【書評】変化への信念と希望:瀧本哲史著『2020年6月30日にまたここで会おう』
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本書は今から8年前、2012年6月30日に東京大学で行われた講義の再録だ。
著書の瀧本さんは、東京大学法学部を首席で卒業してそのまま助手に採用されるという、“東大法学部のエリートコース”を歩んだ後、マッキンゼーに就職。独立後は日本交通の再建に関わり、エンジェル投資家として起業家を支援しながら、京都大学の准教授も務めていた。
京大で担当していた「起業論」の衝撃を、本書の担当編集者である垣内氏は「数百人の京大生と壇上の瀧本さんとが、まるでバトルのように意見を戦わせ、立ち見まで出るほどの熱気が大教室を覆っていたのだ」と表現している。
その“東大バージョン”ともいえる本講義は「非常で残酷な日本社会で生き残るための思考法 ver.東京大学」というタイトルのもと、2時間1回完結で参加資格は29歳以下、全国から300人ほどが参加した。ゆえに東京大学の学生とは限らない。
講義の冒頭、瀧本さんは日本が構造的に衰退に向かっているのではないかと危機感を表明し、より積極的に「ひとを支援する」という自らの決意を述べている。
以前はエンジェル投資家として裏方にいることを選んできた瀧本さんだが、この頃から支援のターゲットを「20歳の若者」に絞り、積極的に本を出版し、論壇にも登場するようになった。
2011年に刊行された初の著書『武器としての決断思考』は25万部を突破。
2013年に出した『僕は君たちに武器を配りたい』はビジネス書大賞を受賞している。
ちなみに瀧本さんのいう「武器」とは、次の日本を支える若者が生き抜くために必要な“武器としての教養”だ。
熱を帯びていく会場
本書を読んで驚くのは、講義から8年が経とうとしていてもなお内容が一切古びていないどころか、ますます示唆に富み、刺激的なことだ。
「誰かすごい人がすべてを決めてくれればうまくいく、という考えはたぶん嘘」
「下の世代が正しい選択をしていけば、いつか必ず世の中は変わるんです」
「社会変革というのは、ひとりの大きなカリスマをぶち上げるよりも、小さいリーダーをあちこちにたくさんつくって、その中で勝ち残った人が社会でも重要な役割を果たしていくというモデルのほうが、僕は、はるかに健全だと思っています」
一貫しているのは、変化に対する信念と希望だ。
人を頼らずに自分の頭で考え、自身の人生と向き合い、“何か”をして変化を起こしてほしい。講義を通して、瀧本さんはそう伝え続けている。
予定時間をオーバーした終盤、瀧本さんはこう呼びかける。
「8年後の今日、2020年の6月30日の火曜日にまたここに再び集まって、みんなで『宿題(ホームワーク)』の答え合わせをしたいんですよ」
「2020年の6月30日までに、やはり何かやりましょう。僕もそれまでに何かやりますので、みんなで答え合わせしましょう」
宿題とは、「自分自身がいる場所で、ちょっとだけでも変える」こと。
たとえば、興味あることを試行錯誤してやってみる。自分が正しいと思うことを選択する。
ひとりひとりが少しずつ行動を広げネットワークを生むことで、社会は変えられると瀧本さんは信じていた。
約束の日まで1年を切った2019年8月、著者の瀧本さんは47歳で世を去った。
そして間もなく、約束の日がやってくる。
「このままじゃダメなんだ」
瀧本さんの超人的な頭の良さと、人への優しさ、あたたかさについては、亡くなった時の追悼文で多くの方が書いている。インターネットで探せるものもあるので、ぜひ読んでいただきたい。
私の友人は以前、東大の卒業生と在校生が交流するイベントで瀧本さんと一緒になったという。
グループでの自己紹介(彼女は当時、中央官庁に勤めていた)が一巡すると、瀧本さんがつまらなそうに「どうして誰も『なぜ』というところを問わないのか。そんな自己紹介には意味がない」とまくしたて、誰も何も言えなくなってしまったそうだ。
彼女もしばらくは瀧本さんに苦手意識を持っていた。
「でも振り返ってみると、『仕事をなんとなく続けているままではダメなのかも』と気づかされたのは、あの時だった」と話す。
瀧本さんが不満を感じた理由は、誰もが、誰かに決められた基準に従ったような自己紹介をしていたからだろうし、著書を読むと彼が言わんとしていたことがわかるような気がする、とも。
彼女はその後官庁を退職。
今は教育系のベンチャー企業で忙しくも楽しそうに働いている。
瀧本さんの鋭く厳しい物言いは、若い世代への熱い期待の裏返しなのだろう。
本書の終盤、質疑応答もそうだ。
「人生で読んでおいたほうがいい本」を尋ねられると、ユーモアに包んで会場を笑わせつつ「そういうバイブルみたいな本、大っ嫌いなんですよ」と、ばっさり切り捨てたりする。あくまでも、カリスマに頼らず自分で考えよ、なのだ。
もし瀧本さんが生きていたら、世界中がコロナウイルスと対峙している今、いったい何を話しただろうか――、と思えてならない。
だが、そのヒントは本書のなかで既に十分に語られている。
存在が消えても、言葉は残り、思考は生き続けるのだ。
40代でも変化はできる
瀧本さんは講義の中で幾度も若い人への期待を口にする一方、30代後半から40代を迎えた世代に対しては、諦めを表現してはばからない。
この講義の参加者を29歳以下に限定し、「正直、やっぱり40代になると、だんだん人生見えてくるんですよ。『自分の人生は今の延長線上にしかない』っていうことがわかってくるんですよ」なんてことも言う。
だが本書で投げかけられる言葉に刺激を受け、「何かやろう」と思えるかどうかは、年齢にかかわらないのではないか。
40歳を過ぎたって、変われる人だっているはずですよ、と瀧本さんにちょっと反論したくなる。
事実、この講義の頃に40代に足を踏み入れた瀧本さん自身が、亡くなるまでの7年間に多くの言葉を発し、行動し、変化を生み出してきたのだから。
自分の宿題とは何だろう。
遺された言葉に、勇気と興奮をもらえる本だ。
2020年6月30日にまたここで会おう
瀧本哲史(著)
発行:星海社
新書判:224ページ
価格:980円(税別)
発行日:2020年3月19日
ISBN:978-4-06-519428-7