【書評】干支の動物をめぐる怖い話:福井栄一著『十二支妖異譚』

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新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)の中で迎えた令和3年は丑(うし)年。本書は鼠、牛、虎など十二支の動物をめぐる怪談や面妖な物語を蒐集している。めでたい話はないが、年の初めに紐解くのも一興だ。とくとご覧あれ。

日本の古典から引いた全160話

十干(じっかん)と十二支を組み合わせる干支(えと)は暦年などを示す。今年の干支は「辛(かのと)丑」だが、一般的には十二支で「丑年」と呼ぶ。干支は古代中国、殷(いん)の時代に考案され、朝鮮を通じて日本に伝わった。

本書の“主役”は伝説上の神獣、龍を含めた十二支獣たちだ。子(ね)は鼠、丑は牛、寅(とら )は虎、卯(う)は兎、辰(たつ)は龍、巳(み)は蛇、 午(うま)は馬、未(ひつじ)は羊、申(さる)は猿、酉(とり)は鳥、戌(いぬ)は犬、亥(い)は猪――。十二支に当てられている生きものが次々に登場する。

「鼠の章」から「猪の章」まで12章の本書には、全160話ほどのショートストーリーが収録されている。出典は『古事記』などの歴史書から説話集、軍記物語、仮名草子、地誌、歌舞伎脚本など多岐にわたる日本の古典。これを「上方文化評論家」を自任する著者が小気味よい現代語訳に仕上げているので、とにかく読みやすい。

 「怖いことは、往々にして愉しい」

「子、丑、寅……と小児にさえ親しまれている十二支の生きものたちも、いつも無垢で愛らしいとは限らない。たまさかに、妖しく不気味な貌(かお)を見せる。本書では、その刹那を鮮やかに切り取った話ばかりを集めた」

妊娠した女性が小蛇を生んだり、人間が猿や馬、羊、犬に変身させられたり、ぞっとする話、奇談、恩返しや因果応報などの物語がこれでもか、これでもかと出てくる。話の“落ち”は人間の「頓死(とんし)」、「狂死」、「逐電(ちくでん)」なども少なくない。

それでも著者は「怖いことは、往々にして愉しい。本書の通読が、その好例とならんことを」と涼しい顔だ。

窮鼠(きゅうそ)は何を噛むのか

160話が12章に均等に振り分けられているわけではない。章ごとにみると、最も多いのは「蛇の章」の34話、次が「馬の章」の19話、「犬の章」の18話と続く。最も少ないのは「羊の章」の4話である。

160話にはそれぞれ題目に当たる見出しがついており、出典も明記している。一話一話が独立しているため、どれから読んでも面白い。

「窮鼠猫を噛む」(出典は江戸時代後期の随筆『翁草』巻之五十六)は、「鼠の章」に出てくる。同章には、これとは別に「鼠、指を噛む」(出典は江戸時代中期の説話集『新著聞集』巻第四)がある。160話の第1話で、全文は以下の通りだ。

「江戸小石川伝通院(でんつういん)の僧が、若い頃、鼠を追い回し、挙句、右手で握り潰して殺してしまったことがあった。
 断末魔の鼠は、最後の力を振り絞って、僧の指に噛みついてから息絶えた。
 噛み傷は、しばらくすると、癒(い)えたには癒えた。
 しかし、数十年経った今でも、毎夜七つ時になると、僧の指の古傷はしくしくと痛み出した。例の鼠が息絶えた時刻なのだろう。
 まことに恐ろしき妄念である」

因縁やままならない「人生」映す

今年の干支話は何か。8話ある「牛の章」は、見出しが「牛へ化(げ)する女」(出典は平安時代初期の仏教説話集『日本霊異記』下巻第二十六話)という因縁譚で始まる。

強欲な妻だった「田中真人広虫女(たなかまひとひろむしめ)」は死後、7日目に蘇生したものの、上半身が牛の姿に変わっていたという。悪行はよい結果をもたらさない“悪因苦果”の教えを説いているのだ。

一話に複数の動物が出てくるケースもある。「虎の章」にある「荒野で虎に遭う」(出典は平安時代末期の歌学書『俊頼髄脳』)。ある男が荒野を歩いていて突然、虎に追いかけられ、懸命に走り逃げるうち、古井戸と思しき穴を見つけた。草の蔓(つる)を命綱代わりにぶら下がったら、井戸の底では大きな鰐が口を開けている。あろうことか、その細い草蔓をどこからか現れた白と黒の二匹の鼠が交互に齧(かじ)り始めた……。

 「このままでは、蔓は早晩、噛み切られ、男は底へ落ちて鰐の餌食になってしまうだろう。
 かと言って、蔓をつたい上って井戸から出ようとすれば、待ち伏せている虎に喰われてしまう。この男の置かれた情況は、我々の暮らす現世さながらだ」

主人公の人間こそ恐ろしいやも

160話に共通しているのは詰まるところ、主人公は人間だということだ。十二支獣が主役とはいえ、描写は人間が中心で、何世紀も前の世相や生活の様子もうかがえる。著者が選りすぐった古典話が時代を超えて読者を魅了するのは、そこに人生訓や世の中のはかなさを読み取れるからだろう。

「宇宙船が遠い星の石を持ち帰り、潜水艇が海溝の底を浚(さら)える時代になってもなお、世界は不思議に充ちている。
いつの世も、怖いものは怖いし、怪異の種は尽きない。
十二支の生きものたちは、これからも十二様の妖(あや)しさで我々を震え上がらせてくれるはずだ。
皆様、どうか、お覚悟の程を」

本書の「おわりに」で著者はこう記している。しかし、十二支獣よりむしろ、欲深く煩悩も抱える人間の方がよっぽど恐ろしい存在やもしれぬ。

本書のカバー図は、幕末から明治の文明開化の時代に活躍した歌川芳虎の浮世絵「家内安全ヲ守十二支之図」(太田記念美術館所蔵)だ。カバーには「神様に なれ なかった 動物 たち」と副題も書かれているが、十二支獣が合体した異形の姿は、守り神としてコロナ禍に立ち向かっているようにも見える。

十二支妖異譚

福井 栄一(著)
発行:工作舎
B6変型判:300ページ
価格:1800円(税抜き)
発行日:2020年11月30日
ISBN:9784-87502-522-1

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