【書評】干されたアイドルは負けなのか:岡野誠著『田原俊彦論』

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「僕くらいビッグになっちゃうと」というビッグ発言で、芸能界を干されたと言われる田原俊彦=トシちゃん。あのとき世の中がどう動いたのか。干されたトシちゃんは何を考え、目指してきたのか。熱烈なトシちゃんファンでもある著者が綴る、誰にも書けない日本のアイドル論。

「芸能人は、好きであることにお金を払ってもらう仕事」と言ったのは、編集者でありアイドル評論家の中森明夫だ。

日本の芸能界は、アイドル抜きには語れない。
多くのファンを持ち、歌って踊って、演技もこなす。メディアに四六時中追いかけられ、ちょっとした発言すら大きな話題となる。

アイドルが所属する芸能事務所はいろいろあるが、男性アイドルとなると、真っ先に浮かぶのがジャニーズ事務所の名前だろう。ジャニーズアイドルは、ファンにとってはまさに「好き」の対象。昔は、バレンタインデーにトラック数台分のチョコレートが届いたとか、コンサートでファンが失神した、なんていう話もよくあった。

150人の定員に1万人が押し掛けた!

ここ数年、そんなジャニーズにも変化が訪れている。

つい先日も「嵐」のメンバーの結婚が話題になったが、結婚や独立は珍しくなくなり、素行不良で退所処分が科せられたニュースもよく聞く。一代でジャニーズ帝国を築いたジャニー喜田川氏、姉のメリー喜多川氏が相次いで亡くなったこともあり、かつての帝国は、急速に輝きを失いつつあるように見える。

そんなときふと思った。
ジャニーズアイドルの元祖は誰だったっけ。

それが本書の主人公、トシちゃんこと田原俊彦だ。

山梨県甲府市出身。1979年にドラマ『3年B組金八先生』で芸能界にデビューし、翌年には『哀愁でいと』で歌手としてオリコン初登場トップテン入りを果たす。

事務所地下のレストランで、田原、近藤(真彦)、野村(義男)の三人のファンの集いを開こうとすると、百五十人収容の会場に一万人を超えるファンが詰めかける事態となった。

というのだから、その人気はすさまじい。

その後もCDをリリースすればヒット連発、ドラマに出れば『教師びんびん物語』が大ヒットと、アイドル街道まっしぐらのトシちゃんだが、“あの一言”をきっかけに表舞台から姿を消していく。

知られざる「ビッグ発言」の真実

「何事も隠密にやりたかったんだけど、僕くらいビッグになっちゃうと、そうはいきませんというのがよくわかりました、ハイ」

結婚、出産後にマスコミを避け続けていたトシちゃんが、初めて開いた記者会見で口にした、いわゆる「ビッグ発言」だ。

ちょうどジャニーズ事務所からの独立とタイミングも重なり、「トシちゃんは独立してジャニーズのタレントと共演できなくなり、さらにはビッグ発言で芸能界から干された」というのが、おそらく世間の印象ではないか。
私もそう認識していた、本書を読むまでは。

当時高校2年生だった著者は、あっという間に始まったトシちゃんバッシングに、

「一夜にして性格が変わるわけないのに、なぜこんなにも世の中の評価が激変するの?」

という思いを抱いたという。

そして後年ライターとなり、本書の執筆のために改めて当時のスポーツ紙やワイドショー、雑誌などを詳細に分析し、見逃されてきた事実をあぶりだしていく。

会見直後、ビッグ発言はほとんど取り上げられていなかったこと。
1週間で風向きが変わったこと。
独立直後はジャニーズ事務所所属のタレントとも共演していたこと。
テレビ出演は以前より増えていたこと。

トシちゃんについて報じるありとあらゆるメディアを調べたのではないかと感じるほどの、著者の執念。それもそのはず、著者はプロのライターであり、かつ、熱烈な「田原俊彦ファン」なのだ。

トシちゃんを「好き」という感情が、

「はたして、田原俊彦は傲慢なのか。本当に傲慢な男であれば、あれだけの踊りを踊れるはずがない」

という、疑問へと繋がっていく。
なにせ1998年、20歳で初めてトシちゃんのライブに行って以来、著者は毎年ライブに足を運んでいるのだ。

膨大な資料から見えてくる、当時のマスコミの考え方。
なぜトシちゃんは、ジャニー喜田川氏をいまでも恩人として尊敬しているのか。
関係者の話から浮かび上がる、リアルなトシちゃんの人柄。
そして本人へのインタビュー。

「好き」であることにお金を払うだけでなく、「好き」だからこそ、ファンでない人にもトシちゃんのことをわかってほしいと、ここまでの本を書く。著者にとってトシちゃんはいつまでもアイドルであり、その愛情と熱は、本書の後半に行くにつれてぐんぐん加速し、読者を引きずり込む。

私も読みながら、ついついyoutubeで昔のトシちゃんの映像を検索し、大ヒット曲「ごめんよ、涙」を口ずさみながら、還暦を迎えた今のトシちゃんについても調べてしまった。
ファンの熱は、伝染する。

「テレビで感じ悪いのは、すごくもったいない」

「1994年以降という注釈こそ入るが、マスコミ関係者の中で自分ほど田原俊彦を見続けている人はいない」と自認する著者の、トシちゃんへの初のインタビューは2009年。
60分の予定をはるかにオーバーし、104分にも及んだ。

「ビッグ発言の前はイメージよく、好感度も高かったじゃないですか」「テレビ出たときに感じ悪くやっちゃうと、すごくもったいないなと思うんですよ」「12年間コンサートを見ていますが、年々やらなくなる振り付けがあるんですよ」など、これまで誰も聞いてこなかった、しかし、本人を前にそんなこと言って大丈夫かとこちらがヒリヒリするような問を投げるのも、トシちゃんの復活を心から望む著者の愛情があるからだ。

そしてトシちゃんも、そんな、どストレートの質問を真正面から受け止め、しっかりと答える。2人のやりとりは、読み応え十分だ。

本書のテーマは田原俊彦だが、そこで終わらずに、アイドルという存在、そして彼ら・彼女らとマスコミとの複雑な関係について随所で考えさせる。

そもそも、テレビに出られなくなったタレントは本当に不幸なのか。

大スターを転落させた罪悪感を、彼ら(マスコミ)は持っているのだろうか。

トシちゃんの後も、ジャニーズ事務所だけに限らず、次々とアイドルは生まれ、華々しく活躍する。そして数年もすると、一部の姿はめっきりテレビでは見かけなくなる。

トシちゃん時代、メディアはテレビや雑誌という大手マスコミが中心だった。しかしそれから20年――、SNS時代がやってきて、アイドルは24時間365日誰かの目に晒されるようになった。小さな火がいったん灯れば、あっという間に炎上して誰にも消し止めることはできない。

トシちゃんというひとりのアイドルの足跡を辿りながら、現代に思いを馳せる。
アイドルっていったい、なんだろうか。トシちゃんが見せ、貫く生き方に、ひとつ新たな視点をもらった。

「田原俊彦論 芸能界アイドル戦記1979-2018」

岡野 誠(著)
発行:青弓社
A5判:400ページ
価格:2200円(税込み)
発行日:2018年5月31日
ISBN:978-4-7872-7403-8

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