【新刊紹介】今のイラン社会の実相を浮き彫りにした好著:新冨哲男著『イラン「反米宗教国家」の素顔』

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日本人にとってイランという国はわかりづらい。厳格なイスラム教の戒律のもと、一般市民の自由が縛られた「反米宗教国家」として、強面の国というイメージが一般的ではないか。本書は、共同通信元テヘラン支局長による、イランという国を理解するための解説書である。そこには意外な素顔が描かれている。

著者は、「取材現場で出会った人々のヒューマンストーリーを軸に『イランの今』を報告する」と書いている。「世の中に何となく流布しているイメージとはひと味違った素顔が多く含まれているはずだ」と。
イランについて歴史宗教文化、さらに政治史を解説した本書は、入門書としてかっこうのテキストとなるであろう。そして、実際に取材した記者でなければ書けないエピソードが満載である。だから著者の言葉に説得力がある。

興味深かったのは、かつて過激な反米派だった人たちのその後、である。
1979年テヘランの米大使館人質事件で脚光を浴びた学生運動の象徴的な存在だったイラン女性は、後に国内初の女性副大統領になった。2017年、著者がインタビューした際には、彼女は欧米との関係改善をさぐる改革派となり、「立場に違いがあるからこそ、対話は必要なのだと今は思う」と語る。

もうひとり、学生運動の中心人物だった男性(62)は、意外にも「米大使館の占拠が長期化するのは正しくないと考えていた」と後悔を口にするのだ。それは何故か。この事件を契機に、米国とイランは断交、今日の先鋭化した対立に至るのだが、個々人に聞いてみると、必ずしも強硬な反米姿勢一辺倒ではないようだ。

いや、むしろ著者の真骨頂は、市井の人々に分け入って彼ら彼女らの本音を引き出し、複雑なイラン社会の実相を浮き彫りにしたところにあるだろう。イランでは厳格な戒律に従って、飲酒は禁止、公共の場で男女が同席することはかなわず、女性はスカーフやコートで顔以外、全身を隠さなければならない。

しかし、庶民は宗教警察の監視の目を巧みにかわし、強かに生き抜いている。ホームパーティでは思い思いにおしゃれを楽しみ、男女がダンスに興じている。密輸入したアルコールや密造酒が流通し、若者はスマホで欧米風の音楽を聴いている。海外で食したマクドナルドのハンバーガーが忘れられず、「マッシュドナルド」の名前でそっくりな店を営業する反骨精神の中年男性や、女人禁制のサッカー会場に男装して潜り込んだ若き女性のインタビューは秀逸である。

著者は暗部にも目を向ける。隣国アフガニスタンからの難民たちは、生活苦にあえぎ、イスラム国との戦闘に志願する。戦死すれば殉教者として英雄視され、家族は生活を保障される。イラク国境沿いに住む少数民族クルド人は、30年前にイラクから「毒ガス」兵器で攻撃され、大勢がいまでも後遺症に悩んでいる。しかし、現地を訪ね歩いた著者は、悲惨な現状を報告しながらも人々から未来への光明を見いだしている。

著者は、イランと日本との石油だけではない知られざる絆も紹介している。
今日、イランでは反米保守強硬派が政権を握り、欧米との核協議の先行きは不透明である。だが、本書を読むと、イラン革命から40年を経て、対話の余地が十分あることがうかがえるのである。

平凡社
発行日:2021年12月15日
新書版:263ページ
価格:900円(税別)
ISBN:978-4-582-85992-8

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