【書評】「一帯一路」理解の指針:梶谷懐著『中国経済講義』
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一帯一路とは、中国の対外投資・貿易戦略であり、そのデザインの巨大さに特徴がある。一帯は中央アジアからヨーロッパに至る陸のシルクロード、一路は東南アジアからインド洋を経てアラビア半島やアフリカにつながる海のシルクロード。そのダイナミックな戦略的広がりは、次第にむき出しになる中国の大国への野心とあいまって、かつてのチンギスハンの大征服を想起させてしまうのも致し方ないだろう。
その一帯一路の推進という、切り札ともいえるカードを習近平国家主席が切った理由は、本書の分析を通して考えることができるはずである。
本書タイトルは「中国経済講義」という硬いものではあるが、ページをめくっていくと、扱われている内容はいい意味でキャッチーなものばかりだ。
「中国の経済統計は信用できるか」「金融リスクを乗り越えられるか」「不動産バブルを止められるか」「経済格差のゆくえ」「農民工はどこへ行くのか」「国有企業改革のゆくえ」などが章ごとに分析されており、いずれも経済のみならず共産党統治の根幹に関わるような重要問題である。
そして、これらの問題は、それぞれ「中国の経済統計はデタラメ」「中国は金融負債で大変なことになる」「不動産の過剰投資がやばい」「中国では格差は広がる一方」「農民工のデモが不安定要因になる」「ゾンビ企業が中国経済をダメにする」といった、昨今広がった中国崩壊論で論拠とされることが多い。
ここからは、世の中の関心のあるテーマに対し、専門家の知識に裏打ちされた誠実な回答を用意しようという著者の意気込みをひしひしと感じる。著者は本書の刊行にあわせて「web中公新書」のインタビューでこう述べている。
アメリカ経済や日本経済について、例えば「実際の経済規模は公式統計の3分の1だ」などという根拠のない、極端なことを書けばさすがに専門家やジャーナリストからの批判が噴出するでしょう。しかし、中国経済だと、そもそも信頼できる情報源が身近なところになく、「中国はよく分からない」という心理があるため、「ひょっとすると本当かも」と思う読者層が存在し、一定の厚みを持つ「市場」を形成してしまう。
専門家の多くも基本的に面倒くさいことには関わりたくないし、一般読者向けの記事を書くのに慣れていないということもあって、たいていは見ないふり、知らないふりをする。結果として、根拠のない誇張された議論が野放しのまま広がる、という構図があるように思います。自分なりに、こういう状況を何とかしたいという思いがありました。
本書における著者の回答は、総じて言えば、中国経済は巷間(こうかん)言われるほど悪いものではない、しかし、多くの問題は未解決である、という内容になっている。言い切る形での結論を望んでいる人には物足りないかもしれない。しかし、不確実性に富み、楽観と悲観のどちらにも解釈できる材料に溢(あふ)れる中国分析は、中庸的な回答に落ち着く議論が実は最もしっくりくる。
もし、ここで悲観論に大きく賛同するならば、中国経済や共産党統治の将来に明るい展望は持てない。その先に導かれる論理的な展開として、一帯一路への信頼度も揺らいでしまうことになる。しかし、それでは、民主化を否定して言論や人権に厳しい弾圧を加えている共産党体制がなぜ一向に揺らがないのかを説明することはできない。そのことは本書で一章を割いている「共産党体制での成長は持続可能か」という問いによって、著者が特に力を入れて語っている部分だ。
本書は後半部分で一帯一路への定義と解析を加えている。一帯一路については、地政学的かつ安全保障的な側面と、中国の経済発展戦略の側面の2つがあり、その全体像は実は統一されたグランドデザインによるものではなく、多くのプロジェクトをつなぎ合わせた「星座」のようなものであるという。もしそれが星座であるなら、望遠鏡の精度を上げようとすればするほど、その全体像は見えにくくなる宿命にあると思っていいだろう。
著者によれば、一帯一路には「巨額の外貨準備の環流」「国内の過剰資本蓄積の緩和」「金融政策の自由の確保」という3つの中国の内的な動機がある。その成否については投資先となった周辺国の経済成長に左右される。実際に各国で摩擦や失敗も引き起こしており、未知数の部分が大きい。
「一帯一路が中国を中心とする経済圏として米国や日本に脅威を及ぼす存在になっていくという見方には、それほど説得力がなさそうだ」として、冷静な観察を、著者は呼びかける。
日本においては、日中関係の改善基調を受けて、一帯一路への期待論が広がっている。今年、習近平国家主席の訪日が実現すれば、さらなる一帯一路ブームが起きるかもしれない。ただ、著者の指摘するように、政府間関係に基盤を置く経済活動は、過去に日中関係の悪化で証明されたように極めて脆弱(ぜいじゃく)性を持ったもので、いわゆるチャイナリスクの影響を受けやすい。本書は一帯一路ブーム的なものへの警告としても読むことができるだろう。