【新刊紹介】校正者が伝える言葉の魅力:メアリ・ノリス著『カンマの女王―「ニューヨーカー」校正係のここだけの話』

Books 文化 言語

正しい英語の表記とはどうあるべきなのか。本書は、アメリカの著名雑誌『ニューヨーカー』で働くベテラン校正者が、悪戦苦闘するその仕事ぶりを、ユーモラスに綴ったものである。本書を読めば、英語を学ぶ楽しみがふくらむことだろう。

校正者の仕事とは、本になる前のゲラ(本と同じ体裁の試し刷り)を読み、誤字脱字、誤植や文法上の誤りなどをチェックすることである。

訳者あとがきによれば、彼女は『ニューヨーカー』のウェブサイトで「Comma Queen」という動画を公開しており、人気を博しているという。カンマとは「,」のことで、校正の仕事で「カンマをいじくりまわしているというイメージ」から、彼女に付けられたニックネームなのだそうだ。

本作は、同誌に掲載された彼女のエッセイ(動画を含む)をもとに編まれており、なにかと指摘が細かいことで有名な同誌の校正者の仕事ぶりや、文法上の誤用例、もちろんカンマ、ほかハイフン、ダッシュなど記号の用途についてふんだんに語り尽くしている。とはいえ、文章はエピソードを交えて軽妙洒脱でユーモアにあふれており、そこはお堅い文章読本とは違う。

「ここだけの話」という意味で多くの人は「between you and I」と使っているが、文法的には「between you and me」が正しい(なぜかは本書を読んでください)。著者は、弁の立つオバマ大統領でさえ誤用していると実例を挙げて指摘する。ただし、あらたまった表現をするときに、「and I」と誤用されるケースが多く、これは受け入れざるをえないかも、というニュアンスで筆を運ぶ。校正者といえども、こと表現に関しては寛容にならざるをえないときもある。

「ハイフンと校正者の不愉快な真実は、入っていれば取りたくなり、なければ入れたくなることである」と著者は書く。
19世紀半ばのメルヴィルの名作『白鯨』(Moby-Dick)はハイフン(-)でつながれている。著者はどうしてなのか疑問に思い、探求の旅に出る。もともとのタイトルは「The Whale」だったがさっぱり売れない。そこでメルヴィルの弟が、ロンドンの版元に売り込む際に、「新しいタイトルの方が売れそう」という理由から主人公の名前をとって「ⅯobyⅮick」に変え、ハイフンを入れた。かくして、書名にはハイフンが入り、本文中には入っていない。

「セックス」と「ジェンダー」はどう違うのか。職業名の伝統的な女性型Hostess(ホステス)、waitress(ウエイトレス)などは表現として時代遅れになり、actress(女優)はactor(俳優)に吸収され、stewardess(スチュワーデス)は消えてしまった。このあたりの考察は興味深い。
校正という仕事を通して、われわれは言葉の持つ魅力を考えることになる。

柏書房
発行日:2021年1月10日
285ページ
価格:2000円(税別)
ISBN: 978-4-7601-5259-9

本・書籍 雑誌 新刊紹介 カンマ 編集者 校正者