
【新刊紹介】愛情をもって突き放す;石村和徳、石村有希子『自閉症の画家が世界に羽ばたくまで』
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もし自分の子どもが自閉症と診断されたら?
そしてまだ小さい我が子を遺して、死んでしまうとしたら?
著者である石村夫妻がひとり息子・嘉成さんの発育に不安を感じたのは、1歳2か月のとき。
嘉成さんは2歳で自閉症との診断を受け、母・有希子さんと療育(障がいを持つ子どもたちが、社会的に自立することを目的として行われる医療や教育)に取り組むものの、9年後に有希子さんはガンでこの世を去る。
「私が病気になったばかりに(嘉成さんの)療育が止まってしまって、ほんとにつらいんよ……」の言葉を遺して。
それから16年。嘉成さんは画家として世界的に活躍中だ。俳優・森山未來さんもファンのひとりで、以前、公演のフライヤーに嘉成さんの作品を使っている。
本書は嘉成さんが絵という生きる道を見つけるまでを、前半は有希子さんが綴っていた療育日記を軸に、そして後半は、有希子さんからバトンを受け取った父・和徳さんとの生活から描く。
有希子さんが嘉成さんに与えた影響の大きさを考え、著者名にはあえて亡くなった有希子さんの名前を残している。
親にとって、我が子がかわいいのは当たり前。泣いていたら胸が痛むし、困っていたら手伝いたい。障がいがあったら、なおさらではないだろうか。
だが有希子さんは、覚悟をもってその優しさと決別し、自分の持っているすべての時間と体力を嘉成さんに注ぎ込んで血のにじむような努力を重ねた。
妻はこう考えました。嘉成はだれかの、いや、多くの方々の助けなしには生きていくことは困難でしょう。だから、みんなから好かれる子になってもらいたいと。(中略)なんでも言うことを聞く親になってはいけない、心を鬼にして「愛情あふれる、突き放し」を実践していきました。自分の子どもこそかばわない、という信念を持ち続けながら。([はじめに]より)
保育園の玄関で暴れる嘉成さんを、最後は羽交い絞めにしてでも自分が投げた靴を拾わせ、どれだけ叫ばれ、叩かれても無視する。
ことばを覚えるために手書きのカードを作り、お風呂の中では一語一語発語を練習。小学校の普通学級に進学後は、登校から授業まですべて付き添い、授業の進行に支障がないよう自宅でも教材を使った学習を欠かさない。
有希子さんの後を継いだ和徳さんもまた、嘉成さんに寄り添い鼓舞しながら、中学、高校、そして卒業後とサポートを続けた。
高校3年生の学園祭で周囲を驚かせるような版画を発表した嘉成さんは、翌年にはフランスの新エコールドパリ浮世・絵展ドローイング部門で優秀賞を受賞。その後も画家として着実にキャリアを重ねている。
果たして嘉成さんは“特別な自閉症児”なのか。
おそらくそうではない。むしろ、療育の専門家に「この子は織田信長タイプですね」と幼い頃に評されるほど、激しい気性とパワーを持っていたようだ。
有希子さんは生前、保育園の先生にこう提案していた。
「子どもたちは幼児期にいろんなことをもっとも吸収しやすい。健常児ならなおさらそうなのに、あまり手をかけない親が多いと思います。一生のうちでいちばん大切な時期をもったいなく過ごしている子が多いじゃないでしょうか。ぜひ私に一度、子どもとの向き合い方について講演をさせてくださいませんか」
残念ながらガンの再発で講演会は実現しなかったが、有希子さんが伝えたかったメッセージは本書に詰め込まれている。
健常児、障がい児の区別なく、子どもを育てている人であれば、本書に学ぶことがあるのではないだろうか。
扶桑社
発行日:2021年7月8日
四六判:224ページ
価格:1760円(税込み)
ISBN:978-4-594-08868-2