歴、功罪を知るためには、これ一冊で十分こと足りるのではないか」という答えが返ってきた。

本書は、NHKで放映された渡辺氏の独占インタビュー番組(2020年3月BS1)をもとに、チーフプロデユ―サーがオンエアしきれなかった部分も含め、大幅に加筆し、書籍化したものである。同氏が映像メディアのロングインタビューに応じたのは初めてのことである。

本書の特徴は、渡辺氏自身が、自らの生い立ちに始まり、戦争体験や、吉田茂から中曽根康弘にいたるまでの歴代政権とのかかわりを赤裸々に語るとともに、その証言をもとに著名な学者や同年代の政治記者らが考察を加え、客観的に渡辺氏の功罪を論じている点だ。単にひとり語りの手柄話にしておかないところに妙味がある。

同氏は憲法改正を唱え、保守派の論客として知られているものの、その独白から伺えるのは、学徒出陣した経験から一貫して戦争と軍隊を嫌悪するリベラルな姿勢である。終戦後、東大に復学し、理想を追って日本共産党に入党するも、あまりに軍隊的な組織に嫌気がさして脱党。以後、現実主義者となる。

読売新聞に入社し、26歳で政治部に配属されると、リアリストとしての同氏の才能は如何なく発揮されることになる。昭和30年代、元総理の鳩山一郎に取り入った。どのようにして食い込んだのか。

「馬になって孫の由紀夫(元内閣総理大臣)、邦夫(元総務大臣)を次々に背中にハイシーハイシーと乗せていた。孫を可愛がってくれると、身内扱いしてくれて、台所から書斎、鳩山家中どこでも行けた。もう家族みたいになっちゃった」

自民党の実力者、大野派を率いる大野伴睦の懐刀となってからは、密室で大野と入閣推薦候補を選定する作業を行うようになる。渡辺氏は、報道する立場であると同時に、政治を動かす当事者ともなっていくのである。

本書の魅力は歯に衣着せない渡辺語録

本書では、政治の舞台裏を知り尽くした渡辺氏ならではの秘話がいくつも明かされている。総理だった岸信介が、大野伴睦、河野一郎、佐藤栄作ら最高権力者たちと後継者の順番を取り決めた「総理大臣禅譲密約書」の真相、昭和40年の日韓国交正常化に至るまでの渡辺氏の水面下での暗躍と、大平正芳外相と朴正熙政権ナンバー2との間で経済協力額を密約した「極秘合意メモ」のスクープ、沖縄返還交渉の表と裏、田中角栄政権誕生の内幕など、迫真の告白にページをめくる手が止まらないだろう。

首相官邸に入る渡辺恒雄氏=2016年4月5日午後、東京・永田町(時事)
首相官邸に入る渡辺恒雄氏=2016年4月5日午後、東京・永田町(時事)

なかでも本書の読みどころは、盟友中曽根康弘との関係についての回顧であろう。当選まもなく、青年将校と呼ばれた中曽根氏とふたりで毎週勉強会を行い、二人三脚で総理を目指した日々。初入閣のエピソードや、犬猿の仲だった田中角栄との間を取り持って中曽根政権誕生にこぎつけた裏話など、読み応え十分。

そしてなにより本書の魅力は、歯に衣着せない渡辺語録である。少しだけ紹介すれば――。

選挙の際に、目の前で代議士に現ナマが配られていく光景を目の当たりにした渡辺氏は、生き馬の目を抜く政治の世界とはかくや、と知る。

「リアリストにならなきゃ、政治の裏は分からないもの。金の流れが全て決めていくんだから。それ知らなきゃ、分からないんだ」

大野伴睦との関係について。

「『取材するやつが、取材対象にあまり近寄っちゃいかん』と馬鹿なことを言うやつがいるが、近寄らなきゃネタを取れない。書いちゃいかんと言われているのに、それを全部書いていたら、二度と会ってくれなくなる(略)行き当たりばったりで政治家が本当の話をするなんていうのは、絶対にあり得ない。食い込んでから小出しにすることだ」

その大野が、岸信介から総理禅譲の約束を反故にされたとき。

「泣いてたよ。あの虎みたいな人が(略)要するにだまされたの。だましてだまされての世界、だまされる方が悪い」

中曽根康弘を評してこう語る。

「色々建言したことは全部使ってくれるから、こっちも指示のしがいがある(略)馬耳東風、右の耳から左の耳に抜けちゃうだけの政治家が多い。しかし中曽根さんは、とにかく実行するからね。外交政策も、内政も、哲学もだ。だから、この人はここまで成長できたんだなと」

本書は渡辺氏による独白の昭和編である。長期政権となった安倍晋三との関係はどうだったのか。平成編の出版が待たれる。

『独占告白 渡辺恒雄 戦後政治はこうして作られた』

『独占告白 渡辺恒雄 戦後政治はこうして作られた』

新潮社
発行日:2023年1月15日
四六版:401ページ
価格:1980円(税込み)
ISBN:978-4-10-354881-2

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