「自分が何者かは自分で選べばいい」:漫画『未来のアラブ人』の著者リアド・サトゥフ

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ここ数年、フランスで最も注目を浴びた漫画の一つ『未来のアラブ人』。世界各国へと広がり、ついに日本でも刊行されると、文化庁メディア芸術祭優秀賞を受賞するなど、高い評価を受けている。このたび順調に日本での第2巻がリリース。さらなる快進撃が期待される。昨年秋に来日した際、作者リアド・サトゥフに話を聞いた。

リアド・サトゥフ Riad SATTOUF

コミック作家、映画監督。1978年フランス・パリ生まれ。シリア人の父とフランス人の母の間に生まれ、幼少期をリビア、シリア、フランスで過ごす。2010年に『Pascal Brutal』第3巻でアングレーム国際漫画祭・年間最優秀作品賞を受賞。15年に同賞を『未来のアラブ人―中東の子ども時代(1978‐1984)』で2度目の受賞。自ら脚本・監督を担当した映画『Les Beaux Gosses(いかしたガキども)』で10年セザール賞・初監督作品賞を受賞。日本で初の刊行となる『未来のアラブ人』1巻(鵜野孝紀訳、花伝社)で第23回文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞受賞。

国境を越える家族

そんな風に冷静に観察することを身に付けた子どもの視線に、一人称の語りをつけたのが『未来のアラブ人』だ。シリア、リビア、フランスを舞台に、人々の変わった特徴や習慣、子どもたちの残酷さなどが、シンプルな描線で淡々としたトーンながらも、鮮やかに活写されている。

「子どもの視線で世界を描くことで、自由にできるものがあるんです。というのも、子どもたちはどんなことでも、ひどいと感じたらそのまま言ってしまうから。自分の記憶をできる限り掘り下げながら物語を描いていきました。そうするうちに幼児期の記憶というのは、非常に動物的であることにも気付いたんです。音と視覚、においが基になっているんですね。家や街のにおい。両親のにおい、親戚のおじさんやおばさんのにおい。シリアのおばさんたちは、それぞれみんな独特な汗のにおいがしました。一番優しくしてくれたおばさんのにおいが好きでした。文明が進歩して、掃除や消臭が行き届き、生活からにおいがだんだんなくなっていっている。だからこの漫画には、そういう動物的な感覚を生かしたかったんです」

『未来のアラブ人』第2巻7ページ(左)と64ページ。シリアの小学校でアラビア語の読み書きをおぼえるようすが描かれる(©️Allary Éditions、鵜野孝紀、花伝社 無断転載禁止)
『未来のアラブ人』第2巻7ページ(左)と64ページ。シリアの小学校でアラビア語の読み書きをおぼえるようすが描かれる(©️Allary Éditions、鵜野孝紀、花伝社)

においに関連して、日本人とフランス人の衛生観念の違いについて話を振ってみた。

「フランス人がよく日本人について冗談のネタにするのは、洗浄トイレのこと。でも、フランス人の方こそ、穴のあいた便器という考えで止まって、その先に行こうとしないじゃないか! 日本に来て思うのは、他の国の人々よりも、知性がいつも一歩先へ行っているということです。常にどうやったらもっとよくなるかを考える。これは、あらゆることについて言えます。その態度は見習うべきですね。フランス人の特徴は不満と批判(笑)。でもどこよりも、本を読むのが好きな人たちです。外の世界にも関心を持っていて、外の人たちを受け入れる。さまざまな人々が混ざり合った、とてもオープンな国です。ほかの国にいたら、こういう漫画は描けなかったでしょう。フランスにいられて幸せだと思います」

『未来のアラブ人』は自身のキャリアで最大のヒット作となり、それまで漫画に親しみのなかった層にも読まれた。何がそれほどまでに人々の心をつかんだか、自分ではよく分からないというサトゥフ。ただ、家族と2つの異なる文化をめぐる物語であることに、人々が興味や共感を抱いたのではないかと推測する。それはこの本について話す機会があるたびに、自らのアイデンティティについて質問されるからだ。

「作家のサルマン・ラシュディは書きました、『人にあるのは根(ルーツ)ではない、足だ』と。僕がフランス人かシリア人かどうかより、まず漫画家であると言いたい。これが僕の第一のアイデンティティなんです。日本の漫画家の方が、フランスのパン職人よりも身近に感じられます。今回日本でいろいろな同業者と話して、みんなほとんど同じ生活をして、同じようなことを考えているのを再確認しました。国は違っても、家族のように感じられる、そういう人たちに出会えるのは、とても気分がいいものです」

インタビュー撮影:花井 智子
聞き手・文:松本 卓也(ニッポンドットコム)

未来のアラブ人 中東の子ども時代(1978-1984)
未来のアラブ人2 中東の子ども時代(1984-1985)

©️Allary Éditions、鵜野孝紀、花伝社 無断転載禁止
©️Allary Éditions、鵜野孝紀、花伝社

リアド・サトゥフ(著)、鵜野 孝紀(訳)
発行:花伝社
定価:1800円(税別)
発行日:2019年7月30日/2020年4月5日
A5判 並製 168頁/160頁
ISBN978-4-7634-0894-50098 ISBN978-4-7634-0921-8 C0098

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