【新刊紹介】日本人拉致被害者を救出せよ!:伊藤祐靖『邦人奪還―自衛隊特殊部隊が動くとき』

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北朝鮮に拉致された日本人の生命が危機に晒されている。米国が、北のミサイル基地をピンポイント爆撃すると日本政府に通告、標的とされた場所で拉致被害者が人質になっていたのだ。首相官邸は北朝鮮軍との交戦を覚悟のうえで、自衛隊特殊部隊による救出作戦を展開させた――。

これはけして荒唐無稽な軍事シミュレーション小説ではない。30年前に拉致された日本人の生存と所在が確認され、しかも生命の危機が迫っていると判明したとき、現実の日本政府は、ただ手をこまねいて傍観しているだけであろうか。

著者は1964年生まれの海上自衛隊の元2等海佐である。護衛艦「たちかぜ」砲術長、「みょうこう」航海長を経て、自衛隊初の特殊部隊である海上自衛隊「特別警備隊」の創設にかかわった。
それだけに、本作には本職にしか描けない迫真のリアリティがある。

20xx年8月14日深夜、人民解放軍の特殊部隊員5名が密かに尖閣諸島魚釣島に上陸、灯台のやぐら部分に中国国旗を掲揚した。
彼らは武装している可能性が高い。事態を重くみた首相官邸は、特別警備隊に排除を命じた。部隊創設メンバーの中心人物・第3小隊長の藤井(3佐・40歳)は、腹心の部下2人を率い、任務を果たす。これはほんの導入部。

それから1年後、米国から重大な情報が提供された。北朝鮮軍部がミサイル発射を企図している。近々、米軍はピンポイント爆撃に踏み切る構えだが、問題はその発射基地の近くに、日本人拉致被害者6名が「人間の盾」として居住させられており、巻き添えを食う可能性が高い。

米軍の支援は期待できず、日本は独力で人質を救出しなければならない。優柔不断な首相は、タカ派の官房長官に圧され、海自の特別警備隊と、陸上自衛隊の特殊部隊「特殊作戦群」の派遣をしぶしぶ決断する。
ただし、その前にクリアにしておかなければならない問題がある。これは自衛隊の海外派兵にあたるのではないか。首相官邸は、安保関連法の改正で可能になった国外での「邦人救出」の枠内で、この作戦を実施しようとする。国家首脳の法解釈をめぐる議論は、そうとうに興味深い。本作ではその場面がきっちりと書き込まれている。

作戦立案は防衛省に委ねられた。特別警備隊の藤井は20名の部下を率い、「そうりゅう」型潜水艦2隻で北朝鮮の日本海側北部の海岸へ向かい、沖合から潜水、水中スクーターで接近し、上陸を果たす。彼らの任務は、対空砲火基地の無力化で、主作戦部隊の支援である。特殊作戦群チームの50名は、イージス艦2隻に守られたヘリ空母「いずも」で北朝鮮沖に進出し、そこからヘリで人質救出に向かう。作戦に参加する人員は総勢1100名。

現地で交戦した場合、人質の6名を奪還するために特殊部隊から大勢の犠牲者が出ると予想される。官邸に呼ばれた藤井は、首相に「同胞たる自国民が連れ去られたのだから、いかなる犠牲を払ってでも救い出す」その強い意志と覚悟があるのか、と問いただす。

出撃してからの展開は、一気呵成に読める。読者は、登場人物とともに異様な緊張感を味わうことになる。
決死の潜入を果たした藤井らは、そこでなにを目撃したか。
作戦行動の詳細や死地に赴く隊員の心理描写は、部隊経験者である著者にしか書けないだろう。われわれは、壮絶な軍事のリアルを疑似体験することになる。

新潮社
発行日:2020年6月15日
254ページ
価格:1600円(税抜き)
ISBN: 978-4-10-351992-8

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