神田神保町:伝統とサブカル文化が隣り合う「世界一」の古書街
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パリのカルチエ・ラタン、ロンドンのチャリング・クロス・ロード、英ウェールズのヘイ・オン・ワイなど世界各地に古書街があるが、中でも神保町は世界一の規模といわれる。靖国通りと白山通りが交わる交差点を中心とした地域に、130軒もの古書店が集まっているからだ。
カレーと喫茶の街としても知られるが、カレーを食べるついでに、気軽に古本屋をのぞく本好きは、どれだけいるだろうか。特に老舗古書店は、店内に入るのに多少勇気を要するかもしれない。
春と秋の「古本まつり」は、古書街に親しむ良い機会だ。3月に開催された「春の古本まつり」に足を運び、靖国通り沿いの気になる書店を訪ねた。
サブカル系から明治創業の老舗まで
神保町に3店舗展開する「澤口書店」は、それぞれに「個性」がある。マンガを中心に扱う「神保町店」では、3月初旬、鳥山明氏の訃報を受けて、『ドラゴンボール』全34巻セットや『Dr.スランプ』が表紙の「週刊少年ジャンプ」が並ぶ追悼コーナーを設けたそうだ。狭い店内の壁には、絶版マンガ本がぎっしりと並び、圧倒される。
姉妹店「巌松堂(がんしょうどう)ビル店」は文庫本の品ぞろえが豊富で、すぐ近くの同「東京古書店」は、音楽、美術、映画、写真から建築まで、芸術書を中心に集めている。澤口書店のいずれかの店舗で500円以上購入すると、「東京古書店」2階の「くつろぎの空間」でいれたてのコーヒーを無料で楽しめる。
オリジナルグッズ販売にも力を入れており、23年、ハリウッド女優のアン・ハサウエイが来日した際、神保町を散策して同店のTシャツをお土産に購入したそうだ。
明治時代から続く店も何軒かある。街一番の老舗は明治8(1875)年創業の「高山本店」だ。能、狂言、歌舞伎、武道、料理などに特化した品ぞろえで知られ、大作家との交流も深く、司馬遼太郎は資料集めを同店に任せていたという。
「大屋書房」(明治15年創業)は、江戸時代に刊行された「全てのジャンル」を扱う。赤本・青本・黒本、黄表紙、洒落本などの娯楽本から浮世絵、錦絵までの豊富なコレクションを誇る。4代店主の纐纈(こうけつ)くりさんは、妖怪を扱った和本のコレクションに力を入れているとのことで、店頭には江戸時代の妖怪資料321点を掲載した「妖怪カタログ」が平積みされていた。
「一誠堂書店」(明治36年創業)は、古典籍(和本、巻物、古地図)と洋古書を扱う。主要取引先には国立国会図書館から国公立・私立の図書館、美術館、ハーバード大学、ケンブリッジ大学、大英図書館など、そうそうたる名前が並ぶ。1階は和書セクションで、立派な大理石の階段を上ると、まず目に入るのは洋書セクションだ。日本をはじめとする東洋全般から古代ギリシャ・ローマ関連の本まで、背表紙を眺めるだけで、世界一周のタイムトラベルをしている気分になる。西洋・東洋美術関連の本も豊富だ。
岩波書店創業の地には、「神保町ブックセンター」(岩波書店アネックス)がある。岩波の本がそろう書店、喫茶店、コワーキングスペースの複合施設だ。外付けの階段を上ると、明治40(1907)年創業の「秦川堂(しんせんどう)書店」の入り口だ。豊富な古地図のコレクションで知られるが、鉄道関係や産業史にも力を入れる。500円から購入できる古い絵葉書など手頃な値段の商品もあるので、ギフトとして選ぶのも楽しい。
北沢ビル:洋古書と子どもの本
明治35(1902)年創業の「北沢書店」は自社ビルの2階にある。店内は、大きな美しい書斎のような雰囲気で、英米文学を主に、人文科学系分野の1万冊以上の本が並ぶ。数人の客がゆっくりと店内を回遊して書棚の本を吟味している。オーストラリア・メルボルンからやって来た青年は、2度目の訪日だが神保町は初めてだという。北沢書店オリジナルの蔵書票、アンティークの絵葉書やカードを熱心に眺めていた。自分のためにちょっとした思い出の品がほしいそうだ。
北沢ビル1階は子どもの本専門店「Book House Cafe」だ。最新刊から稀少な本まで約12000冊の絵本・児童書がそろい、絵本の原画展や紙芝居など、さまざまなイベントが開催される。特製カレーなどランチメニューがあるカフェが併設され、夜8時からはカフェの奥で小さなバー「Lilliput」が開店する。北沢ビルの1階と2階では、全く異なる豊かな時間が流れているのだ。
猫の本屋に“寄り道”
神保町交差点のすぐそば(白山通り沿い)で思わず足を止めたのは、「猫本専門 神保町にゃんこ堂」こと「姉川書店」だ。常時600種類以上の猫本を取りそろえており、立ち読み自由。新刊書店なので“古本屋巡り”からは外れるが、猫好きなら見逃せない。本を購入すると、読書する猫のイラストが楽しいオリジナルブックカバーを付けてくれる。
シェア型書店:棚主の“推し本”
2024年3月、神保町交差点近くにオープンした「PASSAGE SOLIDA」は、仏文学者で古書収集家の鹿島茂さんがプロデュースしたシェア型書店だ。「passage」は通り道、「solida」は「連帯」の意味で、それぞれの書棚にフランスに実在する通りの名前が付けられている。
棚ごとに「店主」(棚主)がいて、新本、中古本を自由な価格で販売する。入会金1万3200円、賃料(一棚月額5500円から)で棚主になれる。2年前に靖国通りの裏手・すずらん通りにオープンした1号店「PASSAGE」には申し込みが殺到したそうだ。小さな“本屋”の主(あるじ)になりたい人は多いらしい。確かに、自分ならどんな本を置くか思わず考えてしまう。
世界の本好きを引き付ける街
神保町には、外国人観光客も多い。4月末に再訪した際、高山本店で興味深げに棚を眺めているカップルに声を掛けた。ロンドン在住の二人は、初の訪日旅行2日目に古書街にやって来た。妻・クリスティナさんは、児童書専門の本屋に務めているとのこと。老舗古書店の雰囲気に魅了されたと話してくれた。
本好きなら誰でも、歴史と新しさが並存するこの街の面白さを実感できるだろう。街歩きの手掛かりとして、「BOOKTOWNじんぼう」がお勧めだ。書店・古書の検索機能に加え、店内の「360度ビュー」や、テーマごとのお散歩マップなど、役立つ情報が充実している。
文・写真=板倉君枝(ニッポンドットコム編集部)
バナー写真:北沢書店店内で撮影