【新刊紹介】「自衛隊は戦力ではないのか?」:伊藤祐靖著『自衛隊失格 私が「特殊部隊」を去った理由』

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滝野 雄作 【Profile】

自衛隊の特殊部隊が拉致被害者を北朝鮮から救出するシミュレーション小説として話題になった『邦人奪還』の著者による、自伝的自衛隊論である。現実の特殊部隊創設にかかわった著者は、42歳(階級は二佐)のときに20年間所属した自衛隊を退職した。彼が問いかける自衛隊のあるべき姿とは――。

『沈黙の艦隊』『空母いぶき』などで知られる漫画家かわぐちかいじ氏は、本書の解説でこう書いている。
「本書は日本の防衛を考えるひとつのファクトであり、その存在意味を考える手助けになる最高の書であると断言する。」

著者は陸上競技の特別推薦で日本体育大学に進み、高校の体育教員になることが決まっていたが、1987年、ある理由で海上自衛隊に二等海士として入隊する。横須賀教育隊での新兵教育や、広島県江田島にある幹部候補生学校での教育現場の実情が、ときに辛辣に、著者の体験談としてビビットに描かれる。

著者は、自衛隊のあるべき姿について苦悩する。組織のなかでは、
「デスクの議論で予算獲得のための理屈を思いついたり、きっちり予算を執行する手法を考える力に長けた人が幅を利かせる」
そうした自衛隊内の評価に対する不満は、退職するまで続く。
「戦闘というものは、極めて特殊な行為ではあるが、それを実行する可能性のある組織である以上、その特殊な行為の実行力に長けた者であるかどうか・・・だが、自衛隊にそんな発想は微塵もない。じゃあ、なんのための組織なんだ。俺は何に向けて、自分のすべてを捧げようとしているのか」

著者は、防大指導教官、護衛艦「たちかぜ」砲術長を経て、イージス艦「みょうこう」航海長時、1999年3月に遭遇した能登半島沖不審船事案が人生の転機となる。ここからの記述が、本書の白眉である。
P3C(対潜哨戒機)による、特定電波を発信しながら航行する不審船の発見。船尾は観音開きの構造になっており、そこから工作船を出せるようになっていた。ともに追尾していた海上保安庁の巡視船が、「燃料不安のため」現場から離脱するのに唖然とする。政府から「みょうこう」に、自衛隊発足後初めての「海上警備行動」が発令される。いきなり実戦である。何十発も警告射撃を放ち、不審船は停止した。これから立入検査を行う。

相手は高度な軍事訓練を受けている工作員であり、銃撃戦の可能性がある。ところが、突入する隊員にまだ立入検査の訓練ができておらず、拳銃を撃った経験もない。艦内には防弾チョッキさえ装備されていないのだ。ある隊員は「少年マガジン」をガムテープで身体に巻き付けて命令を待つ。著者は全滅を覚悟した――。

この事案を契機に、自衛隊に特殊部隊が創設されることになった。著者は準備室への異動を命じられる。それから退職するまでの8年間、隊員の選抜と教育訓練にあたるとともに、自らも小隊長としてひたすら有事に備え、研鑽を重ねてきた。この間の記述に、著者の熱い思いがこめられている。
「自衛隊は戦力ではないのか?自衛隊は交戦しないのか?」憲法9条との矛盾に悩む。好戦的と捉えては、本質を見誤ることになる。軍事のリアルに目を背けるわけにはいかないだろう。

新潮社
発行日:2021年6月1日
新潮文庫:282ページ
価格:649円(税込み)
ISBN:978-4-10-102961-0

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    書評家。大阪府出身。慶應義塾大学法学部卒業後、大手出版社に籍を置き、雑誌編集に30年携わる。雑誌連載小説で、松本清張、渡辺淳一、伊集院静、藤田宜永、佐々木譲、楡周平、林真理子などを担当。編集記事で、主に政治外交事件関連の特集記事を長く執筆していた。取材活動を通じて各方面に人脈があり、情報収集のよりよい方策を模索するうち、情報スパイ小説、ノンフィクションに関心が深くなった。

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