【書評】大好きだから離れたい:植本一子著『かなわない』
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好きだけど、ずっと一緒はちょっとしんどい。
人と人にはそんな関係が少なくない。
夫婦、友人、そして親子。
それぞれに、ずっと一緒とはちがう「適切な距離」があるはずなのに、いまだ世界中に居座る新型コロナウイルスは、適切な距離をあっけなく壊し、しんどさを増やしてしまう。
2022年2月。新型コロナウイルスの変異種オミクロン株の影響を受けて、日本全国の保育所777箇所が休園となった。過去最高の数字だ。幼稚園も合わせれば、1000箇所を優に越える保育施設が、コロナウイルスのために子どもたちを預かれなくなってしまったのだ。
これまでの変異種のなかでも最も子どもにうつりやすく、日本各地の保育所でクラスターが発生していたことを考えれば、当然の措置ともいえる。
それでも。
家の中で子どもの面倒を見ることの幸せと辛さ。
抑えきれない自分の感情と罪悪感。
そして、抜け出したいのにもかかわらず、出口が見えない閉塞感。
子どものことは大好き。でも、コロナ禍でずっと一緒にいるのはちょっとしんどい。
音を上げたくなる瞬間が増えた保護者も多いのではないかと感じる。我が家もそうだった。
そんなときに思い出したのが、数年前に刊行された本書だ。
誰か私を怒ってください
本書に描かれる3年分の日記には、子育てを経験した人であればきっと、「これは私だ」と感じる光景がある。
書き留めておきたい他愛のないやりとり。つい微笑んでしまう、幼子の言い間違い。そして誰にも言わずに閉じ込めておきたい、自分のネガティブなふるまい。喜びも悲しみも、苦い思いも蘇ってくるようだ。
著者はミュージシャンの夫を持ち、2歳半と、まもなく1歳になるふたりの娘を育てるフリーランスのカメラマン。夫の仕事が不規則なこともあり、ワンオペ(子どもの世話をひとりでしている状態)の時間も少なくない。
インターネット上のブログとして綴られた日記は、東日本大震災が起きた2011年の4月下旬から始まる。
子どもたちへの愛情にぎゅっと満たされているときと、思い通りにならずに言葉にならない感情が押し寄せ、子どもたちに思いきりぶつけてしまうとき。そのあいだで行ったり来たりする自分を、著者は飾ったり隠したりすることなく赤裸々に綴っている。強く優しく、そして愛おしい。
ホットケーキを焼いて娘達に食べさせていると、些細なことで上の娘に苛立ち、ホットケーキを投げつけてしまった。
「夕焼けきれいだね~」と言うと、上の娘が保育園で覚えてきたらしい「とんぼのめがね」を間違えながらも歌ってくれる。夕日が落ちるまで、と思い、いつもよりゆっくり自転車を走らせて帰った。
誰か私を怒ってください。余裕が無くなるとすぐに子どもに当たってしまう、こんな私を怒ってください。助けてください。(中略)冷たくなった炊き込みごはん残りを食べた。泣いた。
わかるわかる。
それ以外の言葉が見つからない。
夜中にスウスウ音を立てる寝顔を見て愛おしく思い、今日こそは怒らないと決意して自分でそれを裏切り、苦い気持ちになる。育児はそんなことの繰り返しだと、子どもができてわかるようになった。
本書に出てくる葛藤と自分の姿とが、重なって見える。
コロナが生む「かなわない」
タイトルのこの5文字は、育児のある側面を鋭くえぐりだしている。
子どもがいて仕事ができない。飲みにいけない。家事が終わらない。寝られない。
子育ては、幾多もの「かなわない」の裏返しだ。溜まってくればイライラが生まれ、負の感情があふれ出す。
だからこそ親子を「ずっと一緒」から切り離し、親がほっと一息つけることが子どもにとっても大切なことだと私は思っている。保育園もそう。幼稚園もそう。おじいちゃん、おばあちゃんに預ける、もそう。
朝子どもを保育園に送り、これからは自分の時間だとほっと一息つく。そしてまた、夕方に迎えに行く。一人の時間があってはじめて生まれる笑顔もある。
ところがコロナウイルスは、そんな絶妙なバランスの上に作られた親子関係を、あっさり「ずっと一緒」に閉じ込めてしまうのだ。
本書にかかれた「かなわない」ことは、果たして10年経って変わったのだろうか。
まん延の危険があるなかで、子どもを預かり続けてもらうのが正解ではないと、誰もがわかっている。でも、どうしたらいいのか答えがない。
それでも、今日もドアの内側で、屋根の下で、たくさんの「かなわない」が生まれているであろうことを、一人でも多くの人が想像できるようになったら――。何かが違ってくるのではないか、と思えてならない。
『かなわない』
植本一子(著)
発行:タバブックス
発行日:2015年12月23日
四六判:288ページ
価格:1870円(税込み)
ISBN:978-4-907053-12-3