【書評】戦後政治の生々しいドラマ:仁田山良雄著『検証 衆議院解散』
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今年の総選挙は“ワクチン解散”か
「今年は選挙の年です。どんなに遅くとも秋までには総選挙があります。私はその先頭に立って戦い抜く決意であります」。3月21日、都内のホテルで2年ぶりに開かれた自民党大会。党総裁の菅義偉首相は演説で、衆議院解散・総選挙に強い意欲を示した。
「衆議院議員の任期は、四年とする。但し、衆議院解散の場合には、その期間満了前に終了する」(憲法第45条)。現在の議員は今年10月21日に任期満了を迎える。菅首相の党総裁任期は9月末までだ。
新型コロナウイルス感染症の終息シナリオが不透明な中、7月4日投票の東京都議会議員選挙、夏に予定される東京オリンピック・パラリンピックなどの日程が控えている。どのタイミングで解散を打てるのか、予断を許さない。
自民党のある幹部は「新型コロナのワクチン接種が進んでいけば、解散・総選挙になっても国内はパニックにはならない」との見通しを示す。コロナ禍の中で解散に踏み切った場合、“ワクチン解散”と命名されるかもしれない。
戦後、現憲法下での解散・総選挙は第3次安倍内閣の「国難突破解散」(2017年9月)まで24回を数える。これ以外の任期満了に伴う総選挙はたった1回だった。三木内閣の「ロッキード選挙」(1976年12月)だけである。
本書は第2次吉田内閣の「なれ合い解散」(48年12月)から、麻生内閣の「政権選択解散」(2009年7月)までの21回の解散と、22回の総選挙を主な検証対象にしている。解散・総選挙に至る様々な経緯や背景などをエピソードも交えて詳細に分析した労作といえるだろう。
政治情勢や世相映す解散の呼称
「政治の節目となる解散・総選挙については、政府が解散にあたって明らかにする大義名分とは別に、その時代の政治情勢や世相を背景とした呼称(ネーミング)が冠せられるのが通例である」
第4次吉田内閣の「バカヤロウ解散」(1953年3月)、第1次鳩山内閣の「天の声解散」(55年1月)、衆参同日選挙になった第2次中曽根内閣の「死んだふり解散」(86年6月)などは、「解散に至る与野党の駆け引きから名付けられた」とされる。
「国論を二分した政策課題で揺れたことを物語る」ケースも少なくない。第1次池田内閣の「安保解散」(60年10月)、第1次海部内閣の「消費税解散」(90年1月)、第2次小泉内閣の「郵政解散」(2005年8月解散)などだ。
第2次池田内閣の「予告解散」(昭和38年=1963年10月)のネーミングの由来はこうだ。池田首相は「所得倍増計画の成果を背景にして、今後の経済政策、翌三十九年には自民党総裁選、東京オリンピック、衆議院議員の任期満了を控えて、三十八年中に選挙を終えるべきだとの解散ムードが高まり」解散したという。
「伝家の宝刀」をめぐる憲法論争
「政治の最大のドラマ」といわれる衆議院解散――。「首相の解散権は、任期満了前の全衆議院議員の首をいっぺんに切るという最も強い権力として、首相の『伝家の宝刀』と呼ばれ、首相の権力の象徴とされている」
「首相が重要政策を掲げて国民の信を問うものであり、党内主導権を確立、政権の延命を図るという側面を持っている。首相の座に就いた最高権力者が誰しも一度は抜いてみたいものであろうが、解散は国民の代表である議員を瞬時に罷免するだけに『大義名分』が必要だ」
現行憲法には解散権についてふたつの規定がある。第7条の「内閣の助言と承認」による天皇の国事行為のひとつとして、「衆議院を解散すること」も掲げている。もうひとつは第69条の「内閣は、衆議院で不信任の決議案を可決し、又は信任の決議案を否決したときは、十日以内に衆議院が解散されない限り、総辞職をしなければならない」という規定だ。
このふたつの規定の解釈をめぐって国会と学界で論争が続いてきた。「衆議院を解散できる場合に関して、二つの学説がある。一つは、憲法第六九条に規定される内閣不信任決議案の可決又は内閣信任決議案の否決に限って、解散できるという説であり、もう一つは、第七条の場合は、解散はそういう場合に限定されず、政治的に必要と認める限り、内閣はいつでも解散できるとする考え方である」
一般的には「七条解散」、「六九条解散」と呼ばれている。憲法上、解散権は実質的に内閣にあるとされ、首相が解散権を行使できるという「七条解散」が政治的には定着してきた。政府は1964年1月、「第六九条以外の場合でも民主政治の運営上、新たに国民の意思を問う必要があると認められる場合において、衆議院の解散を行うことは憲法の許容するところであると解される」との見解を発表した経緯もある。
解散権の乱用はいかがなものか
「今日、政府が『内閣の助言』権をたてに、都合のいい時期を選んで『七条解散』に踏み切るケースが一般化した。『国権の最高機関』の立法府と行政府の関係について、七条解散はもっと厳格に考えるべきだ、との憲法論議が続いている」
著者はこう問題提起したうえで、「『七条説』に立つ学者たちも、首相の解散権行使を無制限に認めているわけではない」とクギを刺す。さらに1976-79年に衆議院議長を務めた保利茂氏は「解散権について」の見解を発表し、「恣意的解散権の乱用を戒めている」と指摘している。
もっとも、歴代首相の誰もが解散を断行したわけではない。戦後、現行憲法下で解散権を行使したのは吉田首相から安倍首相まで計16人で、ほぼ半数にすぎない。解散の回数が最も多かったのは吉田首相で、3回(旧憲法下を含めると4回)。2回解散したのは池田、佐藤、大平、中曽根、小泉、安倍各首相の6人である。
「解散を目指す余裕もなかった首相もいる」。宇野首相は、政権発足直後の89年夏の参院選で大敗した責任をとり、わずか2カ月余りで退陣した。56年12月に就任した石橋首相は病気のため、2カ月で政権を手放した。
87年11月に発足した竹下内閣は消費税、リクルート事件の対応に追われ、とても解散どころではなかった。著者は「竹下首相は、『選挙学博士』、『選挙の神様』との異名もあり、『一度は自分の手で選挙をやり遂げたい』との思いがあったのではなかろうか」と推量する。
紫のふくさ、万歳で解散劇演出
本書は大きく2部で構成されている。1948年から2009年まで解散・総選挙があった国会ごとに時系列で詳述している「衆議院解散に至る経緯と背景」が500ページ以上を占め、これが本編にあたる。続編の「衆議院解散に関する諸問題」には解散劇の舞台裏ともいえる豆知識が盛りだくさんだ。
解散のセレモニーには「解散詔書」が必要だ。「衆議院解散は憲法第七条で、天皇の国事行為として、『内閣の助言と承認により』と定められているため、首相はあらかじめ解散を閣議に諮り、閣僚全員から解散詔書決定のための閣議書に署名を得る必要がある。閣議決定後、内閣総務官が皇居に赴き、陛下が署名押印された解散詔書を持ち帰り、首相が副署する」
「詔書自体は公文書として内閣で保管され、詔書と同じ文面の伝達書、いわば『写し』が官房長官を通じて、議長に運ばれる。議長がこれを読み上げると衆議院解散となる。伝達書は、『ふくさ』と呼ばれる紫色の風呂敷に包んで運ばれ、俗に『紫のふくさ』は解散の同義語として使われている」
衆議院の本会議場で、議長が解散詔書を読み上げると、全員が起立し、期せずして議席から「万歳」の連呼が議場をどよめかすのが恒例の光景だ。「『バンザイ』と大声で叫ぶほど、総選挙で再選されるというジンクスが大正年間の政党政治華やかな時代から定着しているためだと言われている」
衆議院事務局の職員は起立して、議員の「万歳三唱」を見つめる。著者は「職務上、何回か議場を包む『万歳』の叫びを聞いてきたが、あの喧噪と異様な雰囲気は言葉に尽くしがたい」。著者の長年の観察によると、政界を引退する議員のほとんどは「万歳」をしないという。
著者は権力闘争の生臭さを目撃
著者、仁田山良雄氏は1939年、栃木県生まれ。早稲田大学卒業後、65年に衆議院事務局に入局した。勝間田清一副議長の秘書、土井たか子議長時代の秘書課長(憲政記念館長を兼任)を経て警務部長、庶務部長などを歴任した。著書に『検証 議長裁定』がある。
赤じゅうたんに象徴される東京・永田町の国会議事堂。「白亜の殿堂」とも称され、正面に向かって左側が衆議院、右側が参議院だ。両院にはそれぞれ事務局がある。衆議院のホームページによると、「衆議院事務局は、議院の活動を直接に補佐し、事務を処理するため設置されています」、「職員数は、約1650人です」などと淡々と紹介されている。
しかし、実は単なる事務局ではない。国会議員にとっては知恵袋的な存在だ。与野党が対立し、国会運営に行き詰まると、各党幹部は事務局に駆け込み、相談するのが習わしだ。衆議院先例集やノウハウを蓄積している事務局はデータバンクであり、シンクタンクでもある。
著者は35年間にわたって「国会という政治の舞台で、各政党が織りなす権力闘争なるものを直接、間接的に見聞してきました」という経験を持つ。
「今、顧みると、いかに多くの政治家の方々と出会い、国会運営等について真摯な話し合いをしてきたことか、鮮やかに懐かしく想い出され、万感胸に迫るものがあります」。著者はこう述懐する。
本書は戦後の解散・総選挙史の集大成であるだけではない。「猿は木から落ちても猿だが、代議士は選挙に落ちればタダの人、みんな頑張ってくれ」(大野伴睦自民党副総裁)、「政界は一寸先は闇」(川島正次郎自民党副総裁)など解散をめぐる名文句もちりばめられている。生臭い政治の内幕を垣間見ることができる読み物にもなっている。
検証 衆議院解散
仁田山 良雄(著)
印刷・製本:デジタルパブリッシングサービス
四六判:675ページ
価格:4598円(税込み)
発行日:2021年2月22日