【新刊紹介】国技を支える「相撲列車」:木村銀治郎著、能町みね子・イラスト『大相撲と鉄道 きっぷも座席も行司が仕切る!?』
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大相撲における行司の役割は多岐にわたる。例えば「相撲字」を書くこともそうだ。相撲字とは、楷書(かいしょ)を肉太に、隙間を埋めて書く独特の文字。本場所の番付表や館内の電光掲示板も全て行司が書いている。さらに、場内アナウンスや決まり手の紹介、番付編成会議などでの書記役、各々が所属する部屋の後援会との連絡や冠婚葬祭の案内状・礼状書き……と枚挙にいとまがない。
中でも骨が折れるのは、親方衆、力士、行司らを含む日本相撲協会員全体の移動手段の立案と手配を一手に担う「輸送係」であり、そのけん引役を担うのが幕内格行司の木村銀治郎氏である。
1974年生まれ、東京都墨田区出身の銀次郎氏のもうひとつの顔は、「鉄道ファン」。小さい頃から駅弁の掛け紙収集や線路の架線、信号機に夢中になったという。本書では自らの豊富な鉄道知識を織り交ぜながら、相撲列車の実情やきっぷ手配の技、大相撲と鉄道が交錯する雑学などをたっぷり披露している。
例えば、体重が120kg~140kgの力士が3列シートを3人で使用する場合、肘掛けを2本とも上げて細身の力士を真ん中に座らせると何とか収まる。200kgの力士が3人並びで座るのは不可能なので、超重量級力士、平均的な体格の力士、細身の力士とうまく組み合わせる。
そこで銀次郎氏には、忘れられないエピソードがある。
ブルガリア出身、元大関・琴欧州の鳴戸親方がまだ入門して間もない頃。大阪乗り込みの相撲列車に、松葉杖をつきながらやってきた。当時の琴欧州は、背は高かったが体の線は細かった。痛々しい姿を見て、銀次郎氏は2人掛けの通路側の席を選んで渡した。
ところが、乗車後に車内の見回りに行くと、彼は3人掛けの真ん中にいるではないか。部屋の兄弟子に座席を交換させられたのだ。のちに鳴戸親方は、銀次郎氏に「せっかく通路側の席をもらえたのに、兄弟子たちに席をかわるように言われた。もちろんハイと言うしかない。悔しくて腹が立って、絶対にこの人たちより強くなってやろうと心に誓った」と明かした。
グリーン車に乗れるのは十両以上の関取衆の特権。まさに、「B席(3列シートの真ん中)がもたらした力士出世秘話」である。
大きな体で長距離移動を強いられ、かつ列車に乗り慣れた力士たちを見ていると、乗車の際の好みや工夫など、いろいろな発見ができるという。
2人掛け席に座る際、肘掛けを上げてシートの境目に腰を下ろし、そのわずかな隙間にマゲを収める力士がいる。マゲが崩れるのを防ぐためだ。首を痛めないよう窓に頭をくっつけて眠る力士も多い。首を傾ける方向にこだわる力士もおり、「左に首を倒せる席にしてほしい」とリクエストされたこともある。
このほか、座席の数字にこだわる者、富士山が見える側を求める者……。銀次郎氏は、個々の嗜好(しこう)を把握し、席割に努めている。相撲列車内は、力士にとって貴重な休息の場だ。「かなえられる要望は、たとえそれがささいなことであっても、なるべくかなえてあげたい」との親心がにじむ。
新型コロナウイルスは、力士たちの生活も根底から覆した。2020年は結局、相撲列車は1本しか運行されなかった。
コロナが終息したらぜひ、読者もローカル列車に揺られて大相撲巡業に足を運んでほしい。そこには、普段の本場所では見ることができない、ほのぼのとした光景が広がっている。
交通新聞社
発行日:2021年2月15日
新書判192ページ
価格:990円(税込み)
ISBN:13 - 978-4330008219