【新刊紹介】東洋初の地下鉄を創った男の熱き物語:門井慶喜著『地中の星』
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東洋初の地下鉄が開通したのは昭和2年(1927)12月29日である。浅草・上野間のたった2.1キロの距離にすぎなかったが、難題続きの一大事業であった。それだけに、登場人物たちの感慨もひとしおだったろう。一番列車が動き出したときの様を、著者はこう描写している。
〈・・・テールランプは車両下方の左隅。ささやかな、ほんとうにささやかな赤の点だった。
しだいに闇に侵されつつ、けれども消失することは拒みつづける。地中の星そのものだった。〉
東京地下鉄道(東京メトロの前身)の創業者・早川徳次は、早稲田大学卒業後、満鉄から中央官庁の鉄道院に転じ、東武の根津嘉一郎に見込まれてローカル線の経営再建で手腕を発揮する。しかし、そんな仕事では飽き足らず、一大事業を手掛けることを夢見、ロンドン視察で地下鉄を目の当たりにしたとき、これだ!と閃いた。東京の地下に電車を走らせる――。
しかし、当時の日本人の常識では荒唐無稽と誰も相手にしてくれない。前半のヤマ場は、主人公の早川徳次が苦労の末に、会社設立から工事の認可を取り付けるまで。早川は伝手を頼りに大隈重信、渋沢栄一との知遇を得、彼らを弁舌巧みに口説き落とすのだが、ここでのやり取りが痛快である。
本邦初の地下鉄工事が進んでいく場面は、本作の最大の読みどころとなる。ここでの主役は現場の作業員たちで、作者は、難工事の作業工程を読者にわかりやすく記述する。主要な登場人物に有能な若手と叩き上げのベテランを配し、職人同士の衝突あり、崩落事故や関東大震災、はては会社の資金難まで次々と難題が降りかかってくる。どうやって克服するのか。ページをめくる手が止まらない。
もうひとつの興味が、早川徳次と東急の五島慶太との確執である。年齢の近い両人は、互いに尊敬しあう盟友だった。しかし、東急電鉄を立ち上げ、地下鉄経営にも野心を燃やす五島は、東京地下鉄道会社の経営権を巡って早川と鋭く対立する。上野から新橋まで早川の地下鉄は延伸したが、五島は渋谷から新橋まで地下鉄を開通させる。いまの東京メトロ銀座線の成り立ちは、こうだったのか。
本作の狙いについて、作者はこう語っている。
「今回の小説では、上は政治家から下は建設現場の作業員まで、あらゆる階級の人物を登場させることで、明治でも大正でもない、昭和初期という大衆時代の幕開けを描いてみたかったのです」(新潮社『波』9月号より)
その試みは、見事に結実している。銀座線に乗車する度に、先人の苦労に思いをはせることになるだろう。
新潮社
発行日:2021年8月25日
四六版:376ページ
価格:1980円(税込み)
ISBN: 978-4-10-354211-6