【書評】親の欲望を捨てるとき:鳥羽和久著『おやときどきこども』
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もう20年以上も前になるが、『セブン』という映画があった。名優モーガン・フリーマン演じるベテラン刑事とブラッド・ピット扮する若手刑事が猟奇的な連続殺人に挑むミステリーで、世界中で大ヒットした。
作品でカギとなっていたのが、カトリック教会が定めた「七つの大罪」だ。
傲慢、強欲、嫉妬、憤怒、色欲、暴食、そして怠惰。
当時高校生だった私には馴染みのない言葉もあったが、映画の細かいストーリーは忘れても、なぜか七つの大罪についてはぼんやりと記憶に刻まれていたようで(さすがデヴィッド・フィンチャー作品)、その後もときどき思い出すことがあった。
そして子どもを育てるようになって、こう実感する。
「親とはなんと強欲な生き物なんだろう!」
子どもの奥にある、親の存在
著者は福岡市で学習塾を開業し、20年間、小・中・高校生の学習指導に携わってきた。単純に勉強を教えるだけではなく、ひとりひとりが何を考え、何に戸惑っているのか。家庭の様子に変化はないか。必要があれば深夜まで話し込み、じっくり生徒と付き合い、寄り添う。
その言葉は、ぐうっと読み手の心をえぐる。
「子どもが問題を抱えている場合、たいていその奥に親の存在があるものです。その場合、親が変わらなければ子どもだけが変わることなんてできません」
その通りだ、と思う。
そして同時に、それができれば簡単なのに、とため息をつく。
本書にはいくつもの親や子どものエピソードが登場する。事実関係や固有名詞を大幅に変更して書かれているとはいうものの、どれも生々しい。
受験を間近に控えているのに、部屋でダラダラyoutubeを見ていると息子を怒り、険しい顔で詰問する父親。
大学入試直前の三者面談で、娘が家でまったく勉強していないと小言を言い続ける母親や、夜遅くに娘が言うことを聞かないと震える声で著者に電話をかけてくる母親。
心がざわつくのは、親たちが発した言葉をいつか自分も言うのではないか、と思うからだ。
「勉強しないなら、受験なんてやめてしまえばいい」
「そんなに現実は甘くないわよ」
「うちの子は、頑張っているのに成績が伸びないんです」
思ったように子どもは育たないとわかっていても、期待してしまう。
でも期待が叶わなかったら……。
粟立った感情のはけ口を、子どもに向けないでいる自信がない。
「大人はデフォルトで絶望」
子どもができたとわかった時はただ嬉しく、「元気に生まれてさえくれればいい」と祈っていたのに、親というものは、いつの間にかそんな心の広さをぽんと放り出し、もっともっとと願う。
「できれば足は速い方がいい」
「勉強もできてほしい」
「友達はたくさん作って」
「素直で温厚な人柄に」
ときに周りの子と比べ、ときに勝手に理想像を当てはめる。
子どもに多くを望む感情は、「欲張り」を通り越し、「強欲」という言葉がしっくりくる。
たった数年で、私も驚くほど強欲になってしまった。
本書は、そんな自分を「ちょっと待て」と引き留め、立ち止まる機会をくれる。
登場する子はみんな、親に見せる顔とは違う顔を持ち、著者に思いをぶつけ、対話する。彼らの言葉は痛快だ。
「大人はデフォルトで絶望のくせに、子どもに希望を持てとかほんとダさいし」
ぐうの音も出ない。
我が息子は、親の姿に希望を重ねられているんだろうか?
「子どもたちは今日もまた、新しい現実を発見した興奮に震えています」
著者の言葉に、公園で見かけた走り回る子どもたちの笑顔が重なる。
きっと、親が子どもに与えられる影響なんて、本当にちっぽけなんだろう。
それならいつの間にか溜め込んでしまった欲を捨て、一緒にいられる限りある時間をとことん楽しむしかない。
ぽんっとこちらの背中を押す言葉が、この本には詰まっている。
おやときどきこども
鳥羽和久(著)
発行:ナナロク社
四六変形判:272ページ
価格:1600円(税別)
発行日:2020年6月25日
ISBN:978-4-904292-94-5 C0095