【書評】人権無視がはびこる実態を告発する:風間直樹など著『ルポ・収容所列島:ニッポンの精神医療を問う』

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日本の精神医療の後進性について朝日新聞の大熊一夫が『ルポ 精神病棟』を執筆して40年。その後、何も問題の本質が変わっていないことを令和の時代に問い直す作品が現れた。東洋経済オンラインで大反響を呼んだ連載の書籍化である。

世界の5分の1を占める精神病床数

タイトルの「収容所列島」は、ノーベル文学賞を受賞したロシア人作家アレクサンドル・イサーエヴィチ・ソルジェニーツィンの名著『収容所群島』を連想させる。『収容所群島』は、ソ連の強制収容所に投獄された反革命分子に対する拷問、強制労働、処刑などの実態を告発したルポだ。

まさか現代の日本の精神医療で同じようなことが行われているはずはないと思いながら、最初のページをめくると、こんなことが書いてあった。

精神疾患により医療機関にかかっている患者数は日本中で400万人を超えている。そして精神病床への入院患者数は約28万人、精神病床は約34万床あり、世界の5分の1を占めるとされる(数字は2017年時点)。

ストレス社会といわれる今、うつや不眠、パニック障害で悩んでいる人は多く、精神科や心療内科に通い、薬を飲みながら社会生活を送っている人も珍しくない。なかには、食事が取れず、自分や他人を傷つけるような行動を取ってしまうため、入院治療が必要な場合もあるだろう。それにしてもここまで突出した数になるのは異常だ。日本人が重篤な精神疾患になりやすい体質なのだろうか。

本書が出した答えは、ノーだ。

精神病院に入院した人たちを取材し、他の先進諸国と比較して、いかに日本の精神医療が遅れ、異常であるかを浮かび上がらせたルポルタージュであり、2020年1月から2022年3月にかけ、WEBメディア『東洋経済オンライン』に『精神医療を問う』というタイトルで、全15回にわたり連載された内容を加筆し、書籍化したものだ。

一通の手紙から始まった取材

きっかけとなったのは、2019年7月に東洋経済新報社の編集局宛に届いた1通の手紙だった。

「初めまして。多摩病院に入院している米田恵子です。私は2016年10月にOD(筆者注:オーバードーズ、過料服薬)をして入院になりました。入院形式は“医療保護入院”です。この3年5ヶ月間精神薬を一切のんでいません。なのに面会、Telは弁護士だけで、私の家族も3年以上面会、Tel、退院を求めていますが、病院は色々言い訳をしてさせてくれません。(以下略)」

手紙の送り主である米田恵子さんは、「パーソナリティ障害」という診断名で精神科病院に入院したが、そもそも、パーソナリティ障害で通常は入院とはならない。しかも、退院を望んでいるのに、させてもらえないという。

何かおかしい、と感じた記者たちは、米田さんに取材を進めるにつれ、精神科病院に入院した人々の人権は無視され続け、年月だけが無情に過ぎていく精神医療の実態が見えてきた。

医療保護入院制度の闇

本書では、目を疑うような例が次々と綴られている。第1章には、統合失調症と診断され、40年以上もの間、精神科病院に入院した伊藤時男さんが登場する。

「私は、10代後半から入院生活をさせられることになりました。私の入院生活は、本当に長かったです。東京での入院期間を含めると40年を超えます。入院中の生活は、かごのなかの鳥のような生活でした」

2020年、伊藤さんは国を相手取り、精神科病院の長期入院についての責任を問う本邦初の訴訟を起こした。上記は、意見陳述の一部であり、2022年8月には、第8回目の口頭弁論が開かれる予定となっている。

伊藤さんが、こんなにも長く「長期強制入院」させられてきた背景には、日本の精神科特有の「医療保護入院」制度が大きく関与していた。この制度は、本人の同意なしに、家族など1人の同意に加え、1名の精神保健指定医の診断があれば、強制入院させることができ、かつ、入院期間の定めを持たないというものだ。

つまり、医師の判断や家族の希望で、本当は入院する必要のない人間を、一生入院させることができてしまうという、恐ろしい制度である。

入院すれば、手足や胴体に紐を巻き付け、ベッドに結ぶ「身体拘束」や、何種類もの抗精神病薬を処方する「多剤併用」が行われたりもする。

一般的に、精神疾患の判定は、医師の主観によるところが大きく、医師のさじ加減や、場合によっては気分次第で治療の必要がない人間が永遠に退院できない事態に陥る危険性がある。

実際に、DV夫が巧みに精神科医を言いくるめ、妻を入院させたり、離婚を有利に進めたいために相手を入院させたりして、医療保護入院を悪用するケースが後を絶たないという。

第5章では、児童養護施設や学校での「向精神薬」の問題に切り込んでいる。

「10年前は、ADHD(筆者注:注意欠如・多動症)と診断され向精神薬を服用していた子どもはせいぜい1〜2人だった。服薬が増えたのは6〜7年前から。精神科の医師と連携を図るようになってからだろう」

都内で児童養護施設を運営する施設長はインタビューでこう答えた。

私の友人にも、子どもを発達障害だと診断され、服薬をしている者が何人かいる。これまで、問題行動のある子どもには体罰で対処してきたが、最近は、向精神薬でコントロールする傾向にあるそうだ。

ただし、強要せず、正しく処方することが大前提となるのだが、実際は大人たちの意志優先で行われていることが多く、結果、薬の副作用や依存というリスクに子どもたちが直面しているという。

栃木県の「問題人物」

最も目を見張ったのは、最終の第9章に登場する95歳の現役精神科医・石川文之進という問題人物のくだりだ。

1984年、石川氏が社主(オーナー)を務める栃木県の報徳会宇都宮病院で、看護職員が入院患者2人を暴行し、死亡させてしまう「報徳会宇都宮病院事件」が起きた。

事件の概要は、限られた有資格の職員が、暴力による恐怖支配で入院患者をコントロールし、実権を握る石川氏の指示により、無資格の職員や入院患者がほかの患者の注射や検査などを行なっていたというものだ。ちなみに事件発覚前には、入院患者の不自然な死も多数報告されていた。

石川氏は、無資格診療指示の疑いで逮捕され、実刑判決を受け、医業停止2年の処分も受けている。日本の精神医療史上最悪レベルとされる不祥事として歴史に刻まれ、後の「精神保健法」改正で本人の意思を尊重する任意入院の制度が創設された。それから40年以上の月日が経過し、報徳会宇都宮病院は、宇都宮市の元精神科嘱託医から告発を受けた。

「基本的に治療を目的としているとは思えない。生活保護患者に入院治療を行い早期に退院させると言う医師はなく、できるだけ長期に、それこそ亡くなるまで収容することのみに専心していると考えられる」

この医師こそ、石川氏のことだった。事件を起こし、一旦は医業停止となったというのに、今は病院長として診療を行なっているというのだ。

差別と偏見の目線が根底に

精神保健法ができても、結局何も変わらなかったのだろうか。

日本の精神医療は「医療及び保護」の名の下に、精神障害者の尊厳を軽視してきた。とりわけ強制入院制度は、対象者の人生に決定的かつ重大な影響を与えるし、生活のあらゆる場面で、選択の機会を損なわせる。

かつて、ハンセン病の人々は社会から忌避され、隔離政策が進んだ。精神疾患の患者も社会秩序を乱す存在として、精神病院が排除のために活用されている。両者に共通しているのは「臭いものに蓋をする」の考えだ。日本の精神科医療の最大の問題点は、日本社会が無意識のうちに差別と偏見の目で精神障害者を見ていることではないだろうか。

いま、日本の精神医療に最も必要なのは、むしろ外部からの指摘を積極的に受け止め、対話し、自己変革へとつなげることのはずだ。時代が変わり、入院対象が変わっても、尊重されるべきなのは常に「人権」であることを、本書は繰り返し訴えている。

連載は予想を超える反響を生み、連載予定回数を増やしたという。高齢化社会を迎えた日本では、認知症での精神科入院が急増しており、誰にとっても他人事ではない問題だ。本書をきっかけに今度こそ日本の精神医療の改革が進むことを期待したい。

『ルポ・収容所列島:ニッポンの精神医療を問う』

『ルポ・収容所列島:ニッポンの精神医療を問う』

風間直樹、井艸恵美、辻麻梨子(著)
発行:東洋経済新報社
四六判:320ページ
価格:1760円(税込み)
発行日:2022年3月24日
ISBN:978-4492224045

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