
【書評】戻れない一歩:横田増生著『潜入ルポamazon帝国』
Books 経済・ビジネス 社会 仕事・労働- English
- 日本語
- 简体字
- 繁體字
- Français
- Español
- العربية
- Русский
「潜入」という響きには魅力がある。
入って、潜む。
周囲に悟られないように細心の注意を払い、それでいて、目を見開いて観察する。
見ている側は、いつ素性がバレるのかハラハラしながら見守るしかない。
本書は今やグーグルやアップル、フェイスブックと並んで世界的な巨大IT企業となった、アマゾンへの潜入取材を軸に書かれている。
著者はこれまでもユニクロやヤマト運輸で潜入取材を行った、いわば「潜入取材のプロ」だ。
15年前にも、千葉県にあるアマゾンの配送センターに潜入している。
当時はまだオンライン書店の色が濃かったアマゾンだが、その後、大きな変貌を遂げ、日用品から生鮮食品まで商品の幅は広がり、音楽や映画、ドラマなどの配信サービスも始まった。
有料会員になればコンテンツは見放題だし、買った商品の多くは無料で翌日に配送されてくるうえに、細かい時間指定までできる。なんと便利なことだろう。
「悲しいかな、もう私の生活習慣の一部となった」
アマゾンに対するこの著者の嘆きは、取材のモチベーションと同義だ。
「私が潜入取材をした15年前と比べ、アマゾンはどのように変わったのか。現状のアマゾンは一体どのような企業に変化したのか」
こうして再び、アマゾン帝国へと潜入する。
「アルバイト中に命を落とした人がいるらしい」
今回のターゲットは、神奈川県小田原にある日本最大の配送センター。
時給は1000円だが、週20時間以上働くなどいくつかの条件をクリアすれば1500円にアップするという厚待遇だ。
派遣会社の担当者はアマゾンのことを「アマゾン様」と呼び(!)、応募した翌日には面接が行われて即採用。バスに乗って巨大なビルに送り込まれる日々がスタートし、「amazon.co.jp」にアクセスしても決して見えてこない景色が、著者の目を通して赤裸々に描かれる。
まず驚くのは、配送センターの労働環境の過酷さだ。
携帯端末に飛んでくる指示に従って商品をピックアップするため、だだっ広い空間をカートを押して1日中歩き回る。その距離およそ20キロ、歩数にして3万歩弱。1日が終わるころには、当然足はパンパンだ。
その間同僚との会話もなく、外の空気も吸えない。仕事のスピードは常に携帯端末に管理され、遅れが生じればアラーム音に急かされる。
「センターの中で倒れ、命を落としたアルバイトがいるらしい」
そんな噂を追いかけるうち、巨象の化けの皮がはがれてくる。
噂は真実だった。
アルバイトを束ねるリーダーは、倒れた女性を目にした時、救急車を呼ばずに“アマゾン様”の社員の携帯を必死に鳴らしていたという。結果、救急車が到着したのは倒れてから1時間が経った頃だった。
また、勤務中に亡くなった別の男性に支払われたのは、派遣会社からの香典代3万円だけ。夫の死によって家計は苦しくなり、今も治療代や葬儀代は払えていない。地元では「困ったときのアマゾン頼み」と言われており、妻も以前は配送センターで働いていたという。そして「夫が亡くなったことへのわだかまりが全然ないといったらウソになりますけど」と言いつつ、日払いで給与をもらえるからとアマゾンのバイトに復帰している。
いずれのケースも、同じ職場で働くアルバイトたちには一切知らされていなかった。
他にも、アルバイトの違法解雇や社員間でのパワハラなど、これまで表に出ていない情報が、次から次へと登場する
なんなんだ、この会社は……。
この違和感は、取材がアマゾン内部から、配送業者やアマゾンレビューと呼ばれる口コミの裏話、海外のジャーナリストへと広がっていっても薄れることはない。
むしろ、恐怖へと変わっていく。
ドイツにはアマゾンで働く派遣労働者が加盟する組合があり、待遇向上を要求して時にはストが行われている。組合員の行動は厳しく監視され、昇格はなし。わずかな遅刻を理由に解雇された男性もいるという。
「amazonが蛇蝎のように嫌うものが3つある。1つは組合活動であり、もう1つは税金を払うこと、最後は情報を開示することだ」
そう担当者は語る。
税金嫌いも尋常ではない。
たとえばアメリカで09年から18年までの間に収めた所得税は、税率にするとわずか3%。265億ドルもの利益を出しながら、8億ドル程度しか納めていないのだ。アメリカはもとより、ヨーロッパでも日本でも法律の専門家を高給で雇い入れ、今もあらゆる手段で税金を拒んでいる。
2000年に業務が始まったアマゾンジャパンに至っては、いくら税金を払っているかすら、ほとんど明らかになっていない。
それでもアマゾンで買い続けますか?
アマゾンの租税回避を議会で取り上げた、イギリスの国会議員はこう語る。
「(私は)書籍やCDだけでなく、やかんのような日用品までamazonで買い物をしていました。けれど、私が払ったお金で上げた売上高や利益が、税金にはほとんど回っていないのを知って深く失望しました」
その気持ちはよくわかる。
自分がこれまでいくらアマゾンに支払ってきたのか想像してみる。そこから払われるべき税金は正しく日本に納められることなく、また、アルバイトや配送業者の待遇改善に使われることもなく、事業拡大に使われ続けてきたのだ。
失望どころか、怒りが湧いてくる。
本書を読むと、誰もが自分にこう問うだろう。
「それでもアマゾンで買い続けますか?」
答えはわかっている。買うべきではない。
書店に行って本を選び、地元の店で買い物をして、映画は映画館で見た方がいいし、どうしてもアマゾンで買い物をするなら、細かい時間指定はしない方がいい。
でも、頭で理解することと、できるかどうかはまた別の問題だ。
ワンクリックすれば、翌日の好きな時間に欲しいものが家に届く便利さ。
見逃した映画やドラマを、家で堪能できる週末。
自分の都合に合わせて、何度でも配送業者に来てもらう自由。
たった数年前までは不可能だったことが、あっという間に当然になり、今や疑問すら持っていない。本書を読んで帝国の強権ぶりを批判している自分も、実は帝国を支える一員なのだと気づかされる。
そこから抜け出すのは、簡単ではない。
きっと、どこかに曲がってはいけない曲がり角があったのだ。
考えれば考えるほど、私たちは恐ろしい時代を生きている。
潜入ルポamazon帝国
横田増生(著)
発行:小学館
四六判:354ページ
価格:1700円(税別)
発行日:2019年8月22日
ISBN:978-4-09-380110-2