【新刊紹介】自分が奴隷だと気づかない:植村邦彦著『隠された奴隷制』

Books 文化 社会

斉藤 勝久 【Profile】

現代の自由な日本社会にも「隠された奴隷制」がある、と著者は言う。マルクスの『資本論』に記されているこのキーワードの意味について考えていく。

本書はこんな書き出しで始まる。「私たちは今、資本主義社会に生きている。その日々の暮らしの中で『奴隷制』という言葉に出会う機会はまずない。しかし、実は『奴隷制』と資本主義には密接な関係があることを、あなたはまだ知らない」

昔の黒人奴隷の「あからさまな奴隷制」とは全く違う、「隠された奴隷制」というマルクスの言葉は、これまであまり注目されなかった。だが、大学経済学部教授(社会思想史)の著者はこの言葉に着目し、自由と独立性を享受して、「自由な労働者」だと信じている現代の人たちに問いかける。あなたは本当に自由か。「隠された奴隷制」の下で働いているのではないか、と。

今日の日本で「隠された奴隷制」を自覚させられるきっかけは、ブラック企業だった。2013年の新語・流行語大賞に選ばれるほど、その存在は広がった。過労死、過労自殺。長時間労働の末に倒れた人が、「俺は奴隷だったかな」とつぶやく実態がある。

本書の350年にわたる奴隷制の分析は難しい記述も少なくないが、著者は終章で「隠された奴隷制」から解放される対策を記している。ブラック企業の束縛から逃れるのは「階級闘争」でもあり、逃げる=会社をやめることも一つの方法だ。奴隷でなくなるためには、自分の時間の主人公になり、自由な時間を手に入れることだと説いている。

集英社新書
発行日:2019年7月22日
268ページ
価格:880円(税抜き)
ISBN:9784087210835

    この記事につけられたキーワード

    書評 本・書籍 新刊紹介

    斉藤 勝久SAITŌ Katsuhisa経歴・執筆一覧を見る

    ジャーナリスト。1951年東京生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。読売新聞社の社会部で司法を担当したほか、86年から89年まで宮内庁担当として「昭和の最後の日」や平成への代替わりを取材。医療部にも在籍。2016年夏からフリーに。ニッポンドットコムで18年5月から「スパイ・ゾルゲ」の連載6回。同年9月から皇室の「2回のお代替わりを見つめて」を長期連載。主に近現代史の取材・執筆を続けている。近著に『占領期日本三つの闇 検閲・公職追放・疑獄』(幻冬舎新書)。

    このシリーズの他の記事