【書評】「台湾・香港」から中国問題、習近平体制を問う:野嶋剛著『新中国論──台湾・香港と習近平体制』

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異例の3期目を目指す習近平政権の下、超大国になった中国は、コロナ対策によるロックダウン、「一帯一路」や海洋進出、少数民族への対応など、世界に臆することなくその強権的な性格をさらけ出している。超大国になった中国との距離感に苦悩する台湾・香港、そして彼らと「中国問題」を共有する日本の姿が克明に描かれた現代中国論である。

本書は、超大国中国の出現の前で、日本や世界は「台湾化」(中国と合流せず、距離を置く)と「香港化」(中国に飲み込まれその影響下に置かれる)の選択に迫られつつあるとの問題意識をもとに、中国にとっての台湾・香港問題、台湾・香港にとっての「中国」と本土意識、「文化中国」の連帯、台湾・香港問題のグローバル化、ウクライナ危機等の視点から習近平体制の中国と対峙する意味を問い直している。両岸三地(中国・台湾・香港)の複雑性を増した関係を丁寧に読み解く最良書である。

中国問題の入口としての台湾・香港

「台湾・香港問題はいかなる意味を持つのか。国家統合への熱望とナショナリズムが結びついたその特殊性を日本社会にもっと伝えていくべきだった」という著者の指摘のように、台湾・香港を近代以来の中国の背負った歴史、中華人民共和国、中国共産党、人民解放軍の存在理由と重ねると、台湾、香港は、日本人が想像している以上に大きい存在である。

むしろ、「台湾・香港問題は、中国を理解する上での入口であり、出口ではなく、中国の近代や中国共産党にとって、台湾・香港は国家建設の出発点であり、モチベーションの源であり聖なる目標」であり、台湾・香港が中国の本質にかかわる問題と見るべきなのだ。

筆者は、台湾・香港に対し、なぜ中国は居丈高な態度をとるのかと問いかける。

中国という国家のねじれた心理には、台湾・香港問題に投影されているコンプレックスがあり、今日も高い濃度を持って中国社会に共有されている。さらに中国にとって領土回復はまだ完成しておらず、絶えず外敵(米国と欧州、日本)が分裂や台頭の阻止のために何らかの工作を画策していると疑うことになり、特にコンプレックスの根源である台湾・香港についてはより強く出てくる傾向がある、というのが本書の主張だ。

中国が台湾や香港に対し、自立や自治を求める動きをすべて「独立の策謀」として否定しようとするのは、民主メカニズムによる多様な民意の吸い上げができず、全肯定と全否定の間にある多様な政治的選択を用意できないため、建設的批判を受け入れる余地がないからだ。民主メカニズムの欠如というレジティマシー(正統性)の不足が指導者を過剰な行動に走らせる典型が習近平体制における台湾・香港政策であると、本書は指摘する。

習近平は台湾・香港に何をもたらしたのか

本書によれば、鄧小平以降の中国歴代指導者も、中英共同宣言や「一国二制度」という国際公約を履行する姿勢を示し、香港を「金の卵を産むガチョウ」として大切に育てた。香港情勢の安定は、米国はじめ国際社会から中国に対する信用を高めることにつながった。

しかし、2012年以降、習近平体制下で香港情勢は悪化の一途をたどることになる。胡錦濤まで続いた「鄧小平の時代」とその後の「習近平の時代」で、香港政策上の最大の違いは、現実主義と「二制度」優先から、観念主義と「一国」優先に大きくシフトしたことだった。

当初、習近平の台湾政策は基本的にまだ鄧小平から胡錦濤までの平和的統一に重きを置く路線をある程度踏襲していた。しかし、16年5月、蔡英文総統就任を機に、鄧小平スタイルから武力行使をちらつかせる習近平スタイルへ台湾政策が最終的に切り替わったという。

過去の指導者と習近平の最大の違いは「一つの中国原則」へのこだわりである。従来の台湾政策は、ある程度台湾側の事情に配慮しながら、台湾が中国と交渉に応じやすい環境整備に配慮していた。実際、08年からの国民党政権との交渉では、「一つの中国原則」で台湾側に解釈の余地を残す配慮を示した。しかし、習近平は16年に誕生した民進党政権には「一つの中国」を認めない限り、政府間交流は一切しない姿勢に転じ、民進党政権との対話を遮断した。

本書で詳しく論じられているように、習近平の台湾問題へのコメントから、「両岸一家親」といった家族的な要素が消え、「台湾独立阻止」を強調する姿勢に変わり、さらに21年7月の中国共産党成立100年の演説から胡錦濤政権以前ではあまり使われなかった「完全統一」という言葉を多用するようになった。

しかし、台湾では多少の経済利益を失ってでも中国と距離をおきたいという考え方が主流になっており、最大の理由は香港情勢の悪化に対する失望感である。この台湾社会の失望感が、流動的だった20年蔡英文再選の流れを作ったことは否定できない。

同様に、共産党の独裁体制が強化されていく中国の現実に、香港の人々は次第に香港の将来を優先して考える本土思想形成に向かい始めた。香港という土地への愛着を強調する運動に、やがて反中感情というガソリンが注ぎ込まれ本土思想が燃え上がったという。

20年6月末に導入された国家安全維持法の下で変わり果てた香港では、今や「本土」という言葉を語ることさえ難しい状態になった。「本土」なるものは香港独立勢力と認定され、国家安全に危害を与える恐れがあるとして排除の対象とされるようになった。

進む台湾・香港問題のグローバル化

あからさまな「一国二制度」の否定は、米国や日本など各国の対中警戒論に加速させ、英国を敵に回すことになった。台湾・香港問題のグローバル化を招いたのは中国自身である。

台湾問題をグローバル化させ、台湾海峡において中国の圧力から台湾を守るための盾は、民主主義、半導体、日米同盟であるという。欧州のリトアニア、チェコ、スロバキア、ポーランドなどが民主主義の価値観を共有する台湾に接近を試みているが、冷戦下、ソ連の圧力にさらされた国々であることも興味深い。

台湾関係法は、武器供与に重点を置いており実際の台湾への防衛コミットメントは書かれていない。しかし、バイデン大統領は21年10月、さらに今年5月の日米首脳会談の際にも台湾防衛に責任を持つと発言した。従来の米国の台湾への軍事的介入への「あいまい戦略」を変更するのではと注目を集めたが、「米国の台湾政策」は不変とホワイトハウスは同発言の打ち消しを図る。当面米国は明確な政策転換を表明することはないだろう。その意味で「あいまい戦略」はなお有効に対中抑止力を持っていることがあげられている。

「問題の本質は心の中にある」

本書の指摘のように、2012年に習近平が指導者として登場して以来、台湾と香港の情勢は坂道を転げ落ちるように悪化し、中国にとって望ましくない方向に進んでいる。

香港の若者は、絶望して街頭デモで訴え、台湾の人々は中国との接近を拒んだ。

中国の対応は力によって抑え込む方向に進んでいる。国安法によって香港では完全に自由が失われた。台湾を脅かす中国軍機の接近は毎日ように起きている。

台湾と香港の人々の心はますます中国から離れていく。強硬に見える対応は、香港や台湾で独立派とアメリカの策謀を打ち破るため行っているものだと中国は説明している。だがそれは問題の本質でないことは誰もがわかっている。「私たちは台湾人」、「私たちは香港人」であると声をあげているのは、台湾・香港で中国が「同胞」「中国人」と考えてきた人々である。

問題の本質は台湾、香港の人々の心の中にある。香港や台湾で独立派が増えているとすれば中国と一緒になるのが嫌だと思ったからである。

中国と台湾・香港との間には中華民族、中国の夢、両岸一家親、中港融合といった政治的なスローガンを唱えるだけでは詰められない距離がある。それは経済、軍事ではなく心の領域の問題である。

「一国二制度」空文化の向こう側

2020年6月の国安法制定によって、香港の「一国二制度」の空文化は決定的になった。「習近平は鄧小平、江沢民、胡錦濤の貯金を使い尽くしている現実に気づいていないのか、あるいは気づかないふりをしている」との本書の指摘の通り、習近平体制下の中国は、香港情勢の一時的な鎮静化と引きかえに、国際的にも台湾・香港においても多くのものを失った。

リベラルな国際秩序と決別し、台湾・香港の人々の絶望の中で、異例の3期目を実現した向こう側に、中国、台湾、香港のどんな明るい未来があるというのだろうか。

『『新中国論──台湾・香港と習近平体制』

野嶋剛(著)
発行:平凡社
新書版:283ページ
価格:1056円(税込み)
発売日:2022年5月17日
ISBN:978-4582860054

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