【新刊紹介】日米開戦をスクープした記者が書いた内幕:後藤基治著『開戦と新聞』

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斉藤 勝久 【Profile】

太平洋戦争の開戦当日に、朝刊で開戦をスクープした毎日新聞記者の著者が、その内幕を情報源も明らかにして綴った。当時の厳しい報道規制の中で、どうして国家の最高機密が書けたのか、興味深い経過が明かされている。

元首相の意外な行動

海軍省の記者クラブ「黒潮(こくちょう)会」に所属していた著者は、昭和16年(1941年)秋、「Xデー」すなわち開戦の日がいつか、その絞り込みの取材を続けていた。軍幹部には作戦の秘密が漏れるのを恐れ、新聞記者を目の敵(かたき)にするのも少なくない。

「私たちの仕事に理解を示してくれる奇特な軍人の代表格」だった米内光政・海軍大将の自宅を、著者は同11月に訪れた。米内は、陸軍が進めていた日独伊三国同盟に終始反対し、前年に首相となったが、陸軍の不支持により半年で辞職した。その後、終戦時の鈴木貫太郎内閣などで海相を務め、戦争終結や敗戦処理に尽力したことで知られる。

米内邸で著者は戦争の雲行きが怪しいと話をしていると、米内は「狂気の沙汰だ」と吐き捨て、机の上の黒カバンを開けて中の書類が見えるようにすると、「失敬する」とトイレに行ってしまう。「帝国国策遂行要領」と書かれた文書には武力発動は「十二月初旬」とあった。

邸を辞した後、「米内さんがなぜ大切なものを私に拾わせたのか。もしかしたら、戦争突入を避けるような工夫を考えてくれはせぬか」との思いがあったのではないかと苦しむ。本社には、情報源を明かさずに、「海軍某高官からの情報」として報告するが、相手にされなかった。

海軍報道部に同12月4日、「許可なく入室を禁ず」の張り紙が出た。「あんなものを張ったら、戦争を始めるぞと広告するようなもの」と冷やかすと、課長が慌ててはがした。

そして、同7日の日曜日になった。胸騒ぎを覚えて海軍省に顔を出し、海軍大臣専用車の運転手から、朝に大臣ら海軍の首脳が明治神宮と東郷神社に参拝したことを聞き出す。東郷神社は日露戦争で海戦を指揮し勝利に導いた東郷平八郎元帥を祀っており、ここでハッとする。「海軍はとうとうやるのだ!」

「記事を全部はずせ」と命じる“検閲少将”

こうして、「12月8日未明、開戦必至」の海軍情報や、陸軍担当記者らの情報をもとにスクープ記事がつくられていく。夕方、最大の難関を迎えた。検閲である。情報局の陸軍少将から「記事を全部はずせ」という電話があった。陸軍記者が頑強に抵抗し、長い議論のあげく、少将は「仕方がない。一面の見出しをもう少し柔らかくしろ」とだけ命じて、朝刊の発行が認められた。

「東亜攪乱・英米の適性極る」「断固駆逐の一途のみ」。開戦の文字こそないが、戦争必至を告げる大見出しが載った新聞が配達された。もしスクープでなければ、軍機保護法違反で新聞社は大変なことになる。午前6時、大本営から開戦の発表があり、社運をかけたこの記事は新聞史に残るスクープになった。

発行:毎日ワンズ
発行日:2021年8月15日
317ページ
価格:1210円(税込み)
ISBN:978-4-909447-16-6

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    ジャーナリスト。1951年東京生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。読売新聞社の社会部で司法を担当したほか、86年から89年まで宮内庁担当として「昭和の最後の日」や平成への代替わりを取材。医療部にも在籍。2016年夏からフリーに。ニッポンドットコムで18年5月から「スパイ・ゾルゲ」の連載6回。同年9月から皇室の「2回のお代替わりを見つめて」を長期連載。主に近現代史の取材・執筆を続けている。近著に『占領期日本三つの闇 検閲・公職追放・疑獄』(幻冬舎新書)。

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