
【書評】テロとの戦いが問いかけるもの:ウィリアム・H・マクレイヴン著『ネイビーシールズ――特殊作戦に捧げた人生』
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本書はエピソードごとに18章からなるが、最大の興味は17章に記されたビン・ラーディン暗殺にいたる作戦の全貌であろう。まず、その章の要約から始めてみる。
彼が米軍の特殊部隊によって殺害されたのは、2011年5月2日のことである。
三カ月前、マイケル・モレルCIA副長官が、ウサーマ・ビン・ラーディンの所在について手がかりをつかんだと、私に説明した。
このとき、本書の著者であるウィリアム・H・マクレイヴンは、統合特殊作戦コマンド(JSOC)の司令官を務め、テロとの戦いを指揮するためアフガニスタンに駐留していたが、急遽、CIAとの会議のためにワシントンDCに呼び戻されていた。
CIAの説明によれば、ビン・ラーディンとアルカイダの要員を結ぶ連絡役を追跡し、その動向を監視することで、パキスタンのアボッタバードにある高い塀に囲まれた屋敷を突きとめた。そこがビン・ラーディンの隠れ家である可能性が高いという。
写真撮影によって、〃ぺ―サー〃と呼ばれる裾の長い寛衣を着た長身の男が敷地内を歩きまわっていることがわかったが、男は塀の外にはぜったいに出なかった。
「ぺ―サー」とは、このビン・ラーディンと思われる長身の男に付けられた呼び名である。
9.11から10年を経て、ようやく有力な手がかりをつかんだようだ。
マクレイヴンは腹心の部下とともに、CIAと極秘裏に協議を重ねた。隠れ家のあるアボッタバードは、アフガン国境から260キロの距離にある。どういう方策を取れば、ビン・ラーディンの身柄を確保ないし殺害することが可能であるか。攻撃のオプションはいくつか考えられる。
オバマ大統領は決断した
大統領が、情報を吟味してオプションを検討する会議をひらきたいといっていた。
作戦決定まで、どのような議論がかわされたのか。オバマ大統領の発言も含め、このあたりの舞台裏は興味深いものであり、本書の最大の読みどころである。
3月上旬、マクレイヴンはCIA本部を訪ね、パネッタCIA長官ら幹部、国防総省からは統合参謀本部副議長のカートライト将軍が出席して攻撃オプションを検討した。大統領に説明するための事前準備である。
カートライトは、屋敷を空爆するオプションを支持していた。第2のオプションはCIA主導の急襲拉致で、CIAの特殊活動部(SAD)の工作員数名が密かにパキスタンに潜入し、ビン・ラーディンを捕獲するというもの。最後の選択肢が軍の特殊作戦部隊(SOF)による強襲だった。
パネッタ長官は言った。
「唯一の現実的なオプションは特殊作戦強襲だと、私は思う・・・」
SADは戦闘経験が乏しく、ヘリコプターで現場に降下するとなるとSOF主体のチームが有利だ。海軍最強のエリート特殊部隊「ネイビーシールズ」の出番となる(本書ではSEALと表記しているので、以下、そのように記述する)。
翌日、ホワイトハウスのシチュエーション・ルームで、オバマ大統領、バイデン副大統領、ゲーツ国防長官、マレン統合参謀本部議長、クリントン国務長官ら政権幹部を前に、パネッタCIA長官とマクレイヴンがいくつかのオプションを提案し、検討される。そして2週間後の3月29日、いよいよ取るべき方策が決定された。
オバマ大統領は決断した。
「よし、強襲オプションについて話し合おう」
マクレイヴンはブリーフィングを開始した。
「大統領、この計画はきわめて単純です。命令が下されると同時に、強襲部隊をアメリカ本土からアフガニスタンに移動します。部隊はSEAL戦闘員二四人、通訳のCIA局員ひとり、特殊な改造をほどこしたブラックホーク・ヘリコプター二機、軍用犬一頭から成っています。アフガニスタンにすでにMH・47大型輸送ヘリコプター二機を配置してあります。それが緊急対応部隊で、必要とあれば給油を行います」
ネプチューンの三つ叉矛作戦
いよいよ実行段階となる。この任務は、マクレイヴンによって暗号名「ネプチューンの三つ叉矛作戦」と命名された。SEALの徽章に由来したものだ。
CIAは、ノースカロライナ州フォート・ブラックの私の官舎の近くに、アボッタバードの屋敷の実物模型を建てた。
SEALの精鋭メンバーを秘密裡に集め、3週間、あらゆる事態を想定した予行演習が行われる。
特殊部隊が駐留するアフガニスタンの飛行場から、ヘリで現地まで到着するのに約90分。作戦行動に30分かかり、帰還するのに90分を要す。パキスタン軍の防空レーダーに探知されることなく急襲できるか。
「諸君、9.11後、きみたちはビン・ラーディンを仕留める任務に着くのを夢見ていたはずだ。さあ、これがその任務、そしてきみたちがやる。ビン・ラーディンを仕留めにいこう」
マクレイヴンは、進発する隊員にそう声をかけた。
ここから先の展開が、本書の白眉であろう。緊迫したその場面が、時々刻々、詳細に記述されていく。ホワイトハウスのオバマ大統領ら政権幹部は、強襲部隊から送られてくる映像をリアルタイムで見守っていたが、そこで何が起こっていたか。隊員を乗せた1機のブラックホーク・ヘリが、着陸に失敗して地面に激突する。作戦に支障はなかったのか。ビン・ラーディンの最期の場面はどうだったのか。間違いなく彼であると、その身元はどうやって確認されたのか。われわれは本書によって、その全貌を知ることになる。
地獄の一週間(ヘル・ウィーク)
本書は、ウィリアム・H・マクレイヴンの自伝的回顧録であり、全編を通じて、愛国心と正義感、責任感に溢れている。トム・クランシーのジャック・ライアンシリーズを彷彿とさせる「アメリカの正義」である。
彼は、1955年テキサス州で生まれたが、父親は第二次大戦で戦闘機を操った英雄だった。その影響から、彼が軍隊に進むのは必然であったろう。地元テキサス大学卒業後、予備役将校訓練課程を経て、1977年にSEALの基礎訓練課程を志願する。
なぜ、SEALが海軍最強のエリート特殊部隊と呼ばれるのか。
そもそも正式隊員になるための基礎訓練からして、肉体と精神力をギリギリまで追い込むほど凄まじいものだ。著者は、「楽な日はきょうだけだった」という見出しの第4章で、その過酷な訓練をあますところなく活写する。
詳細は本書に譲るとして、マクレイヴンの同期生は当初155人だった。もっぱら海上でのボートの操作とダイビングが主となる9週間の基礎訓練の後、最後の仕上げとなる「地獄の一週間(ヘル・ウィーク)」が待っている。この間、あまりの厳しさに脱落者が続出し、残った者は55人。そこからさらに6カ月の総合錬成訓練を受け、ようやくSEALの三つ叉矛の徽章を授与されるが、そこまでたどりつけたのは33人にすぎなかった。
マクレイヴンは、このときの体験から教訓を得た。それは傾聴に値する。
強化訓練を一度にひとつずつこなす。その後、私は、仕事人生でその言葉を片時も忘れたことがない。
と、彼は述懐している。
訓練生の多くが落伍するのは、終わりが見えないのに、先のことばかり考えてしまうからだ。彼らは目の前の問題を片付けるのに苦慮しているわけではなく、今後生じるかもしれない無数の問題のことを考え、とうてい克服できないと判断してしまう。ひとつの問題、ひとつの出来事・・・ひとつずつ取り組めば、どんなに難しいことでも処理しやすくなる。
マクレイヴンは、37年間、SEALに勤務することになる。2014年8月、海軍を退役。最終階級は、海軍大将である。
重要指名手配者の「人間狩り」
SEALは特殊潜水艇を使って、さらにはヘリコプターからのパラシュート降下による急襲攻撃を得意とする。本書には、マクレイヴンが関与した主要な作戦について迫真の記述がふんだんに盛り込まれており、いずれも興味深い。
全体をざっと俯瞰しておけば、彼は湾岸戦争に従軍し、9.11以降、イラク、アフガニスタンに勤務する。圧巻は、2003年、サダム・フセインの捕縛で特殊部隊を指揮した作戦であろうか。その詳細が明かされる。その後、彼は、フィリピンでアルカイダ系過激派に拉致されたアメリカ人夫妻、またソマリアの海賊に身柄を拘束されたタンカー船長の救出作戦を指揮し、さらにビン・ラーディン他、過激派テロリストの追跡を主導することになる。
「それで、こういう作戦を、あなたは何度執り行ったことがあるの?」
ヒラリー・クリントン国務長官が、マクレイヴンに聞いた。
「一万回以上です」
われわれは八年間戦争をやっている。イラクでは一日平均一〇件、アフガニスタンではそれよりややすくない回数の任務を実行している。その半分以上が、ヘリコプターによる部隊潜入、もしくはヘリコプターを使う直接の強襲だった。
この、「人間狩り」と見出しのついた第15章は、2009年、FBIの重要指名手配者ナンバー3のテロリスト、サレーフ・ナブハーンを追い詰めていく緊迫のドキュメントだ。彼は、1998年、タンザニアとケニアの2つのアメリカ大使館爆破の立案と実行にかかわり、250人以上の死者を出した。2002年にはモンバサのホテルで自爆テロを企て、イスラエル人観光客3人とケニア人従業員10人を殺害し、80人が負傷した。
ナブハーンは用心深い男で、潜伏先を米軍に把握されないため電話など通信機器を一切、使用せず、居所を頻繁に変える。2009年、米軍はようやく彼の動向をつかんだ。マクレイヴンはオバマ大統領に何を進言し、特殊部隊はどういう行動に出たか。
軍務に服している理由
「人間狩り」はそれ以降も続く。
その後の3年、タスクフォースは毎年2000人以上の中程度もしくは重要な指名手配者を捕まえるか殺した。それらの作戦を通じて、特殊作戦部隊の兵士300人以上が落命し、数千人が負傷して、通常の生活を送れなくなったものもいる。
著者は、全編を通じて、ことさら特殊部隊の武勇伝を喧伝しているわけではない。実際に戦闘にかかわった軍人の目線で、戦争の実相を正確に伝えようとしている。そして、こう心情を吐露するのだ。
それらの男女将兵の犠牲を、私は一日たりとも考えないことはなかった。
それは意味もない死であったのか。彼はこう続ける。
・・・軍に尽くす人々は、故郷の町、高校のフットボールチーム、恋人のために尽くしている。彼らが身を尽くし、犠牲になるのは、自分たちが育ったアメリカを信じているからだ。アメリカと、その大都市や小さな町に住む人々を護るためなら、ときには究極の犠牲を払っても惜しくないことを彼らは知っている。墜落したヘリコプターに乗っている人々は、自分たちが軍務に服している理由を片時も疑わなかったと、私は断言できる。
しかし、今日にいたるも、テロは世界のどこかで起こり、いつ果てるともなく冷酷な戦闘が繰り返されている。テロとの戦いをどう評価するか。立場が違えば、意見は分かれるところだが、マクレイヴンはどう考えているのか。少し長くなるが引用したい。これが、著者が読者に伝えたかった核心部分ではないか。
いま行われている戦争を批判して、明らかに平和も望んでいた変革ももたらしていないというのは簡単だ。しかし・・・・・・サレーフ・ナブハーンのようなテロリストや、私たちに対して陰謀を企てる無数の悪党どもを抹殺しなかったら、大使館、旅客機、高層ビル、地下鉄、ホテル、街路で、どれだけ多くのアメリカ人や同盟国の国民が死んでいたことだろうか? その答えを知るすべはないが、私の部下たちがきちんと仕事をしたおかげでこの世に生き延びているだれか――世界の指導者、優秀な科学者、生命を救う医師、有名なアーチスト、愛情深い母親や父親――が、世界に真の変革をもたらしてくれると信じることに、慰めを見出したいと思う。
そう思うだけで、私は夜、安らかに眠ることができる。
『ネイビーシールズ――特殊作戦に捧げた人生』
ウィリアム・H・マクレイヴン(著)、伏見威蕃(訳)
発行:早川書房
四六版:428ページ
価格:3410円(税込み)
発行日:2021年10月25日
ISBN:978-4-15-210057-3